23 腕相撲
「くそ、さっきからキリがない……!」
アイカが気絶してから数分。
ゴブリンが途絶える事が無かった。
迷宮内のゴブリンを見つけるのにはそれなりに時間がかかる。
どこに居るかも分からないのだから、当然と言えば当然だ。
しかし今日に限っては違う。
あっちからどんどん現れる。
一体倒したと思ったら、すぐに次のゴブリンが来る。
魔宝石を回収する暇がほとんどない。
すでに十数匹撃破しているにもかかわらず、回収した魔宝石はわずか3つ。
それ程までに敵のエンカウント間隔が短い。
「どうなってる……!?」
アイカが目覚めない以上、迷宮を脱出するのは厳しい。
できなくもないだろうが、人ひとりを背負って迷宮は移動したくない。
「オラァ!」
一本突きで何とかゴブリンを排除した。すぐさま解体にかかる。
金がない。
一応、宿には二週間分前払いしてあるから泊まる分には問題はない。
が、明日から雑貨が必要だろう。
アイカのものがいるようになる。
こいつ手ぶらみたいだったし。
「くそ、面倒な女掴まされた……!」
魔宝石を回収して前を見た。
来た。
ついに来たか。
もう、薄々気づいてたけど。
これアイカのせいだよな。
不運。
発動してるよ。
おかしい。風体からして、実力者だ。
皮鎧を着て、無手のゴブリン。
拳をゴキゴキ鳴らしながら、ゆっくりと悠然と歩いてきている。
運が悪いな。
不運め。アイカめ。あの奴隷商、ノーブルのやろう。
これはいけない。
返品したい。
でも返品禁止っていう条件で、格安で譲ってもらったんだよな。
「ふぅ~……!」
落ち着け。
俺はザイルを殺した。
ゴブリンのスキル持ちを恐れる事もない。
相手は武器なし。
大してこっちは、武器と魔法がある。
アホは放っておけ。
その内やらせる。
不運じゃない。
逆に幸運に変えろ。
スキル持ちの魔宝石は金貨一枚以上で取引されている。
これはチャンス。
カットラスを持ち、盾を構える。
ゴブリンが走ってきた。
かなり早い。
超近接戦闘だ。
やらせない。
火魔法。
「火球……!」
3個火球を飛ばしてみたが、華麗なステップを見せてゴブリンは攻撃を回避した。
ステップで避けるだけじゃなく、そのまま距離を詰めるような動きだ。
身のこなしがうまい。
ゴブリンは拳を引きながら、最後の一歩を踏み込んだ。
「ギャッシャァ!」
「……ッ!」
盾受。そうやすやすとはやられない。
反撃しようとして、剣を振る瞬間、ゴブリンの動きが変わった。
拳を振りぬいた勢いを殺さず、そのまま俺の横を通り過ぎた。
予想外の行動に、俺は動きを止めて、ゴブリンの行く先を見た。
狙いはアイカか。
まだ気絶しているアホに向かって、ゴブリンは飛び上がった。
落下の衝撃が、アイカの腹にのしかかった。
「カハッ……!!」
強制覚醒。
体がくの字に曲がる。内臓は大丈夫か。
「な、なに……!?」
事態を把握していない。
目の前のゴブリンにすら気づいていないのか。
動転して、アワアワしているだけだ。
「ボケ! 逃げろ!」
「へ……? あ……ども」
挨拶なんてしなくていいんだよ。
ゴブリンはさらに蹴りを叩き込んだ。
本気の一撃に、アイカのか細い体が吹き飛ぶ。
「が……ぁ……」
くそ。これ以上やられると死ぬぞ。
「ウオオオオオオオオオオォォォォオオオォオォ……!!」
挑発を発動して、ゴブリンの攻撃対象を俺に向けた。
ゴブリンは仕方なく、俺との相手をする。嫌そうな顔だ。
このゴブリンはスピード型だ。
がっぷりパワーで来て欲しい位の方が得意だ。ちょろちょろされると、鬱陶しい。
それに何かスキル持ってるし。
動きが早すぎて、まま防御が遅れる。
倒せない事もない。
だが、一番はあそこで蹲っているアイカだ。
骨が折れているのか。
分からない。
吐血もしているし、本当に苦しそうだ。
金貨15枚も払ったんだ。簡単に死なせてたまるか。
「閃光!」
一瞬だけあたりが光に包まれた。
目つぶし。どうだ。効いたか。
「ギィィィ……!!」
ゴブリンは一直線に下がって、俺の追撃を防ごうとしている。
上手く行った。
連発できない魔法だから、一回こっきりだし。
離れ行くゴブリンを確認して、アイカをおぶった。
「行けるか?」
「い、いだいでず……。じぬ……」
光魔法でアイカを治しつつ、俺は迷宮を出た。
「不運な奴だ」
ギルドで魔宝石を換金しても、1シルバー程度にしかならなかった。
これではアイカの宿代が出せない。
その前に、部屋が空いているか分からない状態だ。
宿に戻って空部屋状態を確認しても、空いている場所はないという返答だった。
「同じ部屋に泊まるなら、代金も預かってるしいいわよ。ただし、二週間分の代金を一週間分にしてもらうけど」
女将さんの言葉である。
有難い。
アイカの処遇をどうしようか迷っていたところだ。
「ほら、お礼言え」
「フヒッ、ありがとうございます」
すっかり元気になったアイカが頭を下げる。
相変わらずの気持ち悪さだ。残念美人というやつかもしれない。
ご飯を食べて、オルガが奴隷を見て軽くげんなりしている。
その眼は俺に向けられたものだ。
やはり奴隷の立場というのはあまり良くない。
「お前、何とも思わないのか?」
カレーもどきを食べながらアイカにそう問うた。
当のアイカはカレーもどきにがっついている。
久しぶりのまともなごはんらしい。
体もがりがりだし、良いご飯を食べていないのは分かるが。
もう少し慎みを持った方が良いのでは。
「不運がありますし。いつもの事ですよ」
「……不運だな」
「フヒッ」
アイカはぺろりとカレーもどきを食べて、尻尾をばたつかせている。
「金ないからおかわりは無いぞ」
「甲斐性がありませんね」
「お前が戦ってれば、もっと稼げた」
「それは仕方ない。我慢しましょう」
「お前……」
未練が出る前に、食堂から立ち去る。
アイカは食堂の方を見ながら俺についてきた。
二階にいって、自分の部屋に入った。
狭い。
ベッドは一つだけか。
「お前、床な」
「ひどい!」
アイカが俺の肩を掴んで、ゆっさゆっさと揺する。
力つよ。
これならゴブリンくらい倒せるだろ。
「お前、今日何もしてないだろう。自分で言った事忘れたのか?」
「な、何がですか?」
「働かざるもの食うべからず」
「……言ったような? 言ってなかったような?」
とぼけた顔をしても無駄だ。
俺は覚えている。
「皿洗いしている時に言ってただろ」
「……言いましたけどぉ。それとこれとは。それに、こんなかわいい子を目の前にして、同衾しない何てありえますか? 否、あり得ない! そう言う事で、ベッドにダーイブ!」
アイカは俺の忠告を聞かず、ベッドに勢いよく飛び込んだ。
意外に自由奔放だ。
「……それだけ元気なら、明日はゴブリンを殺せそうだな」
「ふ、フヒッ。そ、それは如何なものかと。もう、トラウマでござる」
「キャラを変えるな」
「いや、でも、本当に今日のゴブリンは強すぎですよ。死にかけましたもん。ユウキさん居なかったら、死んでいましたよ」
「明日も俺がいるから大丈夫だ」
「痛いのいやぁぁ」
俺は頭をぼりぼり掻く。
当初の予定とだいぶ異なる。
本当だったら、ムキムキのおっさんとコンビを組んでもっと強くなる予定だったのに。
「お前、獣人なんだろ? 力だって強いじゃないか」
「腕相撲が強くても、戦いは弱いんですよ」
「なら、自信を付けよう。俺と勝負して、勝ったらゴブリンを殺すんだ」
「なんですか、それ!? 私に得がありませんよ!」
だが、これは命令だ。
アイカも渋々腕相撲の体勢に入る。「こんなの私が勝つに決まってる……」なんて言っている。
それほど、人と獣人の間には絶対的な力の差があるのか。
金貨15枚も意外に安かったかもしれない。
手を取り合い、腕相撲の体勢に入る。
両社睨みあい、本気の勝負が始まる。
「まぁ、勝負する以上、勝ちます。手加減しませんよ」
「そうしてくれ」
ぐっと込める力が強くなる。
自然と本気になっていく。空気が張り詰めて、合図もなく二人の動きは呼応した。
決着はすぐについた。
ポフッとベッドの手の甲がついている。
あぁ、
「俺の勝ち……?」
「あ、あれ? お、おかしいな。貧弱な人間に負けるわけがないのに……!」
そこまで言うか。
若干傷つきながらも、アイカはもう一回再選を求めてきた。
「油断しただけです!」
「そう」
だが、結果は変わらない。
俺の勝ち。
「なんでぇぇぇ??」
本当にアイカは不思議そうだ。
俺の腕力ってそんなに強いの?
「化け物ですね。ちょっと怖いです」
「ご主人様にそう言う言い方はないだろう」
「フヒッ、それもそうですね」
その時、部屋のドアがノックされた。
遠慮なく開けられた扉の先にはオルガがお湯を持って佇んでいた。
「何してるんですか?」
「腕相撲?」
「何で疑問形……。お湯、二人分置いておきますからね。後から持ってきてくださいよ」
オルガはさっさと退出して、廊下をかけて行った。
忙しいらしい。
「俺、外出てるからさっさと体拭けよ」
「あれ? 私の肢体を拭くとかいうプレイはしないんですか?」
「そういう目的で買ったんじゃない。戦え」
部屋から出た。
中からは「戦いたくない……」というつぶやきが聞こえてきた。




