彼は彼の障害を取り除くだけ・後編
首がピリッとした。
く……くく……。
まず間違いなくそうだと思っていた。
そうだ。
他の勇者や魔王と戦ってわかった。
俺は規格外なのだ。
しかし、それでも、だからこそ面白かった。
だって、凄い。
今の爆発、俺がこの世界で初めて、そう、初めてちょっとだけ痛かったのたがら。
さすが、勇者を殺す首輪。
魔王なんかより、よっぽど強いじゃないか。
……くく、くくく……。
こんなに愉快な気分は初めてだった。
父親を殺した時以上かもしれない。
俺を殺せると思ってたんだろう?
なのに、俺は今、まったく微動だにせずこうして生きている。
王やまわりのヤツらの顔。
とても愉快じゃないか。
「約束通り、首輪を外してくれて、どうも」
皮肉たっぷり、余裕たっぷりで俺は言う。
俺がこんな風に喋るなんて、自分で驚いた。
今、俺は余程愉快なのだろう。
「さて、では次に、さっき言いかけたところだったが、お前たちに一つ頼み事がある。
それは−−」
絶望的な顔を並べるヤツらに、俺はかねてから考えていた事を伝える。
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それから2ヶ月。
今日はついに、俺の頼み事が成就する日だ。
俺が魔王の首を持ち帰って以降、ここの魔術師共に研究させていた物が出来上がったのだ。
この2ヶ月、ここのヤツらは、あの手この手で俺を殺そうとしてきた。
毒殺、暗殺、夜討ち朝駆け。
無駄な事だ。
理解出来ない。
仕掛けてきた相手は全て殺し返した。
そんな事で俺を殺せると思っているのだろうか?
そんな事が出来るなら、そいつが魔王を殺しに行けばいいんだ。
それが出来ないから、勇者なんて化け物を召喚していたんじゃないのか。
その中で面白かったのが、俺の頼み物が出来上がったと嘘をつき、俺を地球へ送り返そうとした時だ。
俺が召喚された時、目隠しをしていたので見ていなかったが、同じように魔法陣を使って召還しようとした。
しかし、俺の魔力抵抗は、召還を打ち消した。
魔術師共の動揺。焦燥。恐怖。
こいつらには学習能力がないのか。
ただ、黙って俺の頼みを聞けば、俺は何もしないと言ったのに。
しかし、今ここでこいつらを殺すと、頼み事の研究が滞る。
どうするか。
少し考えた結果、魔術師共の家族や親類を順番に殺して回る事にした。
一日一人。
そうすれば、こいつらももっと真面目に研究に打ち込めるんじゃないか?
そう提案した俺に、魔術師共は必死の形相で懇願してきた。
それだけはやめてくれ。
これからは真面目にやる。と。
わからないな。
なぜ、たった今、排除しようとした相手に、そんな風に頼めるのだろう?
なぜ、俺がそんな願いを聞き入れると思うのだろう?
俺は頼み事を聞いてくれたら手は出さないと言った。
それを信じてもらうには、口にした事は守らないと嘘だろう。
だから、それから俺は、その研究が完成するまでの1ヶ月、ヤツらの親族を殺して回っていた。
そして、今日。
いよいよ願いが叶うのだ。
以前研究者達に騙された部屋。
家族を連れて逃げたり、自殺したヤツもいるらしく、メンバーは結構変わっている。
なんだ、代わりがいるなら、あの時こいつらを殺していても問題なかったかな。
まあ、そんな事はどうでも良い。
「じゃあ、頼む」
俺の声をキッカケに、魔方陣が光り出す。
その光が視界を覆い、一瞬何も見えなくなる。
光が収まった先、魔方陣の中央に、人が座っていた。
俺とは逆方向を向いているため、顔は見えない。
しかし、俺の血が、身体が理解した。
頼み事は見事成功したのだ。
その人は、何が起こったのかわからず、辺りをキョロキョロしている。
複数の男に囲まれた状況で、不安なのだろう。
そして、その首が俺の方を向く。
「お、お前……っ」
ああ、もう長い間会っていなかったのに、貴方も俺の事が分かるんですね。
「お久しぶりです、母さん」
俺はにこやかに母親に近づく。
母さんの顔が恐怖に引きつる。
そういえば、父親は母親の目の前で殺したのだった。
そのまま母親も殺すつもりだったのだが、想像以上の開放感に浸っている間に逃げられてしまったのだった。
ああ、すみません。
不安にさせるつもりはなかったんです。
だから、早くその不安から解放してあげましょう。
俺はそのまま、手に持っていた、ボロボロの剣を、母親の胴体へと突き刺した。
突き刺した所で、遂に剣が根元から折れた。
母親は何事かうめいていた。
しかし、すぐにその活動は停止する。
「き、貴様っ! は……母親を召喚させておいて、なぜ殺した!?」
魔術師の1人が叫ぶ。
「ひっ……!」
しかし、俺の顔を見て、小さく悲鳴をあげ、黙る。
気分がいい。
俺は余程愉快な笑顔を浮かべていたのだろう。
これで、俺は俺の障害を全て排除した。
これで、俺は今ここで、新しく生まれ変わったのだ。
「ご苦労様でした。
これで俺はもうアンタたちに用はない。
アンタたちも、もう俺に構うな」
俺はそう言い残し、その場を後にした。
城の外に出た俺は、新しい人生の目標を考える。
地球に興味はない。
地球に戻ったところで、生きにくいだけだ。
だったら、力があるこの世界で、やりたい事をやろう。
やりたい事。
5年間の拘留の時に少しだけ思っていた事。
それは見た事のない世界を、自分の目で見て回りたい。
地球は無理だけど、この異世界を、隅から隅まで冒険しよう。
自由気ままに、いろんな所を見て回ろう。
俺は、父親や母親、魔王を殺した時とは違う、初めて感じる不思議な気持ちになっていた。
この気持ちがなんという代物なのか、俺にはわからなかった。
いつか、分かる時がくればいいなと思った。
ふと気づくと、右手には折れた剣を握ったままだった。
もう、役には立たない。
俺はそれを放り捨て、気ままに風の吹く方へ歩き出した。