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花奥恵の大好物(1993年・春)

⚫︎花奥恵(16歳)

⚫︎茶屋ヒノスケ(17歳)

 俺には芸術ってものがよくわからない。好きな絵はあるが、その世間的価値となると、どうしてただのデカいエビフライの絵が数千万になるのか全く理解できない。

 みんなちょっと落ち着けよって思う。おきらくごくらくでいこうぜ。

 同じクラスの花奥はなおくはテレビ局が取材に来るほどの天才(美術に関してな)美少女(そうか?)芸術家で、造形だろうが版画だろうがなんでもできる。俺は幼なじみで、学級委員になっちまったから半ば花奥恵に関する問題の担当大臣になっている。

  迷惑なことに、ここんとこ連日職員室に呼び出され問題の解決に奔走している。

「花奥に授業に出るように言ってくれないか」

 言っても聞いちゃいません。奴は魂の芸術品とやらを作ることしか考えとらんのです。

「花奥が倉庫の中をペンキで塗って東南アジア調にしてるな。いや、きれいなんだが」

 あとで消しておきます。あれは花奥自身も満足いってなくて、消してもらいたいそうで。というか自分で消せって話ですがね。

「花奥が美術室で暮らしはじめたんだが」

 知ってますよ。俺がいつもメシ持っていってますから。

「テレビ局が番組に出させたがってるが。ホラ、なんていったっけ、ミカンせいじんの奴」

 ええい俺はマネージャーかい!

 俺は教師に言われた件を無視して、体育館裏に行く。薄暗くコケの生えた場所が俺の心を安らかにする。排水溝に捨てられたゴミや犬猫の糞が「お前の居場所はしょせんここなのさ」と言っている気がする。耳を貸さずに二、三回深呼吸して歩き出す……が。

「コレで?」

「ああ。うまくいったらハメれんじゃねえの」

 男子生徒の会話が聞こえてきた。俺はすぐにそれが何のことかわかる。最近、花奥のポケベルの番号が男子生徒の間に広まってるって話だった。ただ、学校側としちゃそんな問題は前代未聞だから野放しだったのだ。

 ――現行犯だ! 俺は突撃した。


 夜の校内は季節とは関係なく寒気がする。俺は足を引きずりながら、静かに歩く。美術室のドアを開けて明かりをつけると、自分の身の丈を越える何かよくわからない黄色いものを一心不乱に作っている花奥がいた。

「――怖ええよ!」

 花奥はやっぱり俺の言葉なんて耳に入らずに集中している。一通り完成というところで、やっと気づいた。

「腹、減ってるだろ」

「うん」

 花奥は俺の手製弁当をさくさくかきこみ、茶をすすった。それから俺の姿を見て笑った。

「ヒノスケ、なんでそんなボロボロなの」

「いや――別に」

 結局あの男子たちは、ストIIターボの攻略法――ハメるだのヤレるだのはそういうことだ――を話してただけだった。しかし俺の決めつけ突撃に気を悪くした二人は仲間を呼んでボコボコにしましたとさ。誰が悪いかって俺。

「ちょっと待ってて。動かないで」

 花奥はスケッチブックを取り出すと、さらさら描き始めた。しばし待つと、描いた絵を俺にくれた。

「変な顔だったから練習しときたくて。絵はあげる。記念に」

 何の記念だ。

「完成記念」

 そう言って、花奥はそばにあった赤い戦闘機の羽みたいなものを、さっきまで作っていた巨大な黄色い何かにくっつけた。俺はイスからずり落ちた。

 完成したそれは、美術室の空間をほとんど使ったデカいエビフライだった。

 花奥は、どや顔だった。

 俺には、芸術ってものがやっぱりよくわからない。でも久しぶりに腹の底から笑えた。

読んで頂きありがとうございます。

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