迷宮の黒猫亭異聞 勇者の十分条件
迷宮の黒猫亭の事務室からクローネが電話をかけてきた。
なぜクローネが電話をかけてきたのが解るかというと電話機へのアクセス権を持つのはクローネだけで、電話機は迷宮の黒猫亭の事務室にしかないからだ。
「もしもし、神様ですか?」
「こんにちは、クローネ。何か用かな?」
「どうして来たばっかりの新参者に勇者の剣を渡したんですか?」
いつも温和なクローネにしてはめずらしく語気が荒い。かなりご機嫌が斜めのようだ。後で美味しい物を差し入れしておかねば。
「それは彼が清潔なトイレを望んだからだよ」
「トイレを望んだら勇者の剣を与えるんですか?」
「彼は彼が制御できるかどうかわからない巨大な力を望まなかった。清潔なトイレという自己と他者に利益を与える力を望んだ。例えナンパが目的でもね」
だからイズモ君は勇者の剣を与えても無茶な事はしないだろう、多分。
「それでも! いきなり勇者の剣を与えるのは不適切です!」
「巨大な力を欲する人間は多いが巨大な力を適切に使えるほどの思慮分別を持つものはほとんどいない。悲しい事実だね」
「だとしても! いきなり勇者の剣を与えるような非常識な事は謹んで下さい! 正直に言いますが勇者の剣は回収しておきました。もちろん彼には別の剣を与えています」
すでに実力行使済みか。まあ、いいか。
迷宮の黒猫亭に置いてあった剣と言うとどれだったかな?
記録を検索すればどんな剣だったか出てくるけど面倒だ。あそこに置いてあるのだから世界が壊れるような危険なモノではないだろう。
「君は僕が何も考えずに彼に勇者の剣を渡したと思っているのかい、クローネ?」
「私は神様が良からぬ事を考えて彼に勇者の剣を渡したことは解ってます」
「それは誤解だよ。魔王と融合した勇者を救えるのは彼だけだろう、多分」
良からぬ事とは失礼だな。誰だって面白くないより面白い方がいいだろう。イズモ君だってそう思っているに違いない。
「なぜそう言われるのですか? 大体真面目に考えているのであれば多分などとは言わないはずですにゃ」
「彼は彼女、魔王と融合した先代勇者と同じように力を与えると言われて自分のためだけの力を望まなかった」
「ではまた彼女のように魔王と融合する勇者が増えるだけかもしれませんにゃ」
おいおい。物騒な事を言わないでくれよ。
「魔王を倒した歴代の勇者は身内を人質に取られて国王と側近の大貴族によって殺されている。勇者が女性の場合は性行為も伴ったそうだけどね」
「王国が不死化した勇者の集合体である魔王に滅ぼされたのは自業自得ですにゃ」
「だが憎悪と恐怖の連鎖は皆殺しによって断ち切ることができた。新しい世界を作り出す時が来たと言うことさ」
勇者達の復讐が良い事か悪い事か判断することは意味のない事だ。
だが古い世界の終わりは新しい世界の始まりでもある。より良い世界を創るのは生き残った人間の義務だと言える。
「神様はにゃにを考えてるのですか?」
「決まってるじゃないか、昨日よりマシな世界だよ」
「信じられません。第一、何を持ってマシと判断されるのですか?」
「未来に希望を持っている人間の数が増える事かな」
「それだけですか?」
「かって『勇者』は語った。地に平和を。人に希望を。子供に明日を。猫には家を。そして巨乳の恋人が欲しいと」
「相変わらずあいつは馬鹿野郎ですにゃ」