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チュウニでショウゴ  作者: いちの くう
8・ボウソウ
35/43

8-3 花火

『子供のためにフランスの香水しか用意できませんでした』


Q1:「これは日本の話か?」 

A1→ 「はい」

Q2:「香水を用意するのは子の親か?」 

A2→ 「はい。父親・母親どちらでもかまわない」

Q3:「子供や親は通常より特別な仕事や特技などを得ているか?」 

A3→ 「いいえ。特殊な職業・特技が絡む話ではない。あくまで一般的な家族」

Q4:「家族が置かれた状況に特殊な環境などないか?」 

A4→ 「いいえ。大きな災害が起こった後の時間軸に置かれている」

Q5:「子供は香水を普通に(香りを楽しむ)使うのか?」 

A5→ 「いいえ。そもそも子供は直接使わない」

Q6:「フランスの香水以外にも必要なものがあったのか?」 

A6→ 「いいえ。本来何か別のものが必要だったがそれしか残っていなかった」

Q7:「子供はとても幼いか?」 

A7→ 「はい。生まれて数ヶ月の状態」


「じゃあ、答えを聞こうかな」

 扇風機の風に髪をなびかせながら祥子が穏やかな表情で話した。

「うん。でもその前に質問していい?」

「何?」

 麦茶を一口、もう一口飲んで喉の渇きと心の落ち着きを取り戻して、正悟は疑問に思っていた核心を突く質問をした。

「この問題って本当にお姉ちゃんが作ったの?」

「……どうしてそんなことを聞くの?」

「この問題の答えがわかった時、お姉ちゃんがそこまで知っているのかがちょっと疑問に思ったんだ。だって、あの時お姉ちゃんはアメリカにいたでしょ?」

「……そっか。じゃあ、まず正ちゃんの答えを聞かせて。その後にこの質問にも答えるから」

「う、うん」

 一呼吸置いて、どこか恥ずかしいような顔をしながら正悟が解説をした。

「えっと、本当に騙されたよ。これについてはお姉ちゃんのヒントというか独り言がなければずっと気付かなかったと思う。何というか、本当に一本とられたというか」

「正ちゃんにそこまで褒めてもらえるなんて光栄ね」

「的外れな事を考えていたけど、結果的に重なるところが多くて助かった部分もあって本当にただラッキーだったと思う」

「ただのラッキーボーイだけではここまで来れないけどね」

「あ、うん。ありがとう。……まず僕は勘違いしてたんだ。最初に問題を聞いてここに書いてある『子供のためにフランスの香水しか用意できませんでした』と考えていたんだけど、それは誤解だったんだ。コウスイって単語がフランスのという修飾語につくことで勝手に『香水』と思い込んでたんだけど、それが最初で最大のトリックだったんだね。で、実際は『硬水』だった。使い方を聞いたのもそれだよね? まさか硬水で香りを楽しむ人はいないだろうし」

 紙に書いて見せた。まだ祥子は表情を変えない。

「それで、硬水だったということを頭の中に入れて、そこまで狙ってこの問題を作っているなら一つだけ思いつくことがあったんだ。それが、東日本大震災」


 マグニチュード9.0という日本の観測史上最大規模の東日本大震災。東北地方、太平洋側に面する県を中心に広範囲に被害が及んでいる中、比較的建物も無事な地域では異常とも言える現象が起きていた。

 買い占めだ。

 実際に住居がなくなったわけではなく、仕事先も無事でありながらこの先いつ来るかわからない二次災害や余波のために特定の商品の買い占めが起きていた。

 まずは生活用品。トイレットペーパーやオムツなどのトイレ関連。懐中電灯や携帯ラジオ、またそれらに必要となる電池。カセットコンロやカセットボンベなどの調理器具。

 そして食料品。主食の米やパン、カップ麺、レトルト食品、缶詰など食べるもの。そして、水。

 水は人間が生きていく中で必要不可欠なものだ。ただ、飲料としてなら牛乳やジュースの類でも事足りるだろうが、米を炊く際には絶対的なものであるし、洗顔・歯磨き・洗濯・入浴・トイレにも必要となるものである。

 停電やその他の影響で蛇口から水が出なかったり、出ても赤水が流れる家庭も相次いだ。飲料としての水は販売直後に売り切れ、洗脳されたように人々は水を探し求めた。


「僕たちぐらいなら水そのものを直接飲まなくても生活はできるけど、赤ちゃんなら話は別だよね。牛乳やお茶やジュースを飲ませるわけにもいかないし、粉ミルクを溶かす水がどうしても必要でしょ?」

 正悟は少し当時を思い出しながら話した。

「あの時の事は部分的にだけど覚えてるよ。カップ麺ならほとんどの商品は売り切れていたけど、値段が高いのや極端に辛いやつは売れ残っていたし、水も基本的にどれも売り切れていたけど、極端に硬度が高い海外の水は売れ残っていたんだよね」

「へー、そうなんだ」

「ある時にお母さんが近所のおばさんに水を持って行ったことがあって、理由を聞いたらあまり硬度が高いと赤ちゃんの腎臓に負担がかかって危険みたいなことを言ってたんだよね。その時はそんなもんか程度にしか思ってなかったけど……つまり――」

 祥子を正面に見つめ、話をまとめた。

「舞台は大震災が起きた日本。大きな被害は免れた家族だったけど、買い占め騒動によって子供のミルク用の水を買いに行ったけど、硬度が高い水しか買えなかった、という事だと思います」

 ドヤ顔の正悟に祥子も視線を逸らすことなく見つめ返した。先に外したのは祥子だった。

「はぁ、結局正ちゃんには勝てなかったか……」

「ということは、正解?」

「うん。完璧なまでに」

 その言葉を聞いて、肩の力が抜けた。喜びよりも安堵の気持ちでいっぱいだった。

「よかった。……これでも判定を聞くまで確信はなかったんだからね」

「よく言うよ。硬水の勘違いに気付いてからの表情といったらゲーセンの詰めの所以上の目つきだったんだから。それにこの説明の回りくどさとか」

「それはそこまで苦労させられたから、ちょっとその過程も含めて説明しようとして――」

「まっ、でもおかげさまでこっちはカッコイイ正ちゃんが見られて満足だったけどね」

「……それはそうと、この問題は本当にお姉ちゃんが作ったの?」

「えーっと、実を言うと友達に頼んだの。学生時代の友達にパズルとか推理小説とかが好きな人がいて、フェイスブックで再会したからそのことを聞いてみたの。そしたらまだそういったのを趣味でやっているってことだったからお願いしたんだ。この問題も彼の当時の実体験に基づいて作ったらしいから、正ちゃんと思考回路が近いのかもね」

「そうだったんだ」

 全てを納得した正悟。これで水平思考に関する一連の疑問が解決した。後ろに手をついて、今までの緊張によって固められていた空気もどこかへ消え去った。

「疲れた?」

「ちょっとね……これって勝ちになるの?」

 気が緩んだところで、思い出した正悟。そういえば賭けをしていたのだが、途中ヒントらしきものを貰ったようにも感じた。果たしてその部分がどうなのかがとても不安だった。

「んー、途中私の独り言もあったけど、そもそもこの問題は私が考えたわけじゃないし、その時点で不正があったと考えるのが自然な答えなのかな。私の負けね」

「あ、うん。でもお姉ちゃんの独り言がなければ多分解けてなかったから、あいこでもいいよ」

「あー! 正ちゃんのその優しい所が好きなのよ。でも前提条件で不正をしたのは間違いないから今回は私の負けにしてね。だって……プレゼントも用意しちゃったし」

「……それって、その袋のこと?」

 祥子の視線にやはりという顔の正悟。4つの袋に何が入っているのか疑問だったが、とりあえずご褒美であることは確定した。見た目や大きさから察するに服のようにも思えた。

「はい。開けてみて」

 祥子はそのうちの1つをテーブルの置き、正悟に開けさせた。

 袋の上部に1ヶ所だけテープで閉じられており、それを取り除いて中を覗いた。

「……あっ……浴衣だ」

 丁寧に折りたたまれた浴衣を手にして袋から取り出した。渋めの緑の帯が上に置かれ、下にはわずかに青を感じさせるシンプルな黒の格子柄の浴衣。そして出しきれていない袋の底には下駄まで入っていた。3点セットだ。

「うわぁー、すごーい」

「気に入った?」

「かっこいー。これって、僕のプレゼントなんだよね? もらっていいんだよね?」

「うん」

「ありがとう」

 嬉しさもあって自然と笑みがこぼれている正悟を見た祥子はとても幸せだった。服なら以前アウトレットや東京へ行った時に買ってあげたが、緊張や疲労や恥じらいもあってかここまで喜んでいなかった。

「これを着て花火大会に行ったら、絶対楽しいと思うんだよね」

 楽しそうに話す祥子の言葉の中に気になる言葉があったのを、正悟は浮かれて聞き逃すことはなかった。

「……花火、大会?」

 デジャヴだろうか、どこか最近聞いたような言葉だった。いやいや、今日この後庄太郎とその花火大会に行く予定をしているではないか。

 文字にして60文字、読めば6秒ほどの内容を1秒で終わらせた正悟だったが、その後の対応に苦慮した。とりあえず笑顔を作った。

「実は今日ね、色々花火大会をやっているの。隣の市で5000発の花火大会があるんだけど、ちょっと車で飛ばせば20000発の花火大会があるの。私としては近くの――」

 あまり頭の中に入ってこない。おそらく近くもいいけど、せっかくだからMINIに乗って2万の花火を見に行こうよ、ということなのだろう。

 しかしながらこちらとしては先約があり、この後庄太郎との花火の約束があるのだ。5千の方なのだが。果たしてこれはどうすれば……いやいや、考えても今回ばかりは友達がいる限り自分の気持ちだけでは解決できない。それにただでさえ日中の遊ぶ約束をドタキャンしたのに夕方の花火大会まで断る勇気もない。おじいちゃんが危篤に……な理由も心苦しい。だとしたらここは正直に言うしかない、正悟はそう結論づけた。

「お姉ちゃん!」

「え、何?」

「実は……その、隣の市の花火大会に友達と一緒に行くってもう約束してるんだ。ごめん」

「あ……なんだ、それならそうと早めに言ってくれればいいのに! やだー、変な事話して恥ずかしい。別に花火なんて今日でなくてもまだやるんだから……じゃあ、今度一緒に行こうね?」

「う、うん。ごめんね」

「謝らなくていいよー。悪い事したわけでもないでしょ? 友達は大切な存在だから大事にしなさいね」

「うん」

 頷いたが、そもそもこの時間は……とは口が裂けても言えなかった。

「ところでさ……」

 そして場の雰囲気を変える意図もあって、

「残りの3つの袋には何が入っているの?」

聞いてしまった。

「………………」

 無視しているわけではない、しかし祥子はその質問にすぐに答えなかった。

「……見たい?」

「いや、その、素直に気になるというか……」

「うん、じゃあ見せてあげる。ただ、1つだけ条件が……」

「条件?」

 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ嫌な予感がした。そう感じとられたと感じた祥子は手を振りながら訂正をした。

「ああ、違うの! ほら、浴衣を今日見ることができないから、その代りにぜひ今日着てみてほしいの」

「あ、そんなこと? うん、それならいいよ。……でも、何着もあるの?」

「とりあえず2着なんだけど、その他小物が色々あってね……。よかった、正ちゃんが着てくれるなんて思ってもなかったから。本当は罰ゲームの予定だったんだけどね」

「………………え?」

 そういえば、今日は賭けにきていたのだ。そして正悟は勝利した。そしてプレゼントも貰った。そこで残るは罰ゲーム用のアイテムしかないだろう。

 あれほど用意周到なトリックを解き明かしたのに、ひどく簡単なロジックに足元をすくわれるとは痛恨のミスだった。果たしてどのような服なのか、罰ゲームということだから何かの着ぐるみとかなのかもしれない。

 想像した正悟の苦い顔が、祥子が出した服を見て、解けて、目が口が鼻がバラバラになった。

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