画竜点睛(1991年・夏)
⚫︎雨多ノ島水族館
⚫︎萩尾弓子、ユーミ(31歳)
⚫︎八目タマキ(28歳)
⚫︎奇愛晴子(41歳)
⚫︎佐藤順子(2歳)
⚫︎それ
⚫︎ツナギ
地元民も観光客もさっぱり寄り付かない雨多ノ島水族館。その専属研究員であるタマキ(左手の小指がない)と事務担当のユーミは熱心に机に向かっている。
「つかぬことを伺うけれども」
突然黄ばんだ白衣のタマキが資料を見ながら話しかけた。
「今、生理だよね」
「断る!」
ユーミが首を振ると、ソバージュのかかった長い茶髪が揺れた。
「でもなんかそういう臭いがするんだな」
なおもタマキはクンクン嗅ぎまわりながら寄ってくる。
ユーミはまとわりついてくるのを蹴って追いやり、呆れた様子でため息を吐いた。
「生理は来てるけど、実験には協力しないわよ」
「そんなこと言わないでさあ。僕は最近生理ないんだよ」
鼻で笑って見下す。
「女のくせに『僕』とか言ってるから、男性ホルモンが出過ぎてんじゃないの」
タマキは困った顔をして、伸びてきた所を切っただけの頭をボリボリと掻いた。白衣にフケが落ちた。
「でも、生体スーツの完成まであと少しなんだよ。海底で見つかった『それ』――元々の人間というのは中間遺伝子塊だという奇愛博士の論文通り――人間の受精卵と――臓器や感覚器が――ポテンシャルを――誘導する細胞が――いや、待てよ? それってつまり……」
輝く瞳には『それ』のことしか映らない。ユーミは頬杖をついて、その横顔を眺めていた。
業務終了後、タマキは地下プールにいる『それ』から新生物を作っては失敗を繰り返していた。人型にはなるが、すぐに絹ごし豆腐のようにホロホロと崩れてしまうのだ。
「やっぱり欠けているとはいえ中間たる人間の――」
ボソリと呟いたその背後に、ユーミが立っていた。驚いて声が出ないタマキ。
「これ」
持っていたビニール袋を差し出す。少し頬を赤らめつつ。
「これって生理の――ああ、卵子か! いいの? ありがとう」
「勘違いしないで。私も実験の結果が気になっただけ」
タマキはうんうんと頷きながら、身体は準備に取り掛かっている。
「『それ』が前に僕の指を食った時、どうも遺伝子を変容させて吐き出したみたいなんだ。今回はその指から簡易的に男性精子を作る部分を切り出して取り出し――女の身体だってやりようによっちゃ精子は作れるからね――ユーミの卵子に受精させる。『それ』の体の一部の中でね」
「それって、あるイミ私とあんたの――」
ユーミは胸を抑えて目を細める。無意識にタマキの袖を掴んでいる。
「そう。僕と君の」
スイッチオン。タマキはユーミの手を袖から外すと、しっかり手を繋いだ。
「こども」
プールの中で『それ』の一部だったものは次第に一メートルほどの人型になった。透けて見える心臓の鼓動に合わせ、全体が膨らんだり縮んだりしている。二人は黙って祈るように見つめた。いくらか各部が崩れたが、なんとか形を保つことができた。
クラゲのように優雅な動きでたゆたい、ツナギはホノ、ホノ、と明滅する。
「完成。新生物の誕生だ!」
「名前は?」
「うーん、考えてなかったな……ツナギってどうかな。ハンバーグに入れる卵みたいにさ。作業着にもなるしさ」
タマキは跳びはね、ユーミは静かにガッツポーズをとっていた。二人はその晩、研究室で祝杯をあげた。
翌朝まで飲み、気づくと『それ』が消えていた。ツナギが食べたのか、それとも脱出したのか消滅したのかわからなかったがツナギだけが残った。悔しそうな彼女に、ユーミが近づく。
「ツナギが残ったんでしょ。なら、海底だってまた探しに行けるわよ」
タマキは微かに頷いた。
二人は寝不足のまま研究室で事務をする。しばらくするとツナギの誕生を思い出す。興奮で手につかず、目が合うたびに笑いあった。夕方になると、どちらともなく机に突っ伏して眠っていた。
雨多ノ島水族館、奇愛館長と佐藤順子はそれを見守るとそっと明かりを消した。
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