3-1 赤
ショウゴはチュウニだ。
そう書くと何が何だかなのでもう少し丁寧に説明する。
湯谷正悟(ユタニ ショウゴ)は中学2年生だ。
梅雨明け宣言はまだだが夏晴れの日が続くようになった。晴れの日は最高気温が30度を超す日も出ていた。
絶好のお出かけ日和となったその日、正悟は祥子とデートをする予定だった。いつの日か祥子から強引に約束をさせられていたのだ。(『イカリ』を参照)
「それにしてもどこに行くんだろう。お姉ちゃんのことだからな……いや、まさかね」
当日までの秘密と祥子は行き先を話してくれなかった。さすがに正悟が今想像したような変な所へ行くことはないだろうが、それでも絶対と言い切れない部分もあった。
「おはようございますー」
全ての準備ができ、正悟がテレビを見て暇をつぶしていると祥子が大きな声で玄関から声をかけた。そしてリビングへ上がってきた。
「正悟くんお待たせ」
振り返った正悟の目に映ったのは黒と赤だった。
茶髪だったはずの髪は黒に戻し、光沢のある赤のワンピースを着ていた。既に見慣れた顔であるのにそれをイメージさせない艶めく黒髪と鮮やかな原色の服、少なくとも身の回りで赤の服を着こなす女性を正悟は知らない。一瞬の油断だったが見惚れてしまった。
そんな正悟の反応を確認できてうれしくなったのか祥子はその場でひと回りした。やさしく広がった裾が大きめの円を描いた。
それまでの祥子はどこかアメリカ帰りの言葉が似合う豪快さと大胆さがあったが、今日はどこかお嬢様をイメージさせる容姿だった。相変わらずの胸のボリュームと膝出しだったが、ここしばらくで安城家の娘に一番近い姿になっていた。
「どう?」
「う、うん。いつもと違って、ちょっと……だけきれい」
「ちょっと、だけ? まぁいいわ、じゃあ行きましょうか」
「うん」
外に出た正悟はさらに驚いた。止まっていた車も赤いというのもあったが、これは確かテレビCMでやっている……そう、MINI。つまり外国車だった。あまり車に興味がない正悟でも日本車とは明らかに異なる外観とこのクセの強さに負けない祥子の強さがマッチしており先ほどに続いて惚れてしまった。
「外車だ。初めて見た」
「アメリカがちょっと長かったからね。日本の女の子らしい軽よりもこっち系のデザインの方が落ち着くの。さ、乗って乗って」
正悟は下手に足をぶつけないよう丁寧に入り込んで助手席に座った。
「おー、すごい。日本のと全然違う」
「でしょ? このクセの強さが何とも言えないんだなー」
「ところで、今日は何処に行くの?」
「んー、もう秘密にしなくてもいいか。今日はアウトレットに行きます。それでそのままドライブ……みたいな感じかな?」
「へー、僕まだ行ったことないんだ。楽しみだな」
「本当? よかった!」
2人が乗った車が目的地へ向け動き出した。
人気のある所には人が集まる。それはアウトレットも同様で、週末にもなれば目当ての店、もしくは一種のテーマパークに似た目的で県内県外問わず人々が訪れていた。
「すごい列だね」
「これならもう少し早く来るんだった。そうすればもう少し長く正悟くんと一緒にいられたのに」
「いや、今も一緒だけど……」
「違うの! 2人のラブラブな所を見せつけるチャンスなんじゃない。正悟くんは女心がわかってないなー」
中学生がわかるとは思えないし、もし理解していたら違う意味で問題のような気がするのは気のせいだろうか。それに今の発言もちょっと引っかかる。
「ほら、前のカップルなんてとても楽しそうだよ」
駐車場待ちで並んだ車の列。祥子の運転する赤のMINIの前にはシルバーのノートを運転する男性と助手席に座る女性の2人が確認できた。牛のようにしか進まない状況で2人は時に見詰め合い、笑い、内緒話を……。
「あ」
果たしてどちらの声だったのか。内緒話かのように思えた接近は最終的にキスとなって幕を閉じた。
「今日は暑くなりそうね」
祥子がそう呟いた。
それから10分後。あれから気まずい間のまま、しかし車は着実に前へ進み、ようやく駐車場へ入っていった。
「到着ー!」
「ようやくだね」
「時間ももったいないし、どんどん見て回るからね」
「うん。あ」
正悟が返事をした直後、祥子の手が伸びて正悟の右手を掴んだ。
これはデートだ。年齢や年の差はたいした問題ではない。カップル同士が手を組むのは自然なことで迷子にならないようにとかではないよ、見上げると祥子がそんな笑みをしていたので正悟は何も言わずそのまま歩き出した。