シンクロニシティ(1994年・秋)
⚫︎竹内夏音、ナツ(17歳)
⚫︎それ、星の落とし子
⚫︎あまねお、アマネオ
霧がかった夕暮れ。全ての輪郭が橙色に溶け込んでいる。そこに浅黒く日焼けしたナツだけが一人、立っている。
ナツは薄暗い川べりに立ち、赤ン坊の声を聞いていた。足下には灰色の葦が大量に生えている。
「赤ちゃん、どこかいな」
何故かナツは赤ン坊が自分の子供だと確信している。霧の中、声をたよりに葦の林を掻き分けるとすぐに見つかった。
葦の舟に風車が一本。鮮やかな朱と青が塗ってある。枯れてくすんだ風景にそれだけが浮かび上がっていた。ナツは舟を覗き込む。かわいらしい赤ン坊。彼女は「それ」を抱き上げる。
「君は男の子? 女の子?」
二人の幼い男女が入り交じったような顔。しばし首を傾げた後、まあどっちでもいっか、とナツは頬を寄せる。赤ン坊は首のすわらないままに、きょとんとした表情でナツを見つめる。
「名前は?」
探してみると、葦の舟の内側には文字がびっしりと書きこまれていた。
天子怨天子怨海女禰音女海
天子怨天子怨女禰緒音緒禰
天子怨天子怨禰緒音緒海女
「これが名前? あま、ね、おん? 君はあまねお? いや、それはウチやし。いやウチは違う。え? なら君は――」
突然、腕の中でモゾモゾと大量の触手が這い回った。赤ン坊はクリオネのような化け物になっている。そしてテレビの砂嵐めいた声で答えた。
「僕は、星の落とし子」
ナツはそれに驚いて川に落としてしまった。「星の落とし子」と名乗った「それ」は、頭部が裂け大量の触手が飛び出て自身に巻きついていく。水中から、精一杯醜悪な触手をナツへと伸ばす。
蠢く触手はあと数センチでナツの頬に触れようというところで力尽きた。
「お母さん、お母さん」
星の落とし子は触手を伸ばしたまま、川を流され波間に消えた。ナツは呆然として、その沈んだ辺りを見つめていた。
★★★★
ナツは自室のベッドで目を覚ます。異様な寒さに背筋が震えた。
夢を見ていたようだったが、切なさだけを残し、細部は窓の外にたちこめる濃霧のように曖昧だった。漢字が頭の中に残っている。階下から母親の呼ぶ声がする。朝食ができた、早く起きなさいと。
ナツは急に夢の一部を思い出した。視界が涙で歪んでくる。腕で目元を覆った。
「あの子、捨てられとった。私も捨ててしまった。あの子は何回捨てられるん? いつ幸せになれるん?」
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