彼は彼の障害を取り除くだけ・前編
俺はもうじき死ぬ。殺される。
目隠しをされ、縛られた腕は痛む腹を抑える事も出来ない。
これは俺が弱かったからなのだろう。
子供の頃、俺は両親に虐待され、学校にもろくに通う事なく生きてきた。
ある日、父親が風邪で寝込んだ。
17歳だった俺は、幸いとばかりに、そいつをぶち殺してやった。
スカッとした。
自分の人生の障害を、自分の手で取り除く。
それはなんて素晴らしい事なんだと、その時思った。
その後、当然警察に逮捕された。
しかし、なんでも未成年だから、とか、親からの虐待がどうとかって話で、5年もしないうちに俺はまた世の中に放り出された。
そんな事はどうでも良かった。
そして、よくわからん施設に預けられたが、そこを抜け出し、母親も殺しに行こうと思った。
もう二度と会う事はない、なんて施設のおっさんが言っていたが、関係ない。
あいつは俺にとって人生の障害だった。
だから、取り除く事に疑問はない。
しかし、居場所がわからない。
探しながら、物を盗んだり、ひとから金を奪ったりしているうちに、裏の世界の人間を襲ってしまったようだ。
そいつはナイフを片手に、俺に向かって来た。
障害だ。
こいつは、俺の人生の目的を果たすための障害だ。
だから、俺はそれを排除した。
しかし、今度は警察に捕まる前に、何人もの男に拉致された。
抵抗したが、所詮そこいらのゴロツキみたいな俺の抵抗なんて無駄だった。
そして、今。
ボコボコにされて、両手足を縛られ、目隠しをされた俺は、これから殺されるのだろう。
ああ、死にたくないな。
でも、まあ、あいつらにとって、俺は邪魔な障害だったんだろう。
だから、仕方ないかな。
なんて思っていたら、身体が暑くなって来た。
なんだ?
蒸し殺すとか?
ああ、それは苦しそうだ。
そして、俺は意識を失った。
次に俺が目覚めた時、手足の拘束はそのまま、ベッドに寝ていた。
なんだ?
なにがあったんだ?
俺は生きているのか?
身体を起こし、辺りを伺う。
そういえば、身体が痛くない。
ボゴボコにされた時、骨なんかぺきぺき折れていたと思ったが?
新たに浮かんだ疑問のため、自分の身体を確認していると、ひとつ、違和感があった。
首輪だ。
目で直接見えないが、触った感じ、つるっとした触り心地の首輪をはめていた。
なんだこれ?
外れない。
どうにかして外せないか首輪を爪でカリカリしていたら、部屋に人が入ってきた。
そいつは俺の目が覚めているのを確認すると、すぐさま俺をどこかへと連れて行く。
足の拘束だけ解かれた俺は、よくわからないが、おとなしく従っておくことにした。
連れていかれた先には、目隠しで見えないが、声からしておっさんどもが待ち構えていた。
そして、俺を勇者だと。
ここは俺が生まれた日本ではなく、違う世界。
異世界。
そこへ召喚された俺は、魔王を倒すための勇者だと。
頭がおかしいヤツってのは、結構いるもんなんだな。
しかし、この認識が間違っていた事は、後で思い知った。
鉄製の剣と服だけわたされ、外に放り出される。
剣て。
こんな物持ってたら、すぐさま警察に捕まっちまう。
そう思っていたが、目隠しを外された俺が見た光景は、日本ではなかった。
後ろには巨大な城と、城下町。
前方には森と山と空。
いや、探せばあるかもしれない。
俺が知らないだけで。
少なくとも、外国ならあるんじゃないだろうか?
しかし、醜い、人の形をしていない巨大な化け物を見たとき、確かにここは地球ではないんだと思った。
羽や翼が生えた、巨大なトカゲ。
恐竜ってのが目の前にいたら、こんな感じかもしれないな、なんて思った。
これでも捕まっていた5年間、施設でテレビや本を読む機会はあった。
こんな生き物がウロウロしている国なんてない事は、俺でもわかる。
そして、さっき言われた、おっさん達の言葉を思いたした。
俺は勇者として、才能がある。
その身体は魔力を膨大に溜め込み、あらゆる敵と戦える。
俺がつけている首輪は、魔力幕弾。
いかに勇者と言えども、爆発したら死ぬ。
発動させられるのは、この国の人間のみ。
とにかく、魔王を殺せ。
手段は問わない。
こんなかんじだったか。
正直、何を言っているのか理解できていない。
しかし、目の前の化け物を見る限り、本当の事なんだと、思った。
そして、その時、化け物が動いた。
目にも留まらぬ早さで尻尾が振るわれる。
気づいた時には、俺は吹っ飛ばされていた。
しばらくゴロゴロ転がりながら、ようやく止まる。
顔をあげると50mくらい吹き飛ばされていた。
しかし、痛くない。
普通なら死んでる勢いだったのに。
動く俺をみて、化け物がこちらに向かって走ってくる。
よくわからない。
よくわからないが、ひとつわかった。
この化け物は、俺が生きるための障害だ。
俺は渡されていた剣を手に取る。
不思議な事に、ずっと使っていた愛用品のように感じられた。
化け物が迫る。
俺は剣を構える。
「邪魔を……するな」
向かって来た化け物の噛みつきをかわす。
自分でも驚くほどすんなりよけられた。
そして、化け物の腹めがけて、剣を突き刺す。
剣の大きさ的にみれば、身体の半分も刺さっていないはずだ。
しかし、化け物の腹は吹き飛び、その内臓やらをびちゃびちゃと飛び散らして、死んだ。
剣を突き刺した穴から溢れた血が、身体に掛かる。
化け物の血でベトベトになってしまったが、不快感はなかった。
それよりも、目の前の障害を取り払った事への開放感がまさった。
もう一度、言われた事を思い出す。
これが、勇者の力。
それは今実感した。
なら、他の事も本当の事なのか。
だったら、俺が生きる為には、魔王とやらを取り除けばいいって事か。
やるべき事が見えた。
今までとあまり変わらない。
ただ、俺にとって障害となる物を取り除く。
それだけの事だと思った。
それから一年。
俺は指示されていた魔王の居場所、魔王城に辿り着く。
この一年、魔物が次から次へと襲ってきた。
俺はそのすべてを殺し、排除してきた。
しかし、俺が本当に排除すべきは魔王だけだ。
向かってこなければ、おれの障害とならなければ、俺もどうでも良いというのに、向かってくる。
割と早い段階で俺も実感したが、魔物達だってわかったハズだ。
俺には勝てないと。
しかし、それでも向かってくるのだから、魔物とは随分死にたがりな、バカの集まりなんだろう。
魔王城の中でも、魔物達は襲いかかってくる。
無駄なのに。
この一年、お前達の攻撃によって、痛いと思った事すら無かったというのに。
しかし、目の前に立ちふさがる以上は障害だ。
一年間振るい続けた鉄の剣。
手入れも何もせず、魔物の返り血を浴び続けた剣の刀身は、既にボロボロだった。
しかし、別に問題ない。
剣を振るって、当たればそいつは死ぬ。
それだけは、この一年間変わらない事実だったから。
2時間後。
もう、辺りに動く物はいない。
全員向かってきたのか、逃げた魔物もいるのか、それは、どうでもいい。
俺は魔王城の最奥。
魔王がいるという部屋のドアを開けた。
……そこには誰も、何も無かった。
…………。
なんだ。
逃げたのか。
最後の最後で、魔王だけは少し頭が良かったのか。
まったく、面倒な事だ。