22 アイカ
「では合計で、15ゴールドとなります」
ノーブルとの条件付きでの奴隷購入に同意して、今は購入手続きに入っている。
カバンから15枚の金貨を出して、ノーブルに渡した。
ノーブルが丁寧に金貨の枚数を数えた。
そして俺とアイカの手を出すことを指示した。
「では、契約します。クラス 奴隷商人のスキルで契約を行います。アイカは主人、ゲンキ・ユウキに絶対服従をする。これでよろしいですね?」
「ああ」
隣にいるアイカも頷く。犬耳が揺れた。触ってみたい。
ていうか、奴隷商人なんてクラスがあるのか。
このオジサンも迷宮に行って、レベルを最低でも10にしたのか。
うまい話はないな。それなりの修羅場をくぐって、今の商売をしているという事か。
契約とやらはとても簡素で、それだけで終わってしまった。
これでアイカは俺に絶対服従だ。
すると、最初に応対してもらった若い男が、武器防具を一式持ってきた。
アイカ用の武具だ。
ここまでしてもらって良いものだろうか。
武器は短剣、それに皮鎧。防具面は俺と同じだ。
「ユウキ様が死亡した場合、アイカはどうなさいますか?」
「どうとは?」
アイカに武器を渡しながら、ノーブルの話に耳を傾ける。
「自害させるのか、解放させるのか、奴隷にまた戻すのか。この3点くらいですね」
もう、この時点で面倒だ。
アイカに聞け。
俺は防具を早速来ているアイカに話をしてみた。
「お前はどうしたい?」
「奴隷でいい」
「だそうだ」
ノーブルは心底嫌な表情をした。
何が嫌なのか。
「じゃ、俺が万が一死んだら、アイカはこの奴隷商で引き取ってくれ」
「……分かりました」
嫌そう―。
「じゃあ、俺たちはこれで。アイカ」
「はい、お世話になりました」
アイカはぺこりと頭を下げて、俺と一緒に外に出た。
過ごしやすい空気が俺たちを迎え入れた。
アイカは大きく体を伸ばして、太陽の光を体いっぱいに浴びている。
あの閉塞空間にいたからだろう。
アイカの体は細い。がりがりだ。
まずは、飯を食べるべきだろう。
「ご飯、食べるか?」
コミュニケーションも兼ねよう。
「……今回はお買い上げありがとうございました。……たいへん不運な方ですね。アンラッキーです。終わりです。……あなたの人生はこの時を持って終わってしまったのです。ご愁傷様です」
話す感じあまり快活に話すタイプではないようだ。
定食屋さんに入って、ご飯を食べながら話していると、アイカはそう言った。垂れた耳が可愛い。
そうじゃなく。
「どういうことだ?」
ラーメンらしきものを啜って、質問した。
「……ヒヒッ、私の特殊系統に不運というものがあります。……兎に角、間が悪い。邪魔が入る。運が悪い。悪い方向へと話が転がる。……こんな事ばかりです。……正直言って、ご飯食べている場合ではないと思いますよ。えっと、何て呼べば?」
「ユウキで」
アイカはゴホンと咳をして、続きを話した。
「……ユウキさん、お金あるんですか?」
「は? あるに決まってるだろ。無かったら、来て、な、いぞ……」
カバンの中を見て、驚愕した。
ない。財布がない。からっぽだ。全財産が入っていたのに。
「なんで……?」
どういうことだ。落としたのか。何故だ。いつ。
アイカはやはりといった顔をして、溜息をついた。
「フヒッ、あ、当たり前です。……不運です。そんな杜撰な管理で、お金を守れると思っていたんですか? フヒヒッ」
「じゃあ、何か? その不運とやらのせいで、俺は財布を無くしたと?」
「そ、そう言う事ですよ、ユウキさん」
これは。
またはずれを掴まされた。
あーあ。
何でこんなことになるのかな。
もう、嫌だよ。俺のせいだけどさ。
「アイカってさ、女だよね」
性別確認してなかった。
「け、結構失礼な人ですね。どう見ても女の子でしょう」
「んー、ぺったんだし」
「ぺ、ぺったん!? 言うに事欠いてぺったんですと!? ゆ、ユウキさん、言っていい事と悪い事がありますよ。呪いますよ。不運にしちゃいますよ!?」
「アイカの近くに居たら不運になるんだろ。もう呪ってんじゃん」
「……フヒッ、確かに」
身を乗り出して怒っていたアイカは、席に座って飯を食べ続ける。
「レベルはあるの?」
「1です」
「絶望的だね」
「ありがとうございます」
アイカは麺をずるずるとすすり、おいしそうに咀嚼する。
「戦ったことは?」
「ありません」
「剣の扱いは?」
「知りません」
終わった。これはどうすれば良いのか。
幸い装備だけは良い。
今ならわかるが、ノーブルはもうアイカとは会いたくない。
不運のせいで、今まであまりよくない事があったのだろう。
だからこそ、出戻りしないようにある程度良い装備を提供してくれている。
むしろ俺のと交換してほしいくらいの防具だ。
アイカは俺に絶対服従だ。
戦えと言えば、戦うしかない。
迷宮に行く前にすることもある。
「土下座して、謝るぞ」
食い逃げはせず、ちゃんと店主に許しを請う。
アイカにも当然頭を下げさせた。
じゃぶじゃぶと汲んできた水で、食器類を洗う。
夕方までやる事で、昼飯台にしてもらうことで決着がついた。
隣でも不幸そうな顔をしたアイカが皿を洗っている。
造形だけはきれいだが、幸薄そうというか。絶望的に運がなさそうな顔をしている。
残念な女だった。
「さっきからなんですか。ジロジロ見て」
「……アイカって結構ずばずば言うよな。一応奴隷? みたいな立場だから、ご主人様とでも呼ばれるかと思ってた」
台所みたいな場所で皿を洗いながら、コミュニケーションを図る。
皿は洗ったら、その辺に置いておけとの事だ。
乾かしてほしいんだろ。多分。
「……不運でその内、ユウキさんも死んでしまいますよ。私の親も死んでしまいましたし。何もできる事が無いから、自分から奴隷になったくらいですからね。これから死んでいく人に遠慮しても、私には得はないでしょ?」
「……話が思った以上に重い」
「フヒッ、すみません。性分で」
不運なんていうスキルがあったら、こんな性格にでもなってしまうのだろうか。
「取りあえず、フヒッはやめようぜ。これ命令」
「き、拒否します……」
「できんの?」
「できないけど、割合気に入ってるんで、これ。なんとかフヒッ、言わせてほしいです。個性みたいなものですよ。個性。大事ですよね? 美少女とフヒッの気持ち悪さのコントラストが素晴らしいと思うんですよ。私、結構見た目だけはいいから」
結構饒舌に喋る。だが、
「手が止まってるぞ」
「おっと、いけない。働かざるもの食うべからずですね」
皿洗いを再開しても、アイカはまだ喋る。
「さっきのも、フヒッから喋りたかったんですよ、ユウキさん。どうにかお願いしますよ。奴隷商の契約のせいで、本当に言っちゃいけなくなるじゃないですか」
「いや、今、フヒッて言ったじゃん」
「フヒッ、が言えなくなったら、困るでしょう。『フ』と『ヒ』が言えなくなるに等しいんですから。用途の問題ですよ。話題が振られたら、まずフヒッ。癖みたいなものです。あるでしょ? そういうの。ユウキさんはないんですか? 例えば、言葉じりにッスとか。なんとかっす。みたいな」
「あぁ。そんなレベル? そこまで言うなら」
「フヒッ、どうも」
奴隷商の契約は絶対だ。
それが奴隷商人のスキルであり、契約という名前のスキルだという事だ。
俺がフヒッというのを辞めろと言えば、アイカはフヒッを言えなくなる。
それを取り消せば、アイカもフヒッを言う事が出来るようになる。
言いたいのは、やはり絶対服従は効いているという事だ。
そこからは真面目に仕事に取り組んで、店主にもう一度謝り、迷宮に向かった。
「本当に行くんですか? どんなことになるか分かりませんよ」
アイカが迷宮の前まで来て、中に入るのを渋る。
分からなくもないが、こればかりは仕方がないだろう。
「無一文になったんだ。今からでも稼がないと、今日、お前が泊まる場所ないぞ」
「え、何で? 預り所にお金預けてないんですか?」
「預り所??」
また初めて聞く名前だ。
「銀行ですよ。手数料を払うとお金を保管してくれる場所です。知らないんですか?」
「……田舎者だから」
銀行なんてあったのか。
今まで糞重い銀貨も大量に持ち運びしていたのだ。
宿に置いておくのもあれだし、カバンに全部入れていた。
なんだ。銀行あるのかよ。
でも信用できるのか?
「その預かり所とやらは安全なの? 盗賊とかが襲撃してきそうだけど?」
「騎士団が守っていますよ。当たり前じゃないですか」
「……確認だよ、確認」
俺は気を取り直して、アイカに命令した。
「行くぞ」
「うぁぁ。嫌だぁぁ」
まずは一階層からだ。
引きずる形でアイカを迷宮内に放り込んだ。
命令とあっては拒否でない。アイカは渋々俺についてくる。
「ユウキはレベルいくつですか? 私死なないですよね」
「お前、不運なんてありながら自分の心配してるのか……」
俺がそう言う事を言うと、しれっとアイカは呟いた。
「フヒッ、そりゃ、自分の命が一番ですよ。……それより、レベルですよ。レベル。いくつですか? 私の今後がかかっていると言っても過言じゃないと思います。重要です」
獣人特有なのか尻尾をバタバタさせながら、興味深そうな顔をしている。
というか必死だ。
命がかかっているしな。
必死にもなるか。
「12だ」
「帰りましょう」
回れ右してアイカは帰ろうとする。
耳がげんなりしている。
本当に落胆しているのか。
大きなお世話だ。
「無理無理無理! 絶対死ぬ! 12て! 低! もっと強くなってから出直してください!」
「アホ! 強くなるために行くんだろうが! お前もレベル10にして、クラスを付けてやる。そうなれば安心だろ?」
「その前に死んじゃいますよぉぉ」
グダグダ言いながら暴れるアイカを羽交い絞めにしていると、すぐに動きを止めた。
どうしたと思っていると、既にゴブリンがこっちを見ていた。
俺はアイカを解放する。
アイカも震えながら短剣を持っている。
腰が引けて、どうやっても戦えなさそうだ。
どんだけビビってるんだよ。
いけるって。俺も行けるんだから。違うか?
「行ってみる?」
「レディーファーストって要らないと思うんですよぉ……」
「確かに、レディーは見当たらないな」
「……」
軽口叩いている間に、ゴブリンが駆け寄ってきている。
「倒さないとレベルは上がらないぞ! 俺が抑える、お前が殺すんだ!」
「うぅぅ……!」
アイカは止まっている。動かない。くそ。だめか。
俺はカットラスを抜いて、盾を構え挑発。
これでアイカには行かない。
ゴブリン程度なら何とかなる。
盾受をして相手をのけぞらせ、カットラスで突く、撫で斬り。
アイカは後ろで息をのむ。
「つ、つよ……」
後ろを見れないからどんな顔してるか分からない。
だが、まだ覚悟は決めていない。
「おい、やらないのか!?」
ゴブリンを盾で突き飛ばし、距離を取ってアイカの横に立った。
アイカは行くか行くまいか迷っている。尻尾がげんなり下がっているし、手先もプルプル震えていた。
「で、でも……。た、戦ったことないし……」
「誰でも初めてはあるだろ。俺が挑発している間は大丈夫だ。知ってるだろ。ウォークライ」
「た、盾術のやつ……」
そういうだけで、アイカの手は震えているだけだ。
今はいい。
いつかできるようになってくれれば。
ゴブリンが来てる。これ以上は油断できない。
挑発で敵意は俺に向いている。
「縮地突き……!」
ゴブリンに移動攻撃を繰り出し、ゴブリンはこれを横腹を切られながらも左に避ける。
左足を軸足にして、その場で回転。
「撫で斬り……!」
回転しながらの撫で斬り。
初の試みだったが、成功した。
「ギガァァァ……!!」
ゴブリンは胸のあたりを真一文字に切り裂かれると、ばったりと倒れた。
まだ死んでいない。
俺は振り向いた。
アイカ。
「殺せ」
「ヒッ……!」
後ずさるアイカ。その眼は恐ろしい物を見ている眼だ。
「大丈夫だ。弱らせた。反撃はない。何なら手足の腱を切ってやる」
俺は有言実行という事で、ゴブリンの両手足を切り裂いた。
これで動けない。それに攻撃も難しいだろう。
俺は再度アイカを見ると、大きくため息を吐く事になった。
「気絶してるのかよ……」
これは苦労しそうだと思いながら、端にアイカを寄せておいた。
耳を触ってみたが、モフモフだったことだけは言っておこうと思う。
感想待っています。




