27 人材
アイカはまだギルドに登録していない。
ギルドの登録には1ゴールドの費用が必要になるからだ。
今ならわかるが、相当に高い。
一見さんお断りの意味もあるに違いない。
今日の稼ぎはかなり良かった。
トレントの魔宝石が傷つきながらも、1ゴールドで売れたのである。
この金を使って、アイカにも身分証を作らせた。
これからはアイカに雑事を行ってもらう。
口座も開設して、全部金を移動させた。
実質俺の口座はもう使わない。
俺の事を探す要因となりかねないため、口座は破棄してもらった。
最初からこうしておけばよかったと後悔しながら、本当にどうするか悩んだ。
「どうかしたんですか?」
宿に戻ってベッドに寝転びながら、アイカが聞いてきた。
ステータスカードを見てにやにやしている。
アイカのレベルは3だ。
トレントの経験値は相当にデカかったらしい。
あと7でクラスが付く。そこまでが正念場だろう。
「あえて情報を出して、俺を追いかけているであろう奴らを釣るか、釣らないかを悩んでてな」
「フヒッ、危ない事しないでもらえると助かります。私の命も危ないんで」
背中がくっつく距離で俺たちは会話する。
もうどうという事もない。
慣れた。
「お前は一年中命が危ないだろうが。小さいこと言うな」
「い、今まで生きてるんで。17年の人生を無駄にはできません」
「何? 同い年だったの? ちっさ。もっと下かと思ってた」
「フヒッ、酷い。もう少ししたらボインボインですよ。その時になって後悔しない事です」
「それまで生きてるといいな」
「まさに」
アイカはカードをしまって、起き上がった。
妙に艶めかしい動作をしている。
「なんだ」
「なんだって、そういう言い方無いでしょう。同い年の女の子と一つ屋根の下なんですよ。やる事は一つだと思うんです」
「発情期が」
「否定はしません」
狭いベッドの上でアイカが暴れ出した。
鬱陶しい。顔を押しやり、足で体を押す。
「ちょっとは落ち着け、このアホ犬!」
「ゆ、ユウキさんが悪いんです! 年頃の女の子放っておいて男ですか!? 少しは手ぇ出せ!」
「うっせ! スイーツはさっさと寝ろ!」
「意味不明なこと言わないでください! こうなったら力づくで剥ぎ取ってやります」
ぐへへ、と言いながら迫り寄ってくる。
力で勝てない事忘れてのか?
「アホ女が……!」
もみくちゃになるが、サッとアイカの顔をわしづかみにした。
少しずつ力を入れていく。
「ちょちょちょ、ちょい待ち! 調子乗りました! 許してください!」
「しつけが必要なようだな。アイカ。欲求不満なら自分でオナってろ」
「ゆ、ユウキさんだって出すもの出した方が良いんじゃ!?」
「何か知らんけど勃たなくなったんだよ」
「おうぅ……」
真実を告げるとアイカが微妙な表情をした。
何とも言えない表情だ。
「私が魅力的じゃないとか、そういうのじゃなくて?」
「いや、お前は幸薄そうで駄目だ」
「フヒッ、直球」
ゆっくりとアイカが下がっていく。
やめろと言えばやめるしかないのが、奴隷だ。
「勃つようになったら相手してもらうかもな」
「それはそれで、物扱いで嫌です」
「だろう?」
アイカはさっさと寝っ転がり、自分の股に手を突っ込み始めた。
「クソ犬」
「何ですか?」
「トイレでやって来い」
「不能は黙ってください」
「死にたいようだな」
「すみません」と言って、アイカは本当に部屋を出て行った。
マジかよ。行くのかよ。
部屋で目を瞑って寝ようとしていると、5分後くらいにアイカは戻ってきた。
「フヒッ、すっきりしました」
「……言わなくていいから」
眠気まなこを擦りながら、アイカの行動を戒める。
「ユウキさんも行ってきたら?」
意地悪そうな顔をしているだろう。
部屋は暗いから見えないけど。
「……次はないぞ」
「フヒッ、気を付けます」
アイカはベッドに潜り込んできた。
半分こにしてベッドを分ける。
「明日はゴブリンからな」
「……」
黙るなよ。
目を閉じて時を待てば、朝はやってくる。
俺たちは一階層でゴブリンを相手にしていた。
「えいっ!」
アイカが後ろからゴブリンの頭を短剣でぶん殴る。
ゴブリンは後ろからの奇襲に体が追い付かない。
「一本突き……!」
わき腹をわざと削り、ゴブリンを追い込む。
「えい! せい! おや!」
ゴブリンは前と後ろの両方から攻められて、たじたじだ。
どうにもなっていない。
アイカは技こそないものの、獣人特有の力がある。
スキンにも近い腕力でゴブリンを殴るのは、相当な威力だ。
それにちゃんと食べているおかげで、肉も付いてきた。
体型も理想形に近づいている。
最大限の威力を発揮するのも近い。
「バカ! 殴るんじゃなくて刺すんだよ!」
「ああぁ、嫌だぁぁ!!」
口では嫌々言っているが、ちゃんと行動に移した。
アイカは頭を殴るのを辞めて、短剣をゴブリンに突き刺す。
背中から腹に抜ける短剣。
これが止めになった。
ゴブリンは崩れ落ち、そのまま動かなくなった。
「ああぁぁ、嫌な感触がぁぁ!!」
俺は魔宝石を回収して、アイカの働きを労う。
「よくやった。レベルは?」
「えっと、4」
上がっている。
もう何十体も倒している。
俺もその内何体も止めを刺してしまったが、アイカのレベル上げが今の主題だ。
アイカの不運があれば、モンスターの数には困らない。
あっちからどんどん来てくれる。
ゴブリンなら俺一人でも倒せるのだ。
二人がかりとなれば、ゴブリンの勝ち目なんてゼロになる。
アイカは後ろからしか攻撃しない。
アイツから望んだことだ。
自分はこれでいい。これがいいと。
戦闘スタイルはこういう感じで行きたいと言い出したのだ。
自らそう言うなら否定する材料もない。
アイカは敵の側面や後ろから攻撃を狙っている。
挑発を使いつつ、アイカが後ろから攻撃。
これだけで余裕だ。
盾術の存在は迷宮攻略のカギとなるだろう。
盾術ない人は大変だ。敵を引き付けるのに苦労する事だろう。
とはいえ、俺も引きつけても2体までだ。
それ以上はやりたくない。
使いどころの難しいスキルだ。味方は巻き込むし。
「あと6ですね。私は何のクラスが向いてるんでしょうか?」
俺の場合は戦士、聖騎士、魔法使い、聖職者の四つが出た。
それを考慮すれば、
「不幸女だな」
「フヒッ。そんなの聞いた事ありませんよ」
アイカは口に手を当てて、ちょっとだけ笑った。
不幸そうな顔こそ変わらないが、笑顔が増えたように思う。
打ち解けているというのか。
慣れだ。俺になれたのだろう。
俺だってアイカには慣れている。
金がなくなるのだって日常茶飯事、魔宝石の数が合わなかったり、俺だけご飯が無かったり。
飯を食いに行こうとしたら、俺の順番で材料がなくなったり。
誰かとぶつかったら財布がすられるなんて超普通。
街を歩けば植木鉢が降って来るし、水を撒けばかけられる。
ね、慣れてるだろ?
もう金欠で困る。
すぐに銀行に行かないとお金が無くなっちゃうんだよ。
その銀行だって、口座が消滅したとかで今日無一文になった所だ。
保証は金貨一枚だけ。
くそ。
「稼ぐぞ!」
「はーい」
その後も勢いよく狩っていった。
俺たちコンビも板についてきた。
一人より二人の方が効率が良い。
俺が攻撃して、その隙にアイカも攻撃する。
挟んで攻撃して、それでおしまいだ。
アイカの不運もあってたくさんのゴブリンを狩るころには、カバンの中が魔宝石でいっぱいになっていた。
流石に戦いすぎて疲れたので、早めに切り上げた。
一階層とはいえたくさんの魔宝石を持って行った事に、受付嬢のマーシャさんも驚いていた。
それでも安い。
50個は持っていたはずだったが、それなりの値段にしかならない。
今日は運が良い事にスキル持ちには出会わなかったし、こんなもんだろうと納得して、すぐに銀行に預けた。
必要な分だけ持って、アイカの雑貨を買いに行く。
女の子はいろいろ必要らしい。
一緒に下着やら、その他諸々を買いに行く。
もう家族みたいなものなので、何やっても何とも思わない。
「てめー、もう少し遠慮して物買えや」
もう手持ちいっぱいに服やらなんやらがある。
中古だが。
それでも何シルバーかあれば、それなりのものがたくさん買える。
冒険者は上手くやれば、それなりにお金持ちになれる。
命を懸けている以上それ位ではないと、やってはいられないが。
「フヒッ、こんなにたくさん物が買えるなんて思わなかったんで。ユウキさんに最初合ったときは、さっさと死ねこの童貞、くらいにしか思っていませんでしたが、割合良いものです」
「ちょっと戦えるようになったからって、調子に乗るなよ。この雌豚が」
「言い方。もうちょっと優しく。女の子には優しくした方が良いんじゃないっすかね」
「誰のせいで必死こいて金稼いでいると思ってるんだ」
「フヒッ、私のせいか」
そうは言うが、俺もそれなりに楽しんでいるのは事実だ。
こいつは味方だし、何話しても大丈夫だ。
「もうこれ以上はダメだ。金が少なくなる。まだ奴隷は買うしな」
「わ、私じゃ満足できないってことですか!?」
「誤解を招く言い方をするな。実際お前なんて買うつもりはなかった。男だ。男。強いのは男の方が確率が高い。今のお前なら人間の男の方が良い。どうだ? 後ろからこそこそだけじゃ、俺だって不安なんだよ。もっと正面からガツンとやれる人材が欲しいな。俺と肩並べてやれるやつ。いいね。そう言うのを求めてたんだよ」
本音を告げると、アイカは少しだけ残念そうな顔をした。でもそれも一瞬だった。
「まぁ、私も戦いたくないし、同意見です。強い人が居た方が良いんじゃないですか? ユウキさん並はそういないでしょうが」
アイカは俺の隣に来て、並んで宿に戻る。
道中、肉まんみたいなのを買って小腹を満たす。
しかしながら、問題はたくさんある。
「金無いんだよな。なんだよ、15ゴールドって。高すぎだろ。あんだけ高額払って掴まされたのが、お前だからな。泣けてくるわ」
「言いようがひどい。私もそう思うけど。――うま」
肉まんに齧り付きながら今後を考える。
「もっとなんかねーの? 金稼ぐ方法」
「もっと深い場所まで潜ったらどうですか? 迷宮。4階層からは2体モンスターが来るみたいですよ。ユウキさん、何とかできないんですか?」
「3階層のコボルトが突破できないから、お前を買ったんだよ。あと復讐な。忘れるなよ」
「面倒だなぁ」
俺だって、好きでやっている訳じゃない。
平和に暮らしたい。地球に戻りたい。
でもその前にやる事はある。
「絶対に殺してやる……!」
俺たちをこんな目にあわせた奴を、俺は絶対に許さない。
出て来い。
殺してやる。
どんな手を使ってでも。
邪魔する奴は全員殺す。
俺のスタンスは崩れない。
隣のアイカののどが鳴る。
俺の顔を見て、一歩引いた。
それ程までに、今の俺の顔はひどい。
ひょんな事から復讐の顔が出る。
落ち着け。
今はどうにもならない。
情報が無い。
その前に、本当に黒幕は居るのだろうか?
俺が殺したあの5人だけという保証は? 違うやつがいるなんて誰が決めたんだ。
俺が作り出した幻想?
そんな馬鹿な事は無い。
俺が殺した爺は言っていた。
聞いていた話と違うと。
誰かからこの事を聞いていたのだ。
上の連中がいる。
奴より偉い奴は居るのだ。
それを見つけて、殺す。
その後は知った事か。
地球に帰る方法なり見つければいい。
あるか知らないが。
「ユウキさん……」
「忘れるな。アイカ。俺の目的はただ一つだ」
心配そうな眼を向けるアイカを無視する。
心配するな。お前は手伝うだけだ。
「絶対に殺す……!!」
感想待ってます。




