あなたは望まれて生まれてくるの(2004年)
⚫︎瀬戸内夏音、ナツ(27歳)
⚫︎瀬戸内カナメ(27歳)
砂浜の近くにあるカナメとナツの家。高い塀が砂まじりの潮風を防ぐ。夜は人通りも減り、内海の穏やかな波音が淋しげに響いた。
その寝室。
濃い肉体と汗の臭いが充満していた。床には脱ぎ捨てられた下着が重なり乱れている。
ベッドの上に息を荒くした全裸のカナメが横になっている。ナツはその脇で頭を預け胸板を撫でた。ふと彼女は顔を上げて、まっすぐに自分の夫の目を見た。
二人は数秒間、見つめ合う。
「ゴム無しでこおゆうことするってんはさ、カナメはこどもを作るつもりってんやろ」
カナメは一瞬止まったあと、妻の首筋にキスをして笑った。頭からうなじへ何度も撫でながら、耳元で呟く。
「そりゃこっちのセリフだ。避妊もせずこういう行為をするってことは、ナツに赤ちゃんを持つ覚悟があるってことだよな」
ナツはすぐさま立ち上がり、演技じみた動作でカナメを指さした。
「望むところよ」
「名前はどうする。俺、ヒノスケとか兄ちゃんにもネーミングセンスが無い無いって言われ続けてるから自信ないぞ」
ナツは裸のまま引き出しから筆ペンと紙を出してさらさらと書き出した。
「おお、本格的な」
カナメが覗きこむが、腕で隠された。一瞬だけ見えたのは、紙に何列も漢字が並んでいた様子だけだった。
「なんでだよ。名前って夫婦で決めるもんじゃないのか」
ナツは立ち上がってカナメの尻を軽く叩く。
「名前は産むまで秘密ね」
「お前は何か、亡国の王子でも身篭るつもりか」
カナメは無理矢理ナツを抱きすくめて羽交い締めにすると、片腕でその紙を見る。
嬉双子
美妃
大神光
超新星
羽姫芽
織音
皇帝
カナメは絶望した表情になったが、すぐに顔を上げた。
「良かった。今見といて本当に良かった。お前全部『強い妖戦士田中』レベルじゃないか!」
ナツは不服そうな顔だ。カナメは更に下を見て「お」と言った。
海女禰音女海
女禰緒音緒禰
禰緒音緒海女
「これはなんて読むんだ」
カナメは腕を緩める。瞬間、ナツは素早く紙を取り上げた。
「読み方なんてないよ。ただ、ウチ前に子供の夢を見たんよ。その時、出てきた文字。たしかこんな字がいっぱいあった」
「ふうん。その子、男だったか? 女だった?」
ナツは腕を組んで人差し指を頭の横でくるくる回した。目を閉じて思い出しているらしい。
「よくわからんね。どっちにも見えたんよ。一人で泣きよったけん、その子を抱き上げるところで目が覚めた」
「なんかすごい話だな。じゃあ名前はそこから取ろうぜ」
ナツが海、音、音にマルをつけた。カナメの目の前に紙を見せ付ける。
「やったら海音々でうみねね。これは譲れんね」
カナメは頷き、まあいいかとベッドに座った。
「じゃあ男なら、俺は木陰がいい。全然関係ないけどな。まあ、みんなが集まってくるような。そよ風が吹いて休めるような場を作れる男になってくれれば」
そこまで言うとカナメは頭をぼりぼりかきながら、突然照れ笑いした。あー、うー、と部屋を行ったり来たりして冷蔵庫を無意味に開け閉めした後、また戻ってきた。
「何やっとん?」
ナツは意地悪そうに微笑んで尋ねる。
「なんか子供欲しくなった。もう一回やれるかな?」
「望むところよ」
★★★★★
疲れきった様子でカナメは眠っていた。ナツはそれを見て頭を抱き寄せ、髪をクシャクシャにしてキスをした。それから自分の腹の肉を引っ張る。結婚してからあまりツナギを着ずに事務ばかりで、少し肉がついてしまっていた。
もう一度ツナギを着て溶解し、PCに記録されている肉体数値までリセットすれば元に戻る。しかしそれではたった今できた予定の受精卵までも失うことを意味した。
やがて腹を優しく撫ではじめる。まだ子供ができているかどうかもわからないけれど。
「早く会いたいな、うみねねちゃん。こかげちゃん。あなたはどっち?」
次第に明けていく薄闇の中で、ナツはひとりごちている。
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