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3 三日目

 結構みんな協力的だよな。

 こんな極限状態にもかかわらず、皆で生き残ろうとしている。


 不安もあるだろうが、民族性だろうか。

 分からないが。


 監禁二日目は特に目立ったことは起こらなかった。

 テロリストは姿を現さず、要求を突き付ける事も無い。


 もちろん、水も食べ物も与えられることはなかった。


 今日で三日目。

 何も食べていない。


 動くのはトイレの時だけだ。

 それすらも億劫になっている自分がいる。

 しょうがないじゃないか。


 こんなに腹が減っていては、どうしようもない。


 しかしどうしようもない問題が出てしまった。


「だ、だれか、ティッシュを……!」


 女子の排便中に誰かがそう叫んだ。

 残り少ないエネルギーをよく使うな、なんて思った。


 しかし女子の叫びは届かない。

 そうか。うんこでちゃうのか。


 そういう俺は、もううんこが出ない。

 便秘じゃない。


 最初からあったうんこは全部出してしまった。

 今俺の腸の中は空っぽだ。

 男子のほぼすべてがもう何も出てこない。

 

 偶に小便をする奴がいるくらいだ。


 兎にも角にも、男子はもう便がない。

 しかし女子は違う。


 女の体はどうしても便秘になりやすい。無理なダイエットなどもあるだろうが、ホルモンの関係上便が排泄しにくい体が出来てしまう。

 故に、宿便という便が潜在的にたまる。


 読んで字の如くの便だ。

 宿便があるせいで、監禁三日目を迎えている状態でもまだまだ女子は便が止まらない。


 そう。そして。最大の問題は。


「もう、ティッシュがないの……!」


 こういう事である。

 しかし清潔なティッシュはもう一枚としてない。

 

 一回使った使用済みのティッシュを使うしかない。

 厳しい事だろうが、こればかりは。


 と、思っていたのだが、伏兵がいた。

 豚男くんだ。


「ブヒ、せ、拙者、まだ、ティッシュがあるでござるよ」


 豚男君は立ち上がって、その女子のもとに向かった。

 巨体を揺らしながら、小さな女の子に歩いていく様は、通報されるのではないかと思ってしまう。

 ごめん。豚男くん。


 豚男君が女子の前まで来た。女子は手を差し出し、ティッシュを貰おうとしている。

 だが、豚男くんは一向に渡そうとしてない。


 なんだ? どうしたんだ?


 全員が心の中でそう思ったに違いない。


 そして豚男君は口を開いた。


「ギュフ。こ、これが欲しかったら、ボ、ボクと、セックスして欲しいでござる」


 は?


「は……?」


 全員がポカンとした顔をしている事だろう。

 豚男君は何を言っているのだと。

 しかし滑稽な顔は、暗い部屋の中では見えない。


「き、聞こえなかったでござるか? 拙者とセックス――」

「聞こえてるわよ! 何言っているの!? 今なら許してあげるから、さっさと渡しなさい!」


 女子は豚男君の言葉にかなり動揺している。

 しかし豚男君は本気のようだ。


「だ、駄目でござる。セックスしてくれないなら、これはあげられないのでござる」

「は、はぁ!?」


 誰もかれも介入して止めたいが、もうその元気もない。


「い、嫌! なんでそんなことしなくちゃいけないのよ」

「な、ならお尻をうんこで汚すがいいのでござる」


 豚男君はそう言って、踵を返した。

 しかし本当にティッシュを渡さないのか。


 一周回ってもう清々しい。豚男君に乾杯。


「ま、待って。ティッシュだけ、それだけくれればいいのよ!? お願い、ちょうだい?」

「セックス?」

「そ、いや、それは……」


 もう一貫している。

 誰も助け舟を出さない。


 面倒だというのもあるし、関わりたくないというのが本心だ。

 もうイっちゃてるよ、豚男君は。


 会話はまだ続く。というより、終わった。

 マジかよ。


「わ、分かったわ。その代り、ティッシュは貰うわよ」

「ブヒヒ。それはもう……」


 豚男君と女子は約束した。セックスだ。公開セックスだ。なんだそれ。マジで。やるの? 本当に。

 何か騙されてる気がしないでもない。ていうか、絶対嘘だよね。


 俺から見ても、豚男君は美醜的にあまりよろしくない。

 ヤりたいと思う相手じゃない。


 ティッシュくらいで純潔を明け渡すのか。

 純潔かは知らんが。


 男児全員で義務的に歌い、音が聞こえないように配慮する。

 あぁぁぁっぁぁ。なんでこんな事にエネルギーを使わないといけないんだ。

 生きるために必要か、この歌う作業。いらないだろ。


 俺は、というより、男子はほとんど歌うのをやめている。


「ちょっと、何辞めてんのよ!」

「お前らが歌えば?」


 男子の誰かがボソッと言った。

 全員の心を代弁したと言っていい。


 そうだ。女子たちはなぜか最初から歌っていなかった。


 お前らが糞している音が聞かれたくないなら、セルフで歌え。

 つーか、音が何? 別に興味ないけど。もうこんな状況だし、羞恥心は捨てた方が良いと思うが。


 男子の言葉が届いたのか、女子たちは自分たちで歌い始めた。

 弱弱しいな。

 聞こえまくりですが。


 ブチュ、ブリブリ、ブーッとか。生々しいな。

 何か女の子幻想が無くなったよ。


 そんなものはとっくに無くなってるけど、再確認というか。


 そして、排便タイムが終われば、セックスタイムが待っている。

 豚男君はティッシュを渡した女子のもとまで向かった。


「ブヒヒヒ、じ、じゃあ、よろしくお願いします……」


 豚男君は興奮が抑えきれないようだ。

 言葉の節々からそれが感じ取られる。


「は? なにそれ。知らないんだけど、邪魔だからあっち行ってくれない?」


 女子は平然とそう言ってのけた。

 やっぱり。嘘だったよ。平然と嘘言ったよ、あいつ。


 しかし豚男君のショックは計り知れない。

 貴重なティッシュを渡した挙句、何もなしではやりきれないだろう。


「ふふふふ、ふざけんな! こっちだって善意でやってるんじゃねーんだよ! 体の一つや二つ差し出せ、でござる!」


 とってつけたような「ござる」を言うと、豚男君は女子に襲い掛かった。

 まずは女子の片腕を取った。


「な、何触ってんのよ! キモいんだよ!!」


 そこまで言われて黙ってるやつはいるのだろうか。

 案の定、豚男君は激高して部屋の中央に、女子を連れ込んでいく。


 ナイフがたくさんある場所だ。皆で相互監視して、ナイフを使えないようにしている。

 豚男君はそこに女子を引っ張っていった。


「離せ、離せよ!!」


 もはや女を捨てた抵抗に、豚男君も若干ひるむ。

 唯一あるロウソクの下で、二人がもみくちゃになるのが見える。


 二人とも床を転げながら、女子は必死に抵抗して、豚男君は女子を抑え込もうと躍起になっている。


 もう野生の動物の戦いにしか見えない。

 二人とも殴る蹴るは当たり前になり始めている。


 どっちもバッツバツ殴って、ドッカドカ蹴りまくる。

 セックスはどこ行った。


 まぁ、どうでもいいが。

 背を向けて、また寝ようとした瞬間、戦況が変わった。


「ぶひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいぃっぃぃいいいいい……!!」


 豚男君の絶叫が密室内に轟いた。

 勝利の雄叫びじゃない。

 激痛の悲鳴だ。


 聞いているこっちが痛い。


 どうしたんだ。と思ったが、内心わかっている。

 あんな32本もナイフが転がる場所で、戦闘を繰り広げていたんだ。


 そのうち一本くらい刺さったっておかしくない。

 というより、刺したな。


「あ、ああ、わ、私は……」


 そう言いながら、女子は立ち上がってナイフを取り落す。

 カランカランというナイフの音が、バカみたいだ。


 豚男君の太ももから噴水のように血が立ち上っている。

 なんだあれ。

 

 重要な血管でも切り裂いてしまったのか。

 あれでは、もう。


「豚男君……!」


 委員長が血だまりの中にいる豚男君を抱え上げた。


「大丈夫ですか……?」

「いだいぃぃ……。委員長……! いでぇぇぇ……!」

「すぐに止血します……!」


 委員長は自分の制服を脱いで、豚男君の太ももに制服を巻き付けた。

 だが、それでも血は止まっていないように見える。


 近くにいた女子は、喚き呻いている。


「わ、私のせいじゃない! こ、こいつが変なこと言うから……!!」


 そう言って、女子はフラフラとした足取りで離れて行った。

 助ける事もしないのか。いや、セックスを強要した相手を助けるなんて、普通にしたくないだろうが。

 それでも、故意でなくても刺してしまったのだから、少しくらい介抱してやるのも悪い事ではないと思うが。


 しかし豚男君がした事もした事だ。

 基本悪いのは豚男君になる。

 

 約束を破った女子も悪いが、どうせ女は守られる。

 何か知らんけど、そうなるだろう。


 そして、豚男君は助からない。

 今は委員長が服で足を縛ってくれているが、血を流し過ぎだ。


 どうにかしてやりたいが、生憎と助ける事ができるような知識は持ち合わせていない。


 豚男君は端の方に寄せられた。

 ど真ん中では精神衛生上悪い。


 体重がかなりありそうな豚男君を何人かで引きずっている。

 ああはなりたくない。


 そう思っていると、瞼が重くなり、眠りに落ちる事が出来ていた。

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