花奥恵の好物(1993年・春)
⚫︎花奥恵(16歳)
⚫︎茶屋ヒノスケ(17歳)
俺の幼なじみに「花奥恵」という問題児がいる。授業を勝手に抜け出すわ、制服を着ずに絵の具がべったり付いたツナギで通すわ、フリーダム過ぎる奴だ。痩せすぎて骨張った体はこわいですねーホラーですねーっててめえはホラーマンか。
最近やたらとモテだしたのは絵の才能が注目されるようになってからだ。美術の授業でしか聞いたことのないような画家の再来らしく、テレビ曰く美少女天才画家だとさ。当の本人は何も変わらず今までと同じ生活を続けてるが。
俺は……別に何でもなくて、時々弁当を持ってくぐらいの友達。花奥は一度描き出すと飯のことも忘れちまうから、栄養失調で倒れたことがある。だから俺は今日も弁当を作り美術室に持っていく。
「花奥」
教室に入ると、窓辺の花奥は校庭を走り回る男どもをじっと眺めている。サッカー部の奴らだ。
「岩下くんて、かっこいいね」
シュートを決めた岩下は春風を身に纏ってんのかってくらい爽やかな顔で、チームメイトとバシバシ叩き合って笑っている。
「今度モデル頼もうかな」
「そうだな。筋肉の勉強になるかもな。それより、弁当食べないのか」
花奥は俺の手をチラリとも見ずに答える。
「今日、テレビの取材で、食べてきたんだ」
花奥はパレットに視線を落とした。赤と黄色を出して、塗り付けていく。下書きもなくいきなり叩きつけるように。
「そうか。何食ったんだ?」
「なんかガチョウのやつ。フランス料理だって」
「うまかったか」
「うん……あ、ヒノスケ。これからまたテレビの人が来るから」
俺は家に帰る。
もう弁当は必要ないのか。俺は自分の弁当を開けてみる。メインの小さなエビフライが飯に埋もれてしまっていた。
俺はソファにもたれてテレビを眺める。そのうち俺の学校が映った。岩下と花奥が並んで立っている。リポーターが去年優勝したサッカー部の岩下とコンクールで大賞をもらった花奥を紹介した。
理想の身長差、と言うのだろうか。頭一つ分、岩下が高い。並んでいると何故だか納得できる。それからテレビは美術室を映し出した。さっき描き出したはずの絵はもう完成していた。
俺はソファからずり落ちた。
「――まだ乾いてないようですが、これは新作ですか。何でしょう?」
あいつ、バカだ。
「見てわかりません? 私の大好物です!」
キャンバスには、ちょっとどうかしてるくらいデカデカとエビフライが描かれていた。
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