2-1 魅惑の角度
ショウゴはチュウニだ。
そう書くと何が何だかなのでもう少し丁寧に説明する。
湯谷正悟(ユタニ ショウゴ)は中学2年生だ。
先日の安城祥子(アジロ ショウコ)のひと騒動からしばらくが経過した。
正悟はあれ以降特別な出来事も起こらず変わらない日々を過ごしていた。この日も学校が終わりそのまま帰ってきた。
「ただいまー」
鍵がかかっていたので母親・朝子はどこかに出かけているようだった。正悟が靴を脱ごうとして足元に目をやると見慣れない靴を見つけて眉にしわを寄せた。
金色に光るラメ入りのミュール、まさに見慣れない。丁寧にこちらに先端を向けて置かれているが、正悟でも母親のものでもなかった。想像するにギャルのような若い女性だろうか。
しかし仮に客だとして、今鍵がかかっているこの家にどうやって侵入したのだろう。泥棒であるならこれ以上に不適切な履物はない。
「面倒くさい。やめやめ」
どうも無用な事を考えてしまうのが悪い癖らしい。兄弟もいない正悟にとって遊ぶものといったら1人で遊べるテレビゲームかレゴブロックだ。会話する相手がいないから独り言も多くなってしまった。
悪いことは起きていないはず。そう自分に言い聞かせてようやく靴を脱いでリビングに向かった。そしてドアを開けて「ドァ!」とまるでシャレのような叫びが家中に響き渡った。
女性が死んでいる、ように見えた。
しかし時間をかけてよく見ると女性は祥子であり、胸が上下していることから寝ているようであった。人騒がせな。というよりどうやって侵入したのだろうか。
「この人は何なんだか……」
膝上10cmのスカートをはいた足がだらりと広げていた。こんな寝相の悪い祥子に小さい頃世話になったとは思いたくないのだが、歴史は変えられない。オムツを替えてもらったということは……。無意識に視線がその部分へ移った。これだけ足を広げていれば中が簡単に見えてしまうだろう。今ならチャンス。そう囁く悪魔が耳元で舞っていた。
「だからって……」
正悟はのったりと祥子に近づいてしゃがんだ。静かに寝息を立てており、いますぐ起きるとは思えない。陰で隠れた禁断の空間を触らずに見るだけならバレることはないはずだ。
「バカらしい。祥子お姉ちゃん、起きてよ」
ギリギリで理性が勝った。偶然ならまだしも、顔見知りで意図的で欲望丸出しのパンツ見学などただの犯罪ではないか。罪を犯すということは見つかる見つからないの問題ではなく、行った瞬間に永遠に拭えない罪が発生するのだ。
「……うん? あ、正悟くん、お帰り」
「ただいま。じゃなくて、どうしてここにいるの? お母さんは?」
「おばさんなら買い物に行くって」
「そう。で、お姉ちゃんはどうしてここにいるの? どうやって入ったの?」
「どうやってって……そうだ、あの時みたいに推理してみてよ」
「あの時……それって警察手帳の?」
祥子がアメリカからこの街へ帰ってきた時の騒動については『ショウコ』を読むとわかるはずだ。宣伝終わり。
「うん。あの時の正悟くんはかっこよかったなー。また見てみたい」
「見てみたいってリクエストされても困るよ。別に名探偵ではないし、ただの偶然だってば」
「やーだー。見たいー」
足をバタバタさせて祥子が駄々をこねた。実に子供っぽいのだが、それよりも気になるのはバタ足で見えそうになる禁断の空間だった。せっかく理性で抑えた男の欲望が再び暴れそうになり、正悟は慌てて止めた。
「わかった! わかったから大人しくして!」
折れた正悟。それを見るなり祥子はピタリと足を止め、起き上がった。
「最初からそう言えばいいのよ」
ほくそ笑む祥子を見て、先ほどまでこんな女性に惑わされていた自分自身が情けなく思ったのだった。