9-1 暗くなる前
全てが片付いて祥子が帰っていった。魂を抜かれたような脱力感を味わったが糖分補給で何とか踏ん張り、時計を確認して正悟は庄太郎の家に向かった。
歩いて5分。庄太郎の家に着いて合流した。そして早々に昼間のドタキャンを再び詫びて許しをもらった。そこからバス停まで再び歩きバスに乗って10分、駅に着いた。普段あまり乗らない電車で1つ目、住宅地が多い田舎寄りの駅で降りる客を想像すると今日は特別多いように感じた。
「これほとんどお祭りの人なのかな?」
「さぁ。でも夏休みで上りの電車だし、見た感じ浴衣も多いからそうなんじゃね?」
そう言われると、バスにも浴衣を着た女性がいた。同じ花火大会かわからないが、少なくともどこかの花火を見に行くのだろう。電車内ではその割合は増え、男性でも浴衣を着た人もちらほらと見かけた。
「庄ちゃんは浴衣って持ってる?」
「ないと思うぞ。あんな袖つきの服を着たのは七五三で止まってるな。正悟は?」
「ある……んだけど」
「なら着てくりゃよかったのに」
男同士なのだからこれで良いと言えばそれまでなのだが、2人揃ってTシャツにズボン。夏らしさはあるが、花火大会としては趣に欠けた。
「んー、ちょっと恥ずかしいし。それに下駄とかも履きなれないから足を痛めそうだしね」
「あー、それわかる。絶対親指のところ痛くなるよな。ビーサンとか俺履けないもん」
田舎駅ではあるが、周囲と比べれば賑わっている街でもある。駅から歩いて15分ほどに市の総合運動公園があった。打ち上げ会場はそこだ。野球場にサッカー場が入る陸上競技場、テニスコート、体育館、プールに弓道場まである。駅からでも十分に花火を見ることはできるが、屋台などは公園内に密集しているのと、賑わいを求めるのであれば会場に向かうのが吉だった。
徐々に増えてくる屋台と人。そろそろ何か腹に入れても良さそうだ。
「何か食べる?」
「だな。何か美味そうなものがあればいいんだけど、屋台って目新しいものがないよな」
「そうだね」
「屋台の慢心だと思うんだけどね。それこそ焼きそば屋があれば、焼うどん屋があってもいいし、パスタ屋があっても良さそうだろ? ま、俺は買わないけどね」
「買わないんだね」
苦笑いしながらツッコミを入れた。
まだ空は明るく、肝心の花火の打ち上げ開始まで2時間以上もある。具体的なプランを考えていなかった正悟たちは屋台めぐりという案で固まりつつあった。
「おー、かわいいー!」
「柚里香もらしくてかわいいよ」
時同じくして花火大会の会場から離れたとある小さな公園。そこを集合場所にしていた2人の女子中学生がいた。
小野柚里香と小宮薫子。近くにある水原西中学校の2年生だ。
名前を聞いてピンときた方は間違いないチュウニでショウゴ通。6話のゲーセンでの騒動で正悟の力によって助けてもらった2人だ。そして今日2人はセーラー服ではなく浴衣を着ていた。
当時赤ぶち眼鏡に耳より下で2つ結びにさせていた柚里香。今日はその後ろ髪をまとめてスッキリさせていた。青寄りの紺地の浴衣に深い紅色の帯、鮮やかな紅の金魚が元気よく泳いでいる柄が柚里香に合っていた。
「ほら、こっちとお揃いなんだよ」
言いながら振り返ると、まとめられた髪に刺さる髪留め。金魚をモチーフにした小さな飾りが光っていた。
「いつもの柚里香より大人っぽく見えるね」
「にゃはー。でしょ、でしょ? でも薫子ちゃんの方がずっと綺麗に見えるよー」
一方、肩甲骨まで伸びたストレートの黒髪と銀ぶち眼鏡がトレードマークの薫子は対照的だ。髪は一切変えず、淡い桃色の生地に咲くのは深い紫の朝顔。帯は濃いめの撫子色と同系色でまとめられている。元々文学少女を思わせる髪質と眼鏡だったが、浴衣を着ることで『古式ゆかしい』という表現がこれほどまで適している少女もそういなかった。
「ありがと。でも私は柚里香になれないから羨ましいわ」
「私だって薫子ちゃんが羨ましいって思ったこと何度もあるよ?」
柚里香と薫子、対照的な2人だが不思議と喧嘩をしたことがない。それはそれぞれの相性が絶妙に絡んでいる故に可能なことなのだろう。
集合してから10分ほどその公園内で盛り上がる2人であった。
口の周りにタレをこれでもかと付けながらいか焼きを頬張る庄太郎、出来立てのたこ焼きを慎重に冷まして食べるがそれでも中心部は熱く声を出さずに耐える正悟、こちらも似たもの同士なのかもしれない。
「うめー。やっぱいか焼きに外れはないな」
「イカしか具材がないから不味くしようがないけどね……」
「たこ焼きはどう?」
「1つ食べる? タコも大きくていいと思うよ。外がカリカリとまではいかないけど」
「んじゃ……おぉ、なかなか美味いじゃん」
男同士でも十分に楽しんでいた。そしてある程度腹が満たされれば何かで遊びたいお年頃だった。
「金魚すくい……金魚いらないしな。ヨーヨーもいらないし、スーパーボールって歳でもないし」
「射的は? それか輪投げとか」
「射的は景品がショボイもんな。んじゃ、ここは1発逆転の輪投げで」
その一言で輪投げ屋探しが始まり、探しているとなかなか見つからない罠にはまった。
「さっきから金魚とか射的とかばかりで全然ないな」
「駅近くにはあったんだけどね。今更戻るのも大変だし……あっ、あれなんかどう?」
「缶倒し? あー、見たことあるな。んじゃ、これでいいか」
空き缶が5つ積み重ねて並べられており、それをお手玉みたいなボール3球で全てを倒すという、シンプルかつアナログかつお金がかかっていないゲームだった。
「おじさん、1回!」
「あいよ」
先に庄太郎がチャレンジした。的は大きい。おおきく振りかぶって下ろした右手から放たれたボールは下段3つ上段2つのど真ん中に当たり、3つが倒れた。残ったのは両端2つ。
「げー、マジかよ!」
「あー」
この時点でそれぞれ個別に狙うしかなくなったため、その後の荒れ模様はご想像におまかせ状態だった。
「ちっくしょー!」
「じゃあ、僕やるね」
悔しがる庄太郎を置いて今度は正悟がチャレンジした。ボールを投げる行為など体育の時間か体力測定かドッジボールで遊んだ時くらいなので、恥ずかしくない程度に1つは当たってほしい、そんな気持ちだった。
「あっ」
そしてそんな声と共に1投目がデジャヴのように5つのど真ん中に当たった。倒れた3つ、残った2つ。
「正悟もかよっ! あー、終わった」
こんな時だけコントロールがいいのも困るが、今更どうしようもない。それに1つ以上のノルマは超えたのだからあとは適当に投げるしかない。今度くらいは逸れるはずだから2つの間を狙おう。そんな気持ちで投げた2投目。
「あっ」
偶然にも左の缶に当たった。
「おー! スゲー!」
本人以上に盛り上がっている庄太郎。そこで正悟は初めて景品の確認をした。そしてその中の1つに目が止まった。
忘れもしない終業式の日に行ったゲーセンで知ったあのショッキングな色のクマだった。確か名前はベーベア。あれだけの色々な事件があったのだから忘れろというのが無理な話だ。正悟の脳裏に当時の記憶g
「ほら、早く!」
「え? あぁ」
ベーベアに見惚れていた正悟を庄太郎が急かす。あまり深く考えずに投げたのが良かったのかもしれない。3投目が奇跡の軌跡を描きながら最後の缶に向かって飛んでいった。
「そんなのが好きなのか?」
ゲテモノを扱う正悟を見る目で聞く庄太郎。
「えっと、別にそれほどでもないけど、近所のお姉ちゃんが好きだからあげようと思って」
右手に景品のベーベアのパペットを入れて見つめながら答える正悟だった。
それから庄太郎はフランクフルトを頬張り、正悟はリンゴ飴を口にしていた。その前に庄太郎は焼きそばも食べており、食欲旺盛さを見せていた。
ようやく空の暗さを感じるようになり、屋台の煌々としたライトが一段と目立つようになった。花火開始まで残り1時間ほど。既にそれなりに食べてそれなりに遊んだ2人は適当な石段に腰かけていた。まるで祭りの終盤だ。
「暇だな」
「あ、うん。ちょっと早く来すぎちゃったかな?」
「花火まで……あと1時間もあるぞ。これ以上無駄にお金は使えないし。体力的にもきついし、なにより暑いし」
「そうだね」
もう帰ろうか、そんな冗談が庄太郎の口から出てくるのではないかヒヤヒヤする正悟だった。そこに、
「隣いいですか?」
ギリギリ開いているスペースに座ろうと声をかけてきた女の子2人がいた。
「あ、うん。どうぞ」
「ありがと……あれ?」
「え?」
先に気付いたのは女の子だった。少し遅れて正悟。
「あーーーーー!」
赤ぶち眼鏡の少女の声に支配されたこの場。何事かと周囲の人間が振り返るも、大したことが起きていないと判断してすぐに視線を戻した。
「正悟くん、だよね?」
「う、うん。あの――」
「ウソー! 信じられない! もう会えないと思ってたのに! これって運命とかそんなのだよね! やだ、どうしよー!」
正悟の言葉を遮って1人興奮しているのはゲーセンでの事件で知り合った女子中学生の1人・小野柚里香だった。そして彼女の後ろにはもう1人・小宮薫子もいた。目が合うと微笑みながら軽く会釈をした。
「……えーと、これはどーゆーこと?」
完全に蚊帳の外に置かれた庄太郎。
終業式の日にゲームセンターに行ったこと、そこで彼女たちと知り合ったこと、盗難事件に巻き込まれたこと、そこで色々あって無事に解決したこと。キスの件はもちろん入れずに正悟は庄太郎に説明をした。ついでにそれぞれの自己紹介もした。そこで正悟が同じ中学2年生であることに2人はとてもそれは相当かなり驚いたことを記載しておく。
「正悟って、そんなに頭良かったんだ」
「あれは偶然だよ」
「でも、あの時の正悟くんはすごい真剣な顔で美樹さんを追い詰めてたんだよ。偶然なんかであんなことはできないと思う。とてもかっこよかったもん!」
キラキラさせて力説する柚里香を見て庄太郎が耳打ちをした。
「お前、あの子に惚れられてんのか?」
「そんなことは、ないと、思うよ……?」
苦笑いで逃げる正悟だった。これ以上当時の話を広げたくないし、それにキスの話も知られたくない。興奮している柚里香が話すのではないかとヒヤヒヤしていた。そこで助け舟と薫子が提案をしてきた。
「せっかくだから4人で花火見ない?」
「あ、それイイね! さすが薫子ちゃん!」
まだ男子2人の意見を聞いてないのだが、勝手に決まったような空気。それでも正悟にしてみればこの微妙な空気を一気に変えた妙案に賛同し、庄太郎も男2人よりはマシだと、4人全員の賛成で決まった。
庄太郎の横に正悟、その横に柚里香、その横に薫子。さきほどから変わらず4人並んで石段に座っていた。
「本当に驚いたよ」
「私も正悟くんと会えるなんて。とても嬉しいたよ」
赤らめる柚里香。これが2人きりなら外野の事は考えなくても……いやいや2人きりの時点でダメだろ、自分の脳内でボケツッコミをして余裕がない正悟は自分の後ろと彼女の後ろからの見えない負の気配を感じていた。
「その、髪型が変わったから小野さんだとはすぐに気付かなかったよ」
「にゃー、わかった? 今日のコレとかどうかな?」
2つ結びで下げていた後ろ髪をまとめて現れたうなじを少しだけ見せると、ピョンと前へ飛び出してクルッと1回転した。
鮮やかな紺地に紅い金魚が何匹も気持ちよさそうに泳いでいる柄の浴衣。
「小野さんらしいというか、すごい、似合ってる、と思う」
まだ2回しか会っていないのに、明るくて活動的な柚里香にぴったりだと素直な感想が出てきた。それを言うだけなのにこうも囲まれていると言葉に詰まる。ただそれだけの深くない言葉なのに裏の裏の裏を捉えられているような感じだ。
「にゃは! ありがと。薫子ちゃんも同じこと言ってたんだー」
「そうなんだ」
何を口にしても柚里香とだけのやり取りが続いていたが、第3者の名前が出たことでようやくこの見えない鎖で繋がれた牢から出られる。表に出さないよう喜んだ。その第3者に視線を向けると。
「…………」
とても素っ気ない表情だった。顔すらこちらを向いておらず、2人きりで話しているのをつまらなそうにしているのが明白だった。仮にも2人の中では最初にキスをしてきた薫子。普段は大人しい性格が幸いして柚里香に隠れているが、彼女だって本当は正悟が気になっているはずだ。
フォローしようにも、とても巨大すぎる壁が目の前にある以上変な言葉はかけられない。どうしようかとあたふたしている正悟の背中を見て庄太郎が助け舟を入れた。
「俺ちょっとトイレ行ってくる」
ゆっくりと腰を持ち上げ、目で訴える庄太郎に正悟も気付いた。
「あっ、じゃあ、僕も……」
「じゃあ、私も!」
「……私も行こうかな」
なぜか余計な2匹が釣れた。
「えっ、4人だと、この場所取られちゃうよ?」
慌てる正悟に柚里香が口元に人差し指を立てて言った。
「実は、花火を見るのにとっておきの場所があるんだ。だから、そのままそこに行こ?」




