2 二日目
監禁二日目。
俺こと結城 元気は目を覚ました。
スマホで時間を確認すると、朝の五時らしかった。
周りを見ると、シルエットだけだが起き上がっている人もいた。
立ち上がったと思うと、おもむろに移動し始めた。
なんだ。
何をしている。
俺たちは今、ナイフを持っている。
一か所に集めて、誰も持っていないようにしているが、あいつは何をしようと。
俺は声をかけようとしたが、ふと思う。
方向が違う。
ナイフの方へ移動していない。
だいたいナイフで何をしようというのか。
殺すのか?
違うだろ。
突然殺す訳が無い。
ならば、多分、おそらく、いや、確実に。
「トイレ?」
移動していた人、女子だったみたいだが、その人は立ち止まった。
「だ、だれ……?」
「え、いや、えっと、結城だけど」
「ゆ、結城? そんな人……」
あー、はいはい。
誰も俺の事なんて知りませんよね。
影薄いし。
居ても居なくても変わらない奴、的な感じだから。俺。
落ち込んでいはいない。
これが俺のいつもで、多分、俺の本質だ。
記憶はあいまいだが、そんな感じはする。
学校の事はぼんやりと覚えている。
クラス連中の記憶だけはある。
俺の存在は、このクラスではほぼない。
そんなことはいい。
「ごめん。何でもないから、続きをどうぞ」
「できるわけないじゃん! 誰も起きてないと思ったのに……!」
「そんなこと言われても。コソコソしてるから、声をかけたんであって……」
「トイレってわかってるなら、放っておいてよ」
「ナイフでも取りに行くんじゃないかと思ったんだよね」
「……そういわれると、どうとも」
声だけで推測するなら、多分初めて会話した人だ。
顔が見えないというのは、かなりやりやすい。
電話みたいだ。
「悪いんだけど、名前教えてくれない? 顔見えないんだよね」
「はぁ? なんで名前くらい分からないの!?」
「いや、そっちだって名前分からなかったよね」
「ぐ……」
これは俺の影が薄いから悪いのだが。
それでも、女子は悪いと思ったのか、名前を言ってくれた。
「立花よ」
あ、立花さん?
綺麗な人だったような。違ったような。
多分、綺麗な人。そんな風な認識だ。
「ごめんね。悪気があったわけじゃないよ。顔が見えればこっちも分かった」
「……いいわよ。こっちも分からないんだし」
「そ」
そこで、会話が終わってしまった。
短いものだ。
俺が話した方が良いのか。違うのか。
デリカシーに掛けるなんて言われても、困るだけなんだけどな。
「トイレいいの?」
「……よくない」
「しないの?」
「結城君が耳を塞いでくれたらね」
「あ、ごめん。そうだよね。俺のせいだよね。……これでいい?」
俺は耳を塞いで、立花さんの返答を待つ。
「……見えない」
「そんなこと言われても」
「……て、聞こえてるじゃない!!」
あ。本当だ。
耳は確かに塞いでいるが、聞こえてしまう。
「聞こえちゃうな。どうしたらいいかな?」
「……歌でも歌ってたら?」
「そうするよ。……オホン。ふーんふふーん。ふふふのふん。ふんふふふんのふんののふんののふん」
「訳分からないけど、そのまま歌っててよ」
「ふん、ふんんふんんふんんーーん」
俺は歌い続ける。
すると合間合間に、ジョーという音が紛れ込んでくる。
なんだこれ。
男子諸君、起きた方が良いのではないか?
それとも起きてる?
目の前で女子が放尿しているよ。
結構、大きな声で歌っているから、一人くらい起きていてもおかしくない。様な気がする。
あぁ、起きてるわぁ。
誰か起きてるだろ。
立花さんの放尿の音聞いてるだろ。
「ふーんふふふーん」
ちょろちょろと水が石を打つ音がする。
これは駄目だ。
想像してしまう。
面倒だな。
後から何か言われる。
どう言い訳しようか考えていると、いつの間にか放尿は終わっていたようだ。
立花さんから声がかかった。
「もういいわよ。ごめんなさい」
「……まぁ、聞こえちゃうんだけど」
「はぁ!!? 聞こえてたの!? ちょっと、どう落とし前――!?」
立花さんが大声を出したせいで、朝五時にもかかわらずクラス全員が起床し始めた。
「聞こえちゃう物はしょうがないだろ。それに、これは――」
「男子は全員耳塞いで!!」
「目もよ!」
今、女子のトイレの時間だ。
皆、朝起きたらトイレ位行くだろ?
大か小かで分けられるかもしれないが、トイレ。
重要な問題だ。
この密閉空間にはトイレがない。
故に、開放的に排泄するしかない。
だが、そこには異性の目が、耳が。鼻が。鼻はどうしようもないだろ。
という事で、男子は耳を塞ぎ、目を閉じて、遠くへ行く。
「歌え!!」
女子の一喝によって、男子がそれぞれ適当に歌い始めた。
声量は心なしか、小さい。
この変態紳士どもめ。
この野郎。
だが、俺も歌う声は小さい。
「ちょっと、もっと大きな声で歌いなさいよ!」
聞こえない。
何言ってるんだろ。
俺たちは耳を塞いでいる。
だから、女子の命令は聞こえない。
それがスタンスだ。すべての音をシャットアウトしている。
聞こえないんですよ。あなたたちの放尿や脱糞の音なんて。
聞きたくない人もいるだろうから、本気で歌っているやつもいる。
だが、聞きたい奴はいる。
そいつの声はやはり小さいと思う。
一分くらいその状態が続いただろうか。
俺は大地讃頌を歌い切り、後ろを振り返った。
何と言うか、いやだな。
やはり、生物的には同じというか。
くっせぇ。
夢も希望もないわ。
男子の目も心なしか、沈鬱な奴と興奮している奴と二極化している。
興奮しているやつは、中々の上級者だと言っておこう。
糞に興奮できるなんてすごい。兄貴と呼ばせてもらいたいくらいだ。
なぁ、豚男くん。
豚男君はブヒブヒ言いながら、下処理をした女子を見つめている。
それに加え、脱糞したものも。すげぇ。こいつすげぇよ。
女子たちはその場から動かず、何とか隠そうとしている。
その内、男子の尿意や便意も限界を迎え始めていた。
「お、俺もう無理!」
「キャアアアァアァ!!」
女子たちはパンツも下して脱糞を開始した男子を見て、全員目をそらす。
俺も見たくない。
幸い部屋は暗いので、鮮明には見えないのだが。
俺もしゃがんで小便と大便をする。
くっさ。
最悪だ。
この空間に居たくない。
最悪。
持っていたティッシュで尻を拭く。
その辺に処理済みのティッシュは放っておいた。
目下、こういうトイレの問題が最重要問題となっていた。
それと食料と水。
生きていくに必要なものばかり。
この閉ざされた空間には、最低限の生活をする設備が全くない。
ただそこに放り出されたという感覚が、どうにも拭い切れないのが本音だ。
こうして監禁二日目を迎えた。
しかし、別段変わったことがあるわけじゃない。
俺たちを拉致したテロリスト達は何のコンタクトも取ってこない。
俺たちを取り巻く状況というのはまったく変わらなかった。
「暇だ……」
何もする事がない。
それにお腹もすいた。喉も乾いた。
先ほどからしきりに腹が鳴って止まない。
飲まず食わずでどれほど生きていられるのだろうか。
どれほどこの空間にいるのかわからないが、数時間は何も食べていない。
周囲のみんなもぐったりしている。たった数時間でこうなるとは思えない。
ここに来るまでにタイムラグがあったと思うべきだ。
かなりの時間、何も食べていないに違いない。
感覚的にそういう感じだ。
こんな空腹は味わった事が無い。
「腹減ったなぁ……」
俺の呟きと同時に、ぐぅぅぅ、と腹の虫が泣いた。
普段なら結構恥ずかしいが、今この部屋ではずっとこの音が響いている。
もう腹が鳴ったくらいでは恥をかく必要はない。
でもトイレは違う。
「誰か、ティッシュ持ってない?」
一人の女子がそう言うと、周りの女子がポケットティッシュを差し出していた。
ここから第二回目のトイレタイムが始まる。
男子は目を瞑って、耳を塞ぐ。
やる気のない斉唱のもと、女子たちが排泄を始める。
腹減った。
声出すのも面倒だな。
声出すって意外にエネルギー使うんだな。
極限状態に放り込まれると余計わかる。
男子全員が一分くらい歌っていると、女子たちの排便が終わった。
次は男子だ。
流れ作業のように、排便を終わらせる。
「ティッシュくれ」
「はい、どぞ」
隣の人がティッシュをご所望のようで、俺はそれを渡す。
「サンキュ」
こんな時でもお礼を言われるのは、割とうれしい。
だが、それまでだった。
「あ、わ、悪い。無くなっちまった……」
どうやらポケットティッシュの残弾は無くなったようだった。
これはしょうがない。
無限にあるわけじゃない。
「しゃーない。もう、俺もないから誰かから貰ってくれ」
「すまん……」
暗くて顔は見えないが、隣の人はそう言って、違う人にティッシュを懇願し始めた。
俺はすでに尻を拭くのを終えていたので、ズボンを上げた。
さっきまでいた場所に戻って、寝転がる。
だんだんこの部屋も臭くなってきたな。
糞尿臭い。
ぼっとん便所みたいだ。
誰も口を開かない。
エネルギーの無駄な消費を抑えようとしている。
だれも食べ物を持っていない。
授業中に何か食べるものを持っている方がおかしい。
「……あぁ」
胡乱な声が出てしまう。
食べたいな。
何か飲みたいな。
困ったな。