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チュウニでショウゴ  作者: いちの くう
9・クライ
39/43

9-3 闇に入り込んでの其々

 庄太郎と柚里香は柚里香の父親から貰ったチケットで野球場に入っていた。通行可能なのは正面に打ち上げ会場がくる1塁側の内野席とライトの外野席。外野は芝生のため、寝転びながら見ることができる。

「椅子だと首が痛くなっちゃうから横になれる外野の芝生がいいんだー」

 過去に来たことがある柚里香に連れられるがままに庄太郎がついていく。それにしても辺りは花火を楽しむ客でそこそこ埋まっているものの、2人組が目立つのは気のせいか。家族連れやグループも見かけるのだが、2つに1つの割合で男女のカップルだ。

「あそこが空いてるね!」

 それぞれのグループは近すぎないように広がっており、運よく適度な空間を見つけた柚里香はテンション高めに声を上げた。

「へー、ふかふかしてる」

「でしょ? 気持ちいいよねー」

 腰かけると肌に受ける湿度を帯びた温い風と比べてひんやりした冷たさと芝生のふわりとしたやわらかさをお尻で感じることが出来た。2人の間には柚里香のいちごシロップのかき氷と庄太郎のブルーハワイにジャガバターを置いてお尻の位置を落ち着かせた。

 ナイター用の設備がない暗闇に支配された会場に灯るのは安全のために適度な間隔で置かれた照明器具。漏れた灯りで周囲のカップルの状況がわかるが、これが消えたら――そう考えるといてもたってもいられなかった。

 柚里香は天然だ。ここに来てからの発言が意味深に聞こえるのは邪な気持ちがあるからだろうか。そんなモヤモヤを振り切ろうと庄太郎は自分の世界に持って行こうとした。

「今日も見えるね」

「何が?」

「ほら……見えるかな。あの方向に少し赤っぽい星があるんだけど」

「……あー、見える見える。そういえば習った記憶があるね。何だっけ、えーっと……」

「アンタレス。さそり座の1等星だよ」

「そうそう。私さそり座なのに忘れちゃった」

 柚里香は天然であり、すこしおバカだ。でも嫌味にとられない明るさが彼女の魅力を増しているように感じた。

「実はね、さそり座にはちょっとした神話にまつわる話があるんだ」

「神話?」

「そう。オリオン座ってあるでしょ? ギリシャ神話にオリオンという強い狩人がいたんだけど、ちょっと性格に難があって自信過剰だったんだ。それに女神が怒ってオリオンを殺すために用意したのがさそりだったんだ。さすがにオリオンもさそりの毒には勝てなくて死んだそうだよ」

「えー、何だか少し可哀想だね」

「うん。それで話は今に続くわけだけど、星座のオリオン座とあのさそり座が反対の位置にあるんだ。それはオリオンがさそりから逃げているからって言われているんだよ。さそりが出るとオリオンが隠れるってね」

「へー、面白いね。庄太郎くんも賢いんだ」

「実は俺天文部なんだ。だからだよ」

「えー、すごーい! 天文部なんてステキだね」

「いやいや、週2しか活動してないし。それに部って言ったけど本当は同好会だし。ゆるい部活動だって」

「でも同好会に入っただけでわかるわけではないから、そういったのは調べないとわからないもんね。星とか好きなの?」

「そうだね。星もそうだし、空とか宇宙とか。気象予報士とかの資格もチャレンジしたいね」

「気象予報士って難しいって聞いたよ。すごいんだよね。へー、すごいなー」

「いやいや、まだ取ってないから」

 もう取得しているような感覚で接してくるのには苦笑いでしか対応できない。何だか少しずつ柚里香のペースに戻されているような感覚を持った。

「じゃあ、今の天気を教えて?」

「今? 雲は……ほとんどないから晴れだね。今日の最低気温は23度みたいだから寝苦しい夜にはならないと思うよ」

 そしてそれは的中した。むしろ事態はそれ以上になっていた。

「でもね、私の心の中は激しい雷雨なんだよ」

「……え?」

 柚里香は天然であり、すこしおバカに見える。ただそれは一方的な決めつけなのかもしれない。庄太郎はこの時思ったが後の祭りだった。

 柚里香は続けた。

「とても複雑な気持ちなんだ。私には今好きな人がいて、いるのに別の人が好きな気持ちがあって、天秤で比べようにも家を量るようなそんな次元じゃないんだよね。どちらの気持ちも治まることがなくて強くなるばかりで。2人ともかっこいいし、頭もいいし、それにとても優しいし。私がバカだからだと思うけど、どちらも選べないんだ。だから気持ちが喧嘩して、だからってどちらかが勝つわけでもなくて。そもそもどちらも勝算があるわけでもないのに気持ちだけが膨らんで。私ってバカだよね。でも、バカはバカなりにでもやらなきゃいけないと思うんだ」

 言い終わってこちらを向く柚里香には抜けるような明るさの顔はなかった。



 海に近い街だが、少しだけ土地が盛り上がっている所にその神社はあった。昔は、今でもだが漁の安全を祈願してつくられたものらしい。

 そんなことを知ることもなく高めの10段ほどの石段を上るとすぐに鳥居と狛犬に歓迎された。そして少しだけ、というよりいやもう少し、いやかなりの先客の方たちにも歓迎された。

 いたるところカップルばかりだった。

 中央の石段のところは綺麗なものだが、端になれると急に人口密度が増すように無数のカップル達がいた。この光景は異様である。そしてこの時正悟はこの意味に気付いた。

「向こうに行きましょ」

 正悟の手を繋いで神社の奥へ回ろうとする薫子。暗闇に連れ込もうとしているのが神経で繋がっているように伝わり、この空気に負けて声を出すこともできずに裏側へ2人で静かに消えた。

「ここでいいかな」

 ようやく落ち着いた場所は裏に入ってすぐの所。裏に回って最初に気付いたのは奥の方にいる複数のカップルの存在。表のカップル達の雰囲気以上に妖しい感じをしたので正悟はすぐに視線を逸らして下を向いた。きっと見たらいけないものなのだと思う。

「ねえ、こっちを見て」

 優しく語りかけるような声の薫子。普通に声がでない正悟は色々考えたがこうなっては従うしかなく、顔を上げた。

 暗くて顔が良く見えない。それがかえって顔を上げやすい。助かったと思うのも束の間だった。

「私には言ってくれないのね」

「?」

「柚里香には言ってくれたのに」

「……?」

 考える正悟。果たして何の話をしているのか。考えたが答えは出てこない。

「これ、私が選んだんだよ」

 そこまでのヒントをもらってようやく気付いた。浴衣だ。4人でいた時に柚里香には流れで言ったものの、薫子に触れることはなかった。慌てて言い訳しようにももう遅いと思うが、ここはフォローするのが吉。

「あの、とても似合ってるよ」

「……それだけ?」

 足りないらしい。髪型は変わっていないので浴衣しか褒められないのだが、待たせすぎた代償は大きかったようだ。

「その、とても小宮さんにあってると思うよ。朝顔とか昔からある柄だけど、その古さを感じさせない大和撫子みたいな雰囲気が小宮さんに合っていると思う。うん、とても綺麗だと思う……よ?」

 自分でも今何を言ったのか覚えていない。思いつく限りの褒め言葉を並べた正悟は身を委ねるだけだった。

「ありがとう。ちなみにこの朝顔の花言葉って知ってる?」

「え……しらない」

 褒めるだけ褒めたのに嬉しくなかったのか違う話題に変えられてしまった。やはり遅かったようだ。ここは変に怒りをかっても惚れられても困る場面であり、それはそれで良かったのかもしれないと思っていたりもした。

 だがすぐにそうでないことに身を持って気付かされた。

「そう。朝顔の花言葉はね……貴方に私は絡みつく」

「!!」

 薫子に抱きつかれた。直立不動の正悟を10cm以上の身長差を利用して包み込むように正面から薫子が抱いてきた。立つ鳥肌。敏感になった神経が触れる温度や圧覚、混ざる汗や髪の匂いを過剰に拾ってしまい脳内の処理能力を超えてしまった。

「ずっとこうしていたかったの」

 何もできない正悟。その言葉通りのフリーズ状態であるのを感じ取ったか、薫子はそっと正悟の首筋に唇を添えてきた。

「!!!」

 これってこれって今これって、えっとこれってその、そのこれってえっと。

 キスという言葉すら出てこない。やられたい放題だ。決してむさぼるわけではないが、じっくりとゆっくりと時間をかけて味わうかのように何度も首筋への口づけが続いた。

 首にあった唇が少しずつ前へ移ってきた。必死に目を閉じて耐えることしかできない正悟はついに多分人生2度目のマウストゥマウスの覚悟をして――

「……?」

 唇の感覚がないことに気付き、目を開けると20cm先に薫子の顔があった。

「ここだけはダメなの」

「…………」

「独りよがりじゃダメなの。私だけじゃダメなの」

「…………」

「私はね、正悟くんが好き。ゲームセンターの時は漠然とした気持ちだったんだけど、今日偶然出会って、柚里香と楽しそうに話しているのを見て耐えられない自分がいたの。柚里香は大の親友だし応援したかったけど、でもそれで納得できない自分がいるの。柚里香のことが嫌いになってしまう自分がいるの。だから裏切る行為だけど、どうにか2人きりになりたくてあんなことをして、ここに連れてきたの。こんな雰囲気だったらいけると思ってた。正悟くんなら草食系だから流されてくれると思ってた。でもね、これじゃダメなんだよね。こんなことして誰も幸せにはならないよね。だからね、確認しなきゃいけないことがあるの」






 そしてそれは、ほぼ同じタイミングだった。



「庄太郎くんは私のことどう思ってる?」



「正悟くんは私のこと好き?」



 その直後、暗闇を彩る1発目の花火が打ちあがった。

 大勢の目が空に向けられる中、4人は互いに相手の目から離すことができないでいた。黒の世界に次々と咲き乱れる花々は人々を魅了し、一方で4人を対照的に照らすのだった。

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