9-4 闇に咲く花は何を見る
「正悟くんは私のこと好き?」
首に腕を回され、至近距離からの告白。
正悟は答えに詰まった。
ここでハイと答えれば直後に熱い抱擁と濃厚なキスが待っている。願ったりかなったりであるようにみえる。だが自動的に付き合うということになり、これからの人生を一緒に過ごすことになる。脳裏にちらつく1人の女性。何故か彼女を思うとどうしても即断できなかった。
目の前の薫子はただこちらを見つめて答えを待っている。こんな優柔不断な男の前でただ待っている。
答えを返さなくては。薫子のために答えなくては。薫子の、ために? 自分のためではなくて? 彼女の顔色を見て答えるのか? 彼女がそれで喜ぶのか?
「あっ……」
考えるんだ。彼女のためではなく自分のため、そして自分の答え。薫子のことは嫌いではない。まだよく知らないが、美人で頭も良さそうだし、頭の回転も速そうだ。そして自分のことをとても好きでいてくれている。14歳にして初めての彼女、悪くない。いやいや最上だ。しかし。
そこまで考えるとどうしても別の女性が出てくる。こんなタイミングでどうして出てくるのだろう。はっきり言うと恋愛対象として好きという感情はない。もちろん嫌いではないが、付き合うという感覚が湧いてこない。よって無視していいのだが、どうしても言葉を喉から上へ通してくれない。何故だ、何故邪魔をする。
「そっか」
薫子が呟いた。両手を正悟の肩から外して視線も外した。
「……?」
何故。不思議そうな顔をしている正悟に薫子は緩く笑いながらその疑問に答えた。
「正悟くん、わかりやすすぎるよ。それでもってとても優しいね」
全部顔に出ていたみたいだ。しかしそれが優しいのと繋がらない。そしてその疑問も顔に出てた。
「これは……半分最初から答えを出していたけど、私はこの恋が結びつくとは思ってなかったんだ」
「え、どうして?」
「だって正悟くんには私以上の本命がいるでしょ?」
「本m……え?」
「とぼけるのもいいけど、ここまでくると優しさもそうでなくなるからね?」
「そ、それって、もしかして……祥子お姉ちゃんのこと?」
「それ以外に誰かいるのならぜひ教えてほしいけど。その人だったら勝てそうだし」
薫子の言葉は正悟の考えよりも1つ先を行っていた。
本命という言葉が適切なのかはわからないが、絶対的な守護神であるのは間違いない。それは正悟も感じ取っている。
「正直なところ祥子お姉ちゃんが本命だとか考えたことがないんだけど」
「じゃあ彼女がいない生活を考えてみたら?」
「いない……?」
考えた。出会いは唐突だった。強引な勘違いで早速騒動を起こし、見事な狸寝入りに引っかかり、強引にドライブに連れて行かれ、東京にも連行され、遊園地にも、ゲームセンターにも、2人だけの秘密のコスプレも。すべて正悟のためであり、それが祥子のためでもあった。それが全てなくなる。今までが全て幻。平穏な日が続く毎日。いたって普通の学校生活。昼まで寝る休日。この街から出ることのない日々。
「ね、わかったでしょ?」
「うん、確かに色々な所に行って楽しかったけど――」
「あー、それ全然わかってない。どんな所に行ったのか知らないけど、場所は重要じゃないのよ。ただ一つ大切なのはどのように一緒に過ごしたかなの」
「どうやって……?」
考えた。強引に絡んできて、こちらの油断をついて強引に絡んできて、強引に連れまわされ、乗りたくないアトラクションに強引に乗らされ、強引に……どれも強引だった。強引な思い出しか残っていない。そりゃ楽しくなかったわけではないが、きっかけは常に強引だった。時には年上を利用して、時には財力を利用して、時には情に訴え、とにかく強引でそして楽しかった。
「強引だったけど、楽しかったよ……?」
「あぁ……。そうね、正悟くんはそんな理解しかしてなかったのね。それは誤算だったわ。もうこうなったら直接聞くしかないみたい」
「直接?」
「そこにいるんですよね?」
薫子が正悟の背後に問いかけた。正悟が振り返ると誰もいない陰からとてもよく見慣れた女性が1人、姿を現した。今まで話題になっていた、まぎれもない祥子本人だ。
「何だ。ばれてたのか」
悪びれる様子もなく登場する祥子に正悟は驚きを隠せない。
「えっ、どど、どうしてここに!?」
「偶然とある種の賭けですよ。正悟くんを連れて歩いている時偶然見かけて。それでこちらに気付くと思ったんで、あえて気付かないふりをして後をつけさせたんです」
「そっか。ちなみに私も偶然だからね。本当は別の花火大会を見に行くつもりだったんだけど、こっちが気になって来てみたらちょうど2人が歩いているのを見かけて。だから後をつけてきたの」
正悟の知らない所で女同士の駆け引きがあったことがここでわかった。そして本題を忘れそうになったのを慌てて割り込む。
「それで、聞くって何を?」
「聞いての通り正悟くんはこんな理解みたいですけど、お姉さんはどうしますか?」
「んー、ここまで場を作ってくれたことにまず感謝すべきなんだろうけど、私としてはこれでいいのよ。だてに年を食っているわけじゃないんだから」
「それは本心ですか?」
「本心もなにも、本気になったらアウトでしょ?」
「そうですか……。では正悟くんが私の告白を受け入れない原因についてはどう思いますか?」
急に飛び火した正悟が慌てておろおろするが、女2人は見向きもせず向き合ったまま掛け合う様に口を開けている。
「そんなの正ちゃんに聞いてよ」
「聞いても正確な答えは返ってこないと私は思います。場所も場所ですし、自分自身が説明できるほど理解できていないと思っています。私の考えだと、私のことは嫌いではないけど、どうしてもお姉さんのことが気になって告白を素直に受け入れられないと思っているんです。私はそれをお姉さんが本命だからなんだと思っています」
「一気に話が飛んだわね」
「飛んでませんよ。様子を一般的な言葉で表現しただけです。だって普通なら私の告白にハイ以外言えるわけがないですから」
「あら、そんなに自分に自信があるの?」
「できることは全てやりましたから。知っての通り事前にゲームセンターで唾は付けておきましたし、今日出会ってから2人きりになる方法を考えて、正悟くんはそれに乗ってくれて、ずっと手を取り合って、ムードが最高の場所に連れてきて、あそこまで迫って断る男子なんているわけないです。それに断る男子を私はそもそも好きにはなりませんから」
全てを計算していた事実への驚きとその計算通りに動いていた自分自身に対する情けなさと。薫子の違う告白に正悟は複雑な気分にさせられた。
「でも、OKはもらえなかったわけね」
「本命がいれば話は別です」
「私は本命ではないけど、でも最初から想定してたんでしょ? 完全にダメ元じゃない。あなたが何をしたいのか私にはよくわからないんだけど」
激しく重なり合う様に花火が打ち上がる音が周囲を覆っている中、彩る空からの漏れた灯りが微かにこの場を照らす。
「そうですね」
それだけ言って、薫子は少し間を置いた。そう言ったものの何か企みを持っている顔だった。そしてそれを明かす。
「最初から勝算なんてありませんでしたよ。仮に正悟くんがOKしてくれたならそれはそれでラッキーぐらいに考えていました。お姉さんがこの場にいるのは予想外でしたけど、最初から断られるつもりだったんです。それで断られるということは、本命が絶対いるわけだからそれをはっきりさせておきたかったんです。そうすれば私と柚里香の2人は振られることになるので」
「あっ」
そこで正悟が久しぶりに口をきいた。
「そうか。それが本当の目的だったんだね」
「わかってくれた?」
「うん。ゲーセンの時から何となく2人の関係に気付いていたけど、明るく暴れる小野さんを適度にセーブするのが小宮さんなんだと思ったんだけど、実際はそれ以上のことだったんだ」
「私にとって柚里香は親友であり、それ以上に大切にしたい人なの。だから既に想っている相手がいる人を好きになるのがどうしても見過ごせなかったの。だから、こうするしかなかったの。もちろん柚里香はそんなこと知らないけど。もしかしたら妬まれているかもね」
「嫌われるかもしれない可能性よりもこっちを取ったんだね」
「柚里香のためという名目のただのエゴだと自分でも思てるわ」
「そう、だったんだ」
「だから、一応は目標を達成できたかな?」
「えっ、でも――」
「いいの。これはもう私が関わる話じゃないから。私は振られたことだけわかれば十分だから。それと私はもうここから離れた方がいいのかな?」
「え、ちょっと、えっと、あの、その……」
一世一代の薫子の告白は失敗し、目標は達成した。当の本人は全く悲しむことなくむしろ清々しさを醸し出している。
「このまま3人でここにいるよりは、もう1人の彼女と合流した方が残りの花火を楽しめるんじゃない?」
「そうだね」
祥子の提案で薫子が柚里香の携帯に電話をかけた。
「あ、柚里香? あっ………………ごめんごめん。詳しくは後できちんと説明するから。ちなみに今どこにいるの? …………あー、わかった。今からだと15分くらいかかるかもしれないけど、そっちに向かうから。それじゃ……え、何?」
場所を聞いて向かうだけの電話だったが突如薫子の表情が変わった。何事かと正悟と祥子が注目する。
「………………そっか。じゃあ、また続きは会ってからね。じゃあ」
「何かあったの?」
聞く正悟。
少しだけの間があって、薫子は答えた。
「柚里香、君の相方の庄太郎くんと付き合うことになったそうよ」
「えっ!?」
その声は3尺玉の揺れ広がる音の振動にかき消されたのだった。




