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遠くの星  作者: 雨咲はな
29/43

29.援軍



 約束を取りつけて、すぐに季久子の家に向かった。

 季久子の家は、私の家から歩いて十分も離れていないところにあるご近所さんだ。近所であるがゆえに、私を出迎えてくれた季久子の第一声は、

「ちょっとあんた、昨日救急車で運ばれたんでしょ!」

 というものだった。

「よく知ってるね」

 玄関で靴を脱ぎながら、私はきょとんと季久子を見返した。昨日の今日で、私はまだ誰にも、自分の入院のことを喋っていないのだが。

「救急車のサイレンが近くで止まると、すぐに飛び出して行って、誰がどんな理由で運ばれたのかを聞いて廻る、野次馬根性旺盛な人間てのはどこにでもいるのよ」

「へえ……このあたりの人?」

「うちのお母さん」

 あんたの母親かい! とツッコミそうになった。

 そういえば、季久子のお母さんも、うちの母親に負けず劣らず騒がし……いや、陽気で闊達な性格の人である。小さな頃、私と季久子が愛らしくままごとをして遊ぶその傍らで、よくぺらぺらと二人でお喋りしてたっけ。あまりにもその声がやかましいため、私と季久子は耳を両手で押さえながら遊ばなければならなかったものだ、懐かしい。

「風邪ひいて、いきなり高熱出して倒れたんでしょ。今日退院してきたばっかりなのに、外なんて出歩いて大丈夫なの?」

 素晴らしい季久子母の情報取得能力。私がまだ一言も事情説明もしていないというのに、すべてを把握している。怖い。

「うん、もうほとんど熱も引いたし、大丈夫」

「あたしが夏凛の家に行ってもよかったのに。おばさん、心配してるんじゃない?」

「ちゃんと言ってきたから」

 階段を上って、季久子の部屋に向かいながら、私は曖昧に答えた。

 玄関ドアを開けて「キクちゃんちに行ってくる」と声を出すと共に外に出たのを、ちゃんと、と言っていいのかどうかは判断に迷うところではあるけれど。


 あの話し合い、というか一方的な宣言以降、私は親と顔を合わせてはいない。


「正月早々押しかけてきてごめんね。何か家族で予定とかあったんじゃない?」

 季久子の家の中は、他に誰かがいる気配もなく、しんと静まり返っていた。

 今から行ってもいい? という私の唐突な申し出を、季久子は軽い調子ですぐに了承してくれたけど、ひょっとして用事があったのをキャンセルさせてしまったのでは、と、今になって申し訳ない気分になる。

「あ、へいきへいき。親は初詣に行って、その後買い物に行くって言ってたから、夕方まで戻んない。一季は生意気にもデートだっていうしさあー」

「え、イッちゃん、もう彼女がいるんだ?」

 季久子には、一季という、同じように可愛い顔をした弟がいる。私の記憶が正しければ、まだ中学一年生のはずだ。

「中一で彼女とデートなんて、ちょっと早すぎだよ。ほんのちょっと前まで、イッちゃんは『お姉ちゃんはボクのお嫁さんに、夏凛ちゃんはボクの愛人にしてあげるね』とか可愛いこと言ってたのにさ」

 ぶつぶつと小姑のようなことを言いながら、通された季久子の部屋へと足を踏み入れた。


 小さい頃からよく入り浸っていたので、そこは眺めも匂いも馴染みがあって私にとっては非常に落ち着く場所だ。

 シックな色でセンスよくまとめられた家具やカーテンは、季久子の外観からくるイメージとはかなり違うが、本人の性格がよく表れているなといつも思う。

 私が来る前から準備していてくれたのだろう、エアコンが効いた室内は、ぽかぽかして快適だった。


「あたしにだって、中一の頃にはもう彼氏がいたけど? そんなの普通でしょ。夏凛がちょっとオクテすぎんのよ」

「それは別に否定しないけど、異性にモテまくるキクちゃん姉弟を『普通』って言うのも、なんか問題があると思う」

「なに言ってんの、高二になるまで好きな人が一人もいなかった、なんていうほうがよっぽど問題よ。そんなんだから、百合疑惑までかけられちゃってさ」

 勝手にそんな疑惑をかけたのは、季久子一人なのだが。

「それで、その好きな相手とは、ちょっとは進展した?」

 部屋の真ん中に置いてある白いラグに腰を下ろしながら、季久子はにっこりと笑って問いかけた。

 きっと、私が突然ここに来たのは、その話をするためだと思っているのだろう。「経験豊富なお姉さんになんでも相談してごらん?」という、頼もしく余裕のある表情だった。

「うん──あのね、実は」

 私も季久子の向かいに座り、そこまで言ってから、一旦口を噤んだ。


 すべてを打ち明けよう、という覚悟は決めてきたつもりだったけれど、やっぱりいざとなると、すぐには言うべきことが見つからない。


 視線を落とし、敷いてあるラグのふわふわとした毛を見た。頭の中で、言葉の切れ端ばかりがぐるぐると廻っている感じがする。

 ──笑われるか、喧嘩になるか、それとも。

 すぐに信じてもらえないのはしょうがない。父と母の目の中にあった疑惑の色が、季久子の目の中に現れるのを、私はこれからまた見ることになるのだろう。これが元で友情が決裂したら、下手をすれば二度と修復不可能だ。

 私はその時こそ、孤立無援の状態になる。

 実を言えば、そのことを考えると、不安で不安でたまらない。

 どうすれば季久子に納得してもらえるように上手に説明するか、なんてことは、まったく見当がつかなかった。何をどう言っても、判ってもらえないものは判ってもらえないかもしれない。大体、私自身にだって、あやふやなところが多すぎる。

 けれど、とにかく。

 ……すべてを、正直にありのまま、話すしかない。

 私が今、切実に欲しいのは自分の味方だ。私とトモ兄以外に全部の事情を知っていてくれる人が、どうしても欲しい。

 隠すことなく、騙すことなく、このことについて相談できる相手が、私には何よりも必要なのだ。


 ──それを望むなら、私だって相応の決意をしなければならないのは、当たり前のこと。


 大きく息を吸って、吐くと同時に言葉を出した。

「……あのね、私、昔から同じ夢を何度も見ることがあって」

 私の言い出した内容に、季久子は正直に怪訝な顔つきになった。

 そりゃそうだろう、恋の相談かと思ってたのが、いきなり「夢」だもんね。いくら季久子だって、びっくりするに決まっている。

 そのびっくりは、きっと、私が話し終えるまで、続くのだろう。

 話し終えた時、驚きは何に変わっているのかなと思うと、ものすごく怖い。

 疑惑か。不信か。怒りか。

 もう帰ってと冷たい声で言われたりしたら、私は多分、地の底くらいまで落ち込むだろうと思う。

 やっぱり話さなきゃよかった、と後悔するのかも。

 けれど、どうせ後悔するのなら、できるだけ、その後悔が少ないようにしよう。今までずっと、蒼君にも話せず、父と母にも誤魔化してきたことを、全部全部、洗いざらいぶちまけてしまおう。何ひとつ嘘を混ぜず、出来る限り真摯に、季久子と向き合って話そう。

 それが、現在の私の精一杯だ。



          ***



 私の話し方は、お世辞にも上手なほうではない、と思う。

 口を動かしながら、自分自身、イヤになるほどそう思った。順番は前後するし、何度も言葉に詰まったし、記憶が曖昧なところもあって、そのたび、ええっと、と躓いた。


 小っちゃい頃から見続けた夢のこと。

 その夢が前世の記憶で、従兄のトモ兄とも共有していること。

 トモ兄と私は、前世で結婚の約束をしていたこと。

 ……でも、現世の私は蒼君を好きになってしまったこと。

 子供の頃に遡って、中学二年の夏の出来事も、それからのトモ兄とのことも、蒼君とのことも、昨日あったことまでを、かなり要領悪く、けれど包み隠さず話した。


 季久子はじっと身動きもせず、これまで見たことのないような難しい顔で私の話を聞いていた。

 こちらを見る大きな瞳には、高熱を出しすぎて頭がどうかなっちゃった? というような心配の色はとりあえず見えなかったが、うんうんと頷いてくれるわけでもない。

 それどころか、最初から最後まで、一言も声を発しなかった。それで、などという促す言葉もひとつもない。質問さえもなかった。

 だから季久子の中で、私の口から出る話がどう処理されているのか、私にはさっぱり判らなかった。

「──っていうことなの」

 全部を話し終えて、ふう、と息をついた。

 棚に置いてある時計を見たら、二時間近く経っていて驚いた。それからおそるおそる季久子に顔を戻すと、季久子はむっつりした表情のまま、口をへの字にして黙り込んでいる。

 季久子の本気で不機嫌なこんな顔、今までの付き合いで、一度も私に向けられるようなことはなかったのに。


「……しんっじられない」


 しばらくの痛い沈黙の後で、季久子は吐き捨てるように低い声でそう言うと、すっくと立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。



          ***



 私はずっと長いこと、でも実時間では一分間くらい、その場で固まっていた。

 部屋は暖かいのに、頭がかちんこちんに凍ってしまったようだった。

 予想していたこととはいえ、実際に目の当たりにすると、取り返しのつかないことをしてしまった、ということばかりがじんじんと胸を叩きつける。

 目の奥がぎゅっと収縮した。唇を噛みしめ、私は上着を持って立ち上がった。

 泣きださないうちに、季久子にごめんねと言って家に帰ろう。

 が、ドアノブに手をかけたところで、いきなりぱっとドアが外に開いた。思わず前方につんのめる。


「何してんのよ、夏凛」

 と、手にペットボトルとお菓子の山を抱え込んだ季久子が、びっくりしたように目を丸くした。


 びっくりしたのは、私だって同様だ。

「え、帰──」

「なんで帰んのよ。あんた、世にも奇妙な物語だけをしに、ここに来たわけじゃないんでしょ。話の本題はここからだろうと思って、こうして準備を整えてきたのに」

「…………」

 つけつけとした、怒ったような口調だったが、季久子はドサドサとラグの上に大量のお菓子と飲み物を置くと、私の手から乱暴に上着を奪い取ってベッドの上に放り投げた。

「たくさん話して、喉乾いたでしょ」

 はい、とペットボトルを同じように放って寄越す。ぞんざいなやり方だが、思えば、季久子の渡し方はいつもこうだった。


 ……いつもの季久子と、何も変わらない。


 そのスポーツドリンクを受け取って、私は困惑した。

「──怒ってないの、キクちゃん」

「怒ってるわよ、決まってんでしょ。あたしとあんたは、一体何年の付き合いだと思ってるわけ? あたしは今まで彼氏のことだって一人も漏らさず夏凛には報告してたっていうのに、夏凛はそんな大事なことをずーっとあたしには黙ってたわけよね。信じらんない。夏凛とは夫婦同然の仲だと思ってたのに、いや実は、他に十年越しの妻がいるんだ、って打ち明けられた気分よ。青天の霹靂よ。大ショックよ。あーもー、ホンットに信じらんない」

「…………」

 季久子はカンカンに怒りながら、ペットボトルの蓋を力任せに開け、ラグの上のお菓子を片っ端から開封していった。とてもじゃないけど二人で食べきれる量じゃない。季久子の口にする喩えも、かなり変だ。

 でも。


「……し、信じて、くれるの? 私の話」


 私の口から出る声は、聞き取れないくらいに小さくて、おまけに情けなく震えていた。手に持ったペットボトルの包装のロゴマークが、じんわりと滲む。

「いや、正直言って、前世がどうこう、ってのはあんまり信じてないけどさ」

 季久子はあっさりと言った。

 蓋を開けたペットボトルをごくりと一口口に含んで、私を見る。

「あたしはわりと、自分の目で見たものしか信用しないから。前世って言われても、オバケとか宇宙人とかの話と同じくらいにしか受け取れない。その、奈津と和人さん、だっけ? その人たちが過去、実際に存在していて、本人しか知り得ないようなことをあんたたちが知ってる、っていう証拠でも提示されれば、まだ信じることも出来るだろうけど、そんな時代の人のことなんて、調べてみようったって難しいだろうしね」

 さばさばとそう言ってから、「でもさ」と続けた。


「……でも、今の夏凛がウソをついてないってことは判る。夏凛はこんなことで人を騙すような人間じゃないことも知ってる。前世は信じられなくても、夏凛のことは信じてる。それじゃダメかな?」

「…………」


 私はふるふると頭を横に振った。何かを言おうと思ったけど、喉につかえて声が出てこなかったので、その代わり、何度も振った。

「それに、問題は、あんたの前世を信じるか信じないか、じゃない」

 季久子はきっぱり言うと、ずっとドアの手前で立ち尽くしていた私の手を引っ張り、もう一度、ラグの上に座らせた。今度のは、ずいぶんと優しく繊細な手つきだった。

 座らせてから、季久子の顔が私のそれを正面から覗き込む。

 しっかりと、私の手を握ったまま。


「……今、問題なのは、夏凛がそのことで、すごく困ってる、ってことなんでしょ。実際のところは、従兄のお兄さんと二人しておかしな妄想に取りつかれてる、ってことだとしても、夏凛が現在窮地に立たされてるってことは変わりないんでしょ。それであたしに助けを求めてきたんでしょ。だったら、あたしはいくらだって手を貸すわよ。一緒に考えて、あんたと出口を見つけるために道を探すわよ。諦めたり逃げたりする必要なんてないの。目の前の壁なんか力ずくで叩き壊して突き進んで、男と未来を両手に掴みとるのよ、いい?」


「……う、ん」

 季久子の凛々しい声に、私はそれだけ答えるのがやっとだった。

 下を向いて、鼻を啜る。ぼとぼとと落ちていく涙がラグを濡らした。

 うん、と、もう一度言った。

「んもうー、夏凛って案外、泣き虫よね。小学生の頃もさあ、勝手に変な想像してそれだけで泣いたりしてたよね。あんた、そういうとこ、ちっとも進歩がないのね」

 呆れたように言いながら、季久子がぽんぽんと頭を撫でてくれた。

 ──頭の上にかかる声が、過去に聞いた幼い声と重なる。



 奈津お嬢さん。

 お嬢さん、悲しい時は、泣いてもいいんですよ。

 せめてお清の前では、ちゃんと涙を出さなきゃダメですよ。

 泣くのを我慢するのは、なによりいけませんからね。

 お嬢さんが泣くのを我慢して笑うのを見るのは、お清はとてもつらいです──



 そうだ、こんな風に、頭を撫でてもらいながら、「私」は泣いた。

 奈津は一体、何をそんなに悲しんでいたのだろう。それは判らないけれど。

 ずっと一人きりで迷路の中を彷徨っていた私は、この時になってようやく、お清ちゃんのような大事な存在を、手に入れたのだ。

 季久子は、私にとって、百万の援軍にも匹敵するくらいの、力強い味方だった。



         ***



「でも判るわあ」

 と、季久子がパリパリとお菓子を食べながら、しみじみ言った。

「すっごい美人に生まれてさ、その奈津って子はずっと苦労してたんじゃない? それで、『生まれ変わったら、今度は何の変哲もない、良くもなきゃ悪くもない、平凡極まりない顔立ちに生まれたい』って願ったのよ、きっと。判るわー。あたしもホント、そう思うもん。多少崩れてたって、夏凛みたいな普通の顔だったらよかったのに、って。そうすりゃ、『可愛い顔してるのに性格はキツイんだ』なんてことで彼氏と喧嘩したりもしないだろうしさあ」

 どうやら季久子は、またしても彼氏と揉めているらしい。相手はこの間メールにあったコンビニのバイト君だろうか。付き合いはじめていくらも経っていないはずなのに、こんなことでは、今度の彼氏とは交際期間の最短記録を更新しそうである。


 ぶちぶちと彼氏についての愚痴をこぼしていた季久子は、ふいに、お菓子を食べていた手と口を止めて、考える顔になった。


「……奈津の記憶は、今のところ、十五と十七の時のものしかないわけよね」

 視線を中空に据えつけたまま、そう訊ねてくる。私はポッキーを口に咥えて頷いた。

「うん。あと、いちばんよく見る桜の中の夢。あれがいつ頃のものなのかは、よくわかんない。あれも、十七の頃なのかな」

 トモ兄以外の人と「奈津」についての話をするというのは生まれて初めてで、なんだか変な気分だった。

 トモ兄はあくまで過去についてのことを話すようにしか、その名前を口にしない。でも、季久子と喋っていると、まるでどこかの女の子のことを話題にしているみたいだった。

「十五の時は、奈津は和人さんに対して特別な感情を抱いてはいなかったんでしょ?」

「うん。そんな感じ。優しくて頭のいい、近所の偉いお兄さん、みたいな。好意くらいは持ってるけど、男の人としては特になんとも思ってなかったんじゃないのかな」

 夢の中の十五歳の奈津、のことを思い出しながら私は言った。


 その齢にしてはしっかりしているようだったけど、まだその頃の奈津は、和人さんに対して恋愛感情を持っているようには思えなかった。


「ふうん……」

 季久子はますます何かを考えるような顔になった。

「で、十七歳の時には、もう縁談が決まってた」

「うん。二年の間に、そういう仲になった、ってことなんだろうね」

 そう言いながら、私は少し目を伏せる。

 これから、和人さんとの間にあった幸福なあれこれの記憶が戻ってくるのかな、と思うと、なんとなく暗澹とした気分にしかならない。

「夢の内容から推し量るに、その縁談は、親を通して申し出があったってことよね」

「多分。奈津の親は大喜びしてたよ。和人さんの親は渋ってるみたいだったけど。身分違いだから、ってことだと思う」

「その時の奈津ははっきり判るくらいに色が白くて、その理由が、あんまり外に出てないからだ、って答えだったんでしょ」

「お嬢様みたいだったから、おうちの中で大事にされてたのかな」

 それとも、奈津はその頃から、何か病気を患っていたのかもしれない。

 そういえば詳しく聞いたことはないが、奈津が早逝してしまった原因は、不治の病だったりしたのだろうか。

「せっかく決まった結婚話なのに、奈津はどこか悲しそうで、お清ちゃんって子も、心配そうだった、と」

「うん」

 それが私にとっての最大の疑問だ。どうしてなのだろう。華族の跡継ぎ息子の元への嫁入りということで、不安があったのだろうか。あるいは、病気のこともあって、その頃から奈津は自分の未来に影が差していることを感じ取っていたのかな。

「で、『会いたい』って呟いた」

「……うん」

 あの頃、もしかすると、和人さんは忙しかったのかもしれない。それで、婚約者に会えない寂しさが、奈津の不安に拍車をかけていたのかも。


 ……あんなにも、弱々しいかすかな声で口に出さずにいられないほど。


「あのねえ、夏凛」

 はあーっ、と大きなため息が落とされて、私は顔を上げた。すぐ前に座る季久子を見ると、非常に呆れ返ったような目をしていた。

「あんた、ホンットにわかんないの? その状況から出る結論なんてのは、ひとつしかないでしょうに」

「え、ひとつ?」

 本当に意味が判らなくて、私はぱちぱちと目を瞬いた。

 そんな私に、「まったくこれだから恋愛経験の乏しい女は」と、季久子はじれったそうに舌打ちをした。

「つまり」

 と言いながら、びしりと人差し指を私に向け、ズバリと言った。


「──奈津は、他に好きな人がいたのよ。それしかないでしょ!」





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