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うつくしいことば(1995年・夏)

⚫︎マハカメリア宮(?歳)

⚫︎蓮田ヒカリ(19歳)

⚫︎それ、星の落とし子

⚫︎ゑべす

⚫︎リリジョン101

⚫︎ヒトラシキ

 皆さん。

 「家主」でございます。

 今晩は、わざわざ眠る時間を合わせていただきありがとうございます。本日集まっていただいたのは他でもありません。転換期を迎えるリリジョン101のこれからのことをお話しします。

 皆さんは名呑町の「外」にはよく行かれますか?

 ええ、あまりないでしょう。それは存外幸運なこと。皆さんは無意識レベルでわかっているのです。「外」は怖い場所です。犯罪が多発し、信仰もありません。もはや救われない汚れた土地です。皆さんは絶対に行かないでください。私を放って「外」へ行ったら、私、皆さんのせいで発狂します。

 ここは交通の便も少ない、小さな大学も人が集まらない。老人ばかりが増えつづけ、まるで血液循環が故障を起こしたようです。しかしこの澱んで忘れ去られた町が、実は最も浄化された土地なのです。

 名呑町は例えるなら大きな母体なのです。山から、池から、内海から、雨多ノ島から出てきた霊的な血の流れが安定しやすい構造を持っているのです。道理で皆さんが幸せそうに暮らしているわけです。

 この理想的な構造は、神を降ろしました。名呑町に点在するゑべす像――「それ」つまり「星の落とし子」と同期し、共生した人間の姿です。リリジョン101のシンボルでもありますね。

 この神のいるという上位の世界に、私は新たなリリジョン101を作ろうと思ったのです。下位の101号室は焼き払いました。そして128時間の眠りの旅を経て上位生命体――皆さんを夢から指導する「星の落とし子」になる入口を見つけたのです。

 私はあるとき、夢を見ました。そこで私は異形の者になっていました。そして気づきました。

 「それ」です。名前を呼ぶことのできない生物。同期しようとしないヒトを喰らうことで「ヒトラシキ」へと変化させるもの。実はこれが上位の構造へアクセスする鍵だったのです。

 さて国や水族館が研究していたヒトラシキとは何だったのか。それはヒトが「星の落とし子」へと変化していく段階なのです。

 しかし、ただ喰われただけでは「星の落とし子」へとなりえません。第一にヒトラシキとなった後、古代人の儀式が行われていたある場所に行かなければなりません。

 ただそうして生まれた現在の「それ」は全て知性や自我を持たぬ不完全体です。時々夢に出て影響することしかできないケモノです。私なら常に夢に出られる。皆さんの無意識と繋がり、混沌に引きずりこまれず知能を持ったまま「それ」――というよりも「星の落とし子」になれる!

 私はこれから深海で「それ」に喰われヒトラシキになります。やがて私だったヒトラシキは「星の落とし子」へと変化します。どのくらい時間がかかるかわかりません。十数年も後かもしれません。

 その間、下位の私は身動きできません。「外」の人間にきっと狙われます。奴らは敵です。

 そんなに悲しそうな顔をしないでください。私は皆さんが眠ったとき、いつでも会えます。私は復活するのです。私が「星の落とし子」になったら、皆さんも私に同期してください。

 皆さんは私のこどもとして、一生愛していきます。

 皆さんは現在下位の世界から見捨てられて寂しいでしょうが、私はどうなっても必ず愛しています。だから安心して入居してください。上位の101号室に。「家主」は部屋を整えてまっています。


★★★★


 マハカメリア宮が目を覚ますと、すぐに部屋に電話がかかってきた。暗い部屋にこだまするベルがぼんやりした頭を躊躇せず叩く。

「ちょっと、本気なの? どうして先に言ってくれないの」

 受話器をとるなり蓮田ヒカリが怒鳴った。悲痛さを感じるまでに怒っていた。

「最も実行力も人望もある幹部の君を傷つけるためにだよ」

 ヒカリにはマハカメリア宮が何を言いたいのかさっぱりわからなかった。

「いいかい、信者を逃がさないためには何が必要だと思う? それは『痛み』と『美しい言葉』。私はあの夢を見た夜から――アパートを燃やした夜から暴力を行使してきたさ。しかし何も好きこのんで信者を傷つけてるわけじゃない。痛みの後に美しい言葉が待つ。それは飴と鞭で奴隷へ調教するように。それはドメスティックバイオレンスの被害者のように、自分たちがいなければこの教祖はダメだ――カワイソウだと思わせることさ。必要とされているという思い込みの快楽。私は思い切りぶん殴って凌辱し、終わったら思い切り優しくする。最高だろう」

 蓮田ヒカリは言われたいことを言われ、背筋がゾクゾクするのを感じた。なんて自由。なんて勝手。それでこそマハカメリア宮だと。

「本当はこの世に、いてくれなければならない人間なんていないんだ。誰だってそうだ。誰かが誰かを必要不可欠だなんていうのは思い込みさ。でもその思い込みが、誰かを楽にさせる。自分で自分に価値を見出だせない馬鹿だけがそれに引っ掛かるんだ」

 ヒカリは胸を押さえ、受話器を持ったまま倒れ込んだ。喜びで足の先が痙攣する。

「私は。私はどうなの。どうせ役立たずなんでしょ。リリジョン101にいて何の役にも立たないし。アマーニは英語が話せて、城戸は銃火器を調達できる。私は、私は」

 マハカメリア宮は心から笑った。

 ――アハハ。こいつ、全然話を聞いてない。面白いな。

「君は必要だよ。必要だから幹部にしている。私がヒトラシキになっている間、君が指揮をとるのだから」

 ヒカリの顔が赤くなった。何も言わずに受話器をおろした。それから頭で何度も再生する。

 ――君は必要だよ。必要だから。英語にするとアイニーヂュー。世の中にはこんなにうつくしいことばがあったのだ。

 ヒカリの中でそれは一晩中絶え間なく再生され、やがてゲシュタルト崩壊して意味は失われた。

読んで頂きありがとうございます。

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