26 アイカの覚悟
次の日も同じように転移石で2階層に赴いた。
アイカももう諦めたのか、何も言わずについてきている。良い傾向だ。
「またトレント来てますよ」
アイカの予言めいた言葉を聞くと、奥の方からのたのたとトレントが歩いてきている。
近づかれる前に焼き殺し、アイカが魔宝石の回収に向かった。
アイカが短剣でガリガリ幹を削って、魔宝石を回収するころには新たなトレントが来ている。
「またですか……」
アイカは自分の能力を呪い、俺は火魔法で先手を打つ。
火球を何発か叩き込めば、トレントは苦悶の声を出して崩れる。
そうなれば、アイカの出番だ。魔宝石を回収する。
魔宝石は厳重に管理して、絶対に落とさないようにしている。
それでも何個かどこかに行ってしまうのだ。
不思議なものである。
トレントの波も小休止に入ったのか、俺たちはそこら辺に座って休憩にした。
「ユウキさん、レベル上がりました?」
「ちょい待ち、どれ」
俺は懐に入れてあるステータスカードを見せた。
「13ですか。上がりましたね」
「あれだけ倒せばな」
アイカのせいと言えばいいのか、おかげと言えばいいのか、分からないが、たくさんのモンスターを排除することが出来ている。
「どうだ? そろそろ覚悟はできたか? 魔宝石を回収するのは手早くなってるし、次は殺してみるか?」
「い、いや、それはどうなんでしょうね? 私なんてレベル1ですし。ここに居るのも危ないような……」
アイカは買ってきた干し肉をかじりつつ、弱めに否定する。
まだ駄目か。
というか、本当に困るぞ。
「その内に戦ってもらうからな」
「フヒッ、分かってますよ……」
アイカは口の中に全部肉を入れて、立ち上がった。
「トレント」
「本当に運が悪い奴だな」
「うるひゃい」
現れたトレントをサクッと殺して、アイカが魔宝石を取ってくる。
それもすると、またトレントが来た。
しかしアイカの様子がおかしい。
「どうした?」
「あ、あいつからやばい臭いする! 血! 血の匂いの塊だよ、アイツ!」
トレントを睨む。
デカいか。
一回り、二回りも他のトレントより大きい。
さっきまでのトレントが若木なら、これはもう大樹と言って良い。
ズシンズシンと巨木が揺れている。
「スキル持ちだな」
何のスキルかは全然わからないけど。
葉っぱをたくさんつけ、枝も丸太のように太いトレントが俺たちに近づいてくる。
「に、逃げましょ……!」
「アホ言え。あれは金蔓だ。火魔法がある。燃やしてやるぜ」
アイカの考えを否定して、俺は早速火球を叩き込んだ。
デカいだけあって動きが遅く、トレントは燃え始めた。
だが、トレントは燃えている末端を自切して、燃え広がるのを阻止している。
トカゲかよ。
「火槍……!!」
火魔法レベル3の火槍を発射。
トレントは何本もある枝で、火槍を防ぐ。
燃え広がる前に、自分で枝を切り落として燃え広がらないようにしていた。
鼬ごっこだ、と思った瞬間だった。
「あれ、これ、変なにおい!」
「あ!? な、ん、お……!?」
アイカは鼻を塞いで、後ろへと下がる。
俺は何をしているのか分からず、その場にとどまっていたのが悪かった。
遅れながらアイカが助言を出した。
俺は崩れ落ちる。
「ど、毒!」
「お、せぇ、んだ、よ……!!」
やられた。毒攻撃だったか。
気づかなかった。体が動かない。麻痺毒か。
光魔法。
「浄――!?」
治そうと魔法を使おうとしたところで、トレントの妨害が入った。
根っこでキックされた。
しかし根が太すぎて、棍棒で殴られたかのような痛みだ。
ズシッとくる衝撃を胸に受け、地面を転がる。
「ゲホッ……グッ……」
光魔法を使おうとすると、トレントが枝で殴ったり、根っこで蹴ってくる。
これが痛い。
強固な守りと光の加護を併用していても、かなりのダメージが通っている。
まずい。
このままでは、こんなところで死んでしまう。
どうにかしなければ……!
◇
あわわわわ。
やばいよ。
ユウキさん。
死にそうだ。
私の不運のせいだ。
今もガツガツ蹴られてる。
どうにも動けないみたいだ。
私は臭いが変だと思ったから、さっさと逃げたけど、ユウキさんも連れていくべきだった。
私だけでも逃げようかと思ったけど、一人じゃ絶対死んじゃう。
他のトレントやゴブリンに襲われて、死が訪れる時間がくる。
「ぐぁ……!」
「ひぇ……」
重い一撃を受けてユウキさんが呻いている。
どうしよう。
私は短剣を抜く。
足が震え、短剣がカタカタとなっている。
お、怯えるな。
「ゴホッ……!!」
またユウキさんが蹴られた。
その声を聴いて私は身がすくむ。
「ひぃぅ……」
ユウキさんが勝てない相手に、私がどうやったって勝てるわけがない。
私のご主人は地面にはいつくばり、すごい視線をトレントに送り、次に私を見た。
殺せ。
そう言われた気がした。
殺せ。こいつを殺せと。
「そんな……」
できない。
できるわけがない。
スキル持ちに対して、レベル1、スキルなし、クラスなしの私がどうやって殺せと言うのだ。
冒険者の一番死亡率が高いのは、ルーキーの時だってくらい私だって知ってる。
レベル1から始める冒険者は、クラスが無い。
スキルが無いのは当たり前としても、クラスが無いのは致命的だ。
だから人は頑張ってレベル10に引き上げる。
クラスがあれば体の構造が変わったように強くなる。
最悪スキルなしでも戦えなくもない。
でも私はクラスもない。
怠惰に過ごし過ぎた。
こういう時にユウキさんが言ったように、クラスがあればあいつだって倒せたかもしれない。
怖い。
正面に立ちたくない。
私はこっそり移動する。
ユウキさんが殴られ、蹴られ、持ち上げられ叩きつけられるのを尻目に、私は移動する。
素早く。
ばれないように。
犬だ。
私は犬だ。
足音を消し、気配を消し、後ろから襲い掛かれ。
卑怯じゃない。
これは命がけの戦いだというのを今更知った。
「浄――ゴハッ!」
ユウキさんは何かしようとしている。
あの状況からでもあきらめていない。
すごい。
私だったら運が悪かった、で諦めている。
短剣を持つ手が強くなる。ギュッと握る。
獣人の握力が短剣の柄を握りつぶしそうだ。
ユウキさんが言った意味が少しだけわかった気がする。
一人じゃできないんだ。
戦う事も復讐とやらも。
今、ユウキさんは私を少しは頼りにしている。
目線が語っていた。
ぶっ殺せ。お前ならわかると。
確かに、分かる。
私にはトレントの心臓の位置がわかる。
あの辺だろうな、というのもある。
今日まで何体もトレントを解体してきた。
これに関してはユウキさんにだって負ける気はしない。
トレント解体の名人だ。
やれ。今ならできる気がする。
血は出ない。
トレントなんて、ただの木だ。
余裕だ。
獣人舐めんな。
力なら少しは自信がある。
ユウキさんには負けたけど。
私は少しずつ走る。早く、より早く。
トレントの背後を取る。
気づいていない、と信じたい。
背後から。
「うああああああああぁぁぁぁぁ……!!」
私は命のやり取りをする。
◇
ようやく来た。
おせーんだよ。
大声は上げなくていいんだよ、このカス。
ちょっと考えればわかるだろう。
「ぅ、ゥオオオォォオオオオオオオオ……!!」
痺れる体を叱咤して、挑発。
これでいい。
トレントは後ろからの強襲に対応したいが、俺にくぎ付けになった。
だが、対応方法はある。
「オオオオォォォォ……!」
トレントは大きく体を動かし、アイカも攻撃対象に入れてきた。
これはまずいか。
と思ったが、アイカも頑張る。
あそこまで頑張るのは初めてだ。
何とか避ける。避ける。
必死に迫りくる枝を避け、近づこうとしている。
すると、何か鱗粉みたいなのが舞っていた。
これか。
待て。その前に。やる事がある。
トレントは少しアイカを気にし過ぎだ。
光魔法。
「浄化!」
解毒の魔法が俺を癒す。
少しずつ俺の中の毒が解毒され、しびれが取れ始めた。
もう少しすれば全回復だ。
だが、アイカはそんなことは気にしていない。
目が違う。
必死だ。
必死なのをバカにしているんじゃない。
良い方向の変化だ。
息を止め、毒を吸い込まないようにしている。
動きも早い。
どんどん近づく。
光の加護の恩恵もあるだろうが、獣人という天性のばねがすごい。
スプリンターのごとく走り寄って、最後に飛び上った。
「うわあああああぁっぁぁあ!!」
短剣を逆さにもって、一気に振り下ろした。
そこだ。
ガスッと小気味良い音がしたと思ったら、トレントの力がどんどん抜け始めた。
心臓を削ったか。
アイカはトレントの幹にしがみついて、何度も何度も短剣を突き刺す。
別人だ。
さっきまで戦うのを忌避していた人間だとは思えない。
トレントは支えがなくなったように、フラッと倒れた。
巨体が地面に吸い込まれるようにして、崩れ落ちる。
しがみついていたアイカもそのまま地面に落ちた。
俺はさっさと逃げ出し、高みの見物だ。
倒れるアイカの下まで駆け寄った。
アイカは取りあえず大丈夫なようだった。
「さっさと魔宝石回収しろ」
「……鬼ですね」
「次からは出来るな?」
「……邪魔位ならしますよ」
「それでいい」
まだ寝転んでいるアイカに手を差し出した。
アイカはどうするか逡巡したようだったが、素直に握ってきた。
俺はアイカを引き起こし、体の状態を確認する。
どこも異常はなさそうだ。
アイカはアイカで魔宝石の回収に当たっている。
「あぁ、やっぱりダメですよ、これ」
アイカはボロボロになった魔宝石を見せてきた。
短剣による傷がたくさん入っている。
魔宝石は高く売れるが、モンスターの心臓でもある。
弱点であり、高価。
狙いたいが、普通はあまり攻撃する箇所ではない。
傷がつけば値が暴落するし、良い事が無くなるからだ。
一撃必殺を狙いたければ、魔宝石を狙うのが良いけど。
アイカはトレントから飛び降りて、俺に魔宝石を差し出した。
さっさと受け取って、カバンの中にしまい込む。
アイカの肩をポンと叩いて、先に進んだ。
「レベル上がってると良いな」
「……ま、そうですね」




