31 変わらない
今日は2話投稿
こっちが1話目
あれから、ザック、カイセイ、メルとの行動を数日間こなしている。
みんなで3階層に向かい、コボルトを狩りつくす。
アイカのアンラッキーもあるから、効率は悪くない。
モンスターの出現割合は、普通に探すより良くなったと3人は言っていた。
アイカの不運こそ告げていないものの、ここ最近のエンカウント率には不思議そうな顔をしていた。
だが、分け前が少ない。
アイカとの二人だったら、俺が独占していた儲けを5人で分けているのだから仕方がない。
なお、アイカの物は俺の物なので、文句は言わせない。
単純に収入が半分に減っている。
それでもカイセイ達3人の儲けは、とんとんと言ったところだ。
要は変わりがない。俺たちと組んでも3人で行ってもあまり収入が変わらないのだ。
3人より5人。
安全性が保障され、尚且つ収入が変わらないとなれば5人行動を選ぶことになるだろう。
俺としても安全なのは良い事なのだが、儲けが少ないのはあまり良くない。
俺の目的としては戦力の増強という事もある。
新しい奴隷が必要なので、3人と組んでいるのに、収入が減っているのであれば旨みが減る。
だが、デカコボルトを倒すには必要な人数であろう。
「ジレンマだなぁ……」
今は酒場で一杯やっている。
ハチミツが入った少し甘めの酒だ。ミードと言う。変な名前だ。
3人と一緒に狩りに行くようになって、やるようになった習慣だ。
「アぁ? なにがだよ、ユウキ」
カイセイが機嫌よく俺の肩に組んできた。
もう出来上がっているようだ。
鬱陶しいので手で軽く振り払い、「なんでもない」と言う。
「かぁぁ、辛気臭せぇな。そう思うだろ、ザック?」
ザックはエールをチビチビ飲みながら、話を振られたことに驚いている。
陶器でできたコップと言うか、ジョッキを静かに机の上に置いた。
机には多種多様な料理が置いてある。
儲けから出たあまりで頼んでいるので、誰の懐も痛まない。
良い仕様である。
「ど、どうかな。カイセイくん、これ食べたら?」
あからさまな話題逸らしだが、カイセイは食いつく。
差し出された皿をもらい、料理にがっついた。
5人で食うには少し少ないかもしれないが、新兵だしこんなもので十分だろう。
しかし宿代が勿体ないな。
あまり食わず、宿でちゃんとご飯は頂こう。
それか格安宿に変えるか、夕ご飯だけは無しにしてもらい、宿代を安くしてもらうか。
……後者だな。
後から言っておこう。
こうやって店に行って飲んでいるのも悪くない。
アイカも口いっぱいに頬張りながら、何か言っている。
「ほへひぃひへほ、はははははいはへんへ?」
「食べてから言え」
アイカはゴクンと食べていたものを飲み込んだ。
「それにしても、中々会いませんね」
「……そうね」
メルがアイカの言葉に相槌を打つ。
今日でもう10日目だろうか。
つまり一緒に行動し始めたのもそれ位だという事だ。
デカコボルトとは未だ会うことが出来ていない。
あえない事がラッキーだと思うのか、アンラッキーだと思うのかはその人次第だ。
俺たちにとっては、アンラッキー。
アイカの不運が働いているとしか思えない。
いつもなら会いたくもないスキル持ちと会うのが常だというのに。
悟られないように、俺だけ強くアイカを睨む。
「はは……」
乾いた笑いをアイカはする。
自分が元凶である事は分かっているか。
「そのうち会えんだろ。そう気にする事ねぇぜ」
顔を真っ赤にしたカイセイが気分よくはしゃいでいる。
「いつか、ねぇ……」
横目でアイカを見る。
不自然にキョロキョロと目が動いていた。
はぁ、とため息をついた。
こいつがいる限り一生会えない気がするのは、俺だけか。
アイカは不安を払しょくするために、ご飯を食らい尽くす。
最近、女の子らしくまるっとしてきた。
今までがガリガリ過ぎた。
そろそろ普通の女の子のように見えてきた。
顔だけはどうにもならない。超不幸そうだ。
俺の独り言にカイセイはことごとく反応してくる。
いい加減静かに飲ませろ。
「なぁに意味深な事言ってんだよ。10日会えないからなんだっていうんだよ。なぁ。いつもの事じゃねーか。むしろ今はいつもより稼げていい。運が良いぜ」
アイカはその言葉に、ピクッと耳が動いた。
少しだけ顔がニマニマしている。
他人から運が良いと言われて嬉しいのだろう。
軽く肘で叩いておくだけにとどめておく。
「むぅ……。良いじゃないですか、別に」
「イラッとしただけだ」
「はっ、僻んでるんですか?」
俺たちだけで会話しているが、あっちはあっちでカイセイがうるさいからちょうどいい。
「僻む要素がどこにあるんだよ。無いだろ。どこにもないよな」
隣に座るアイカの耳を引っ張る。無駄にやわらかい。
「いたたた。――フヒッ、私の能力が人を幸せにしたんですよ。ユウキさんにできるんですか?」
「……」
俺は耳を引っ張ていた手を離した。
「……そうだな」
できてないな。
限定奪取なんてあっても、誰も幸せになっていない。
殺しだけか。
「ちょちょちょ、真面目にならないでくださいよ。なに哀愁漂う顔になってるんですか」
「……うっせーな。ちょっと考え事だよ」
アイカは「変なの」といいながら、ミードを飲む。「くっはぁ……!」と言いながら、良い飲みっぷりでおかわりを頼んでいる。
その姿見て、俺の今までを省みた。
何をしているのだろうか。
毎日毎日。飽きもせず、迷宮に潜って。
変化のない毎日。
日々、犬もどきを殺し、金に換える。
いや、その前に、みんな。
俺は何もしていない。
仇をうつ所ではない。
俺は右手をおでこに当てて、肘で机を付く。
上半身のすべてをそこに預けた。
「なにを……」
こんなことに何か意味があるのか。
さっさとどこかに行って情報収集だけでもするべきでは。
まて。そんな事じゃない。
隣の少女を見る。
おいしそうにご飯を食べる姿は、ただの少女だ。
俺と同じ年の女の子。
何をやっているんだ。
今更だ。
こんな少女をこんな生臭い世界に放り込んだのか、俺は。
なんてことを。
いや、それすら、アイカの不運なのか。
言い訳だ。
俺のエゴでアイカを巻き込んでいる。
それを忘れてはならない。
くそが。
酒が入って変な事を考える癖がついた。
俺は変わらない。
俺をここに放り込んだ奴らと、アイカを冒険者に無理やりした俺とでは何の違いがあるのだろうか。
ない。
特に見当たらない。
俺らは理不尽にこの世界に連れてこられ、アイカは理不尽に俺に買われ、戦わされている。
「はは……」
なんだ。同じ穴の狢か。
今更気づいた。
アイカが顔を覗き込んできた。
茶色の髪の毛が垂れている。サラッとした髪質だ。
「どうかしたんですか?」
「……んでもねぇよ。飯でも食ってろ」
「いやぁ、短い付き合いですけど、何か変ですよ」
そう言うと、アイカは俺の腕を引っ張って店を出た。
後ろではカイセイが騒ぎ、ザックがたしなめ、メルはアイカに手を振っている。
「明日も同じところに来いよ!!」
カイセイが大声で酒場内で叫んだ。
他の奴らも五月蠅いからどうってことないが、注目を集めやすいからやめてほしい。
適当に手を振り返し、酒場を後にした。
俺とアイカは宿に戻り、夕食を食べるのを断ると、部屋に戻った。
たったひとつのベッドに腰掛けて、隣り合う。
電気なんて気の利いたものはないので、ろうそくとか油で火をともした。
ぼんやりと部屋の中が明るくなり、アイカは明かりを机の上に置いた。
逆光になってアイカの顔が少しくらい。
「それで、どうしたんですか? 元気無いみたいですけど?」
アイカは小首をかしげて、俺の状態を確認する。
心配してくれるのはありがたいが。
「特に。なんもねーよ」
「嘘だッ!」
「うおっ!?」
アイカは「なんちって」と小声で謝る。びっくりした。突然大声出しやがって。
「フヒッ、でも嘘って訳じゃないでしょ? まぁ? 今日で何日一緒に時間を過ごしているか覚えてないですけど。それなりにやってきた訳で? 相談に乗っても、悪くないような?」
俺の今の顔はどうなっているだろうか。
素っ頓狂だろうか。無表情だろうか。
こんな事言われるなんて思ってなかった。
今までほとんど物のように扱ってきたから、恨みつらみはあれど、心配されるなんて。
「どうしたんです? ほれほれ。言ってみ。おねぇさんが聞いてあげよう」
「……同い年だろ」
「フヒッ、そうだった」
アイカは「フヒッ」と言って、俺の肩を叩く。
「何です? あれです? 遂に復讐する奴見つけたけど、いざとなったらできなくなっちゃった的な?」
「ちげーよ。まだ見つけてすらいねぇよ」
「前途多難ですね」
はぁ~、とアイカが深い溜息を吐く。俺が吐きたいくらいだ。
暗い室内で、アイカは喋る。饒舌だ。
「じゃあ、なんですか? 今更不能の事を悩んでいる訳でもないでしょ?」
「それはそれで悩みだな。勃たないのは、それなりに困る。排泄できないからな」
「欲求不満ですか……?」
アイカはちらりと服の裾を上げた。
頭を軽く殴り、服の居住まいを正させる。
「いった……。じゃあなんですか。良く分からないんですけど」
アイカは頭を押さえて、自分で撫でている。
少し強すぎただろうか。
「まぁ、なんだ。少し待遇でも改善するか、なんて……」
言葉尻が少し小さくなった。
今までの横暴な態度があったからこそ、言いづらいものがある。
「待遇?」
「あ、あれだ。俺も奴らと同じじゃねーか、みたいな?」
「……? 話の道が見えないんですけど?」
「だから……無理やり戦わせて、悪かった、みたいなやつだよ」
アイカは「フヒッ」と笑った。
笑ったのか分からないが。
「なんですか、それ。そんな事気にしてたんですか。今更ですね」
アイカは「でも……」と続ける。
「気持ちは嬉しいですよ。気にかけてくれてるってだけでも分かって、私はうれしいですよ」
「……んだそれ。訳分かんねーよ。もっと罵詈雑言浴びせかけても、俺は文句言わねーぞ」
「奴隷になった時点で、ある程度何やるかなんて決まってるんですよ。冒険者になる事だって、少しは視野に入れていたんです。戦うのだって、ほんの少しだけ覚悟していましたよ。それをとやかく言うつもりはありません」
最初は全然戦わなかったくせに。
しかし俺はそれを言わない。
「フヒッ、まぁ? 性奴隷にでもなるんだろうなぁ、て思ってたからそこは安心と言うか。ちょっとした落胆と言うか。どっちを天秤にかけるべきかは、今のところ分かりませんけど」
アイカは体を揺すって笑っている。何でそんなに笑えるのか。
「……俺が不能じゃなかったら、そっち方面もやってたかもしれないんだぞ」
「それも想定内ですよ。私、運が悪いんで」
アイカは「その点、少しだけ運が良かったかもしれませんね」と言って、俺の手を握ってくる。
「そんな気にする事ないんですよ。私奴隷ですし。まだ待遇なんていい方です。生きてるし。……本当だったら、不運が爆発でもして、もう死んでてもおかしく無いと思ってたんで。他の人に買われてたら、どうなってたんでしょうね……?」
「……言えるのは、俺に買われたことが、一番不運だったな」
「それはこれから次第だと思うんですよ。まだ会ったばかりですし。悲観する事ありません。私も少しは強くなったみたいだし、何だったら守ってあげましょうか?」
俺は「アホ言え」といって、ぐしゃぐしゃとアイカの頭をなでる。
アイカは不満げな目線を俺に向けた。髪が乱れたのが許せないらしい。アイカの頭らから手を放して、神妙な声になる。
「アイカがそれでいいなら、別にこのままで行くぞ。今まで通り戦うし、金を稼ぐ。危ない目に合うし、復讐にだって付き合ってもらう事になる」
「はい」
アイカは頷く。
「場合によっては、お前を犠牲にする事もあるかもしれない」
「……それはちょっと」
「そこは、いいですよって言えよ」
二人してそこで少しだけ笑った。
少しだけ、部屋の明かりが揺れた。
もう油も切れるみたいだ。
「話もここらへんで終わりだ」
「結局何の話だったんですか」
俺は立ち上がって、明かりを消しに行った。
アルコールランプみたいなやつだ。
フッ、と息を吹きかけて、火を消した。
「これからもよろしくってやつだな」
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