7-1 じゃあ、どこで遊ぶのか?居間でしょ!
絶賛夏休み中だ。
時刻は午前11時半。網戸にした窓からは熱せられた風が入り込み、南中近くまで昇った太陽から射す日差しがこれでもかと部屋を暖める。
すると只今ベッドの上でうつ伏せになっている正悟は寝ているのか暑さでダウンしているのかが分からなくなってきた。実際接しているお腹は程よく蒸れており、手足は冷たいところを求めて時に動いたりしている。
「正悟、もう起きなさいよー!」
母親・朝子の一声でだるそうにしながらも起き上がった。
下に降りるとまずトイレに行き用をたす。洗面所で手を洗い顔を洗って――鏡に映った自分の顔を見た。
いつもの寝癖は健在。そして自然と頬と唇に視線がいった。追う様に手が痕跡をなぞる。
「……」
それまで敵として向き合っていた女子高生からの突然のマウストゥマウスに何もすることが出来なかった。その後左右の頬に女子中学生からのキス。キスをされたことなんて赤ん坊の時の何かしらを除けば初めてであった。それがあの日は3連発。
「……」
実に賢くて気の強い美樹であったが唇はとてもやわらかかった。リップグロスのしっとりした感触が吸い付くように正悟の唇を捕えて離さない。衝撃的なファーストキスと共に生気まで奪っていった。
その後の2人の中学生による変則的なダブル攻撃にも正悟は対応できなかった。左頬にそっと触れた薫子の小ぶりな唇、柚里香には右頬をしっかりと手を掴まれて押さえつけられるように強いキスをされた。
「……」
その3点を集中的に見ながら正悟は服を脱いだ。これからシャワーを浴びて汗を流す。裸になってボディビルのように格好を決めるも小5相当の背の低さで帰宅部の中学2年生のひょろい肉体など笑いの対象にすらならない。
もう少し肉をつければモテるのだろうか、そうだ1日20回から腕立て伏せを今日から始めよう、きっとそんな思考で頭がいっぱいであっただろう。
「あんた、何してるの。変な事してないでさっさとシャワー浴びなさいよ」
そんな姿を朝子に見られた。
無言で浴室に入る正悟だった。
「これから吉田さんの家と買い物に行ってくるから。宿題もやっておくのよ」
「んー」
正悟は高校野球の地方予選を見ながらお茶漬けをかきこみ、生返事をした。
いつものように1人きりになった。さて、これからどうしようか、最近の傾向を考えると未来予知としては1つしかないのだが果たしてどうな
「こんにちはー」
と、説明する途中でご想像通りの人物がチャイムを押さずに湯谷家を訪れた。
「来ちゃったか……」
テーブルに手を置いて重い腰を上げた。それにしても朝子が出てすぐ、図ったようなタイミングだ。正悟が1人でいるのを阻止するためか、はたまた2人でいる時間をより長くするためか。などと、偶然という案を完全排除して出迎えに行った。
これで何回目のなるのかわからないが、ダブった服を着たのを見たことがない。ポンチョを思わせるほど袖の広がりがあるラフなカットソーにショートパンツ。夏だから、の一言で解決するのだろうが、祥子のセレクトする服はいつも露出が高めだ。
「今日は、なに?」
「今日は、なに? なんてまるで私に会うのが嫌そうな感じみたい」
「嫌じゃない。そんなことないよ。ただあまりによくウチに来るから……」
「……そっか、来ちゃいけないんだ。ごめん、私帰るね」
「だから、嫌じゃないって! その、今日はどこに行くのかな? って色々考えていたから」
「じゃあ、今日はどこの行くのか得意の推理で当ててみてよ」
「え、ノーヒントで?」
「これを見ればわかるでしょ」
「え……!?」
いつも以上に部屋着感が満載の格好から推理しろと言った祥子。しかしラフとはいえ胸元がくたびれたシャツを着ているわけではなく、元がいいのか山でも川でも街中でも十分に通用する姿である。
そして今日はやけに大きなバッグを手に提げていた。空色のトートバッグはファスナーで閉じられ中を見る事は出来ないが、膨らみ具合から何かが入っているのは間違いない。
「はい、残念。正解は正ちゃん家でした」
「え!?」
ヒールを脱ぎながら答えた祥子はそのままリビングへ向かうのだった。置いてけぼりの正悟が後ろを追う。
「これだけラフな格好しているんだから、出かけるわけがないでしょ」
「そ、それはわかっていたよ。でも……そうは見えなかったし」
「見えなかったって?」
「いつもより普段着っぽいとは思ったけど、きれいで似合っていたし、それに今まで外に行っ」
突然祥子に抱きつかれて正悟の発言は遮られた。思えば初めて出会った街中の路上で2回も抱擁を受け以来だ。今は祥子がヒールを履いていないので乳圧は頬の下で感じている。
「もう、いつのまに人を喜ばせる技を身に付けたのよ。昔の正ちゃんは恥ずかしがって絶対言わなかったのに」
「っぷぁ! いきなり抱きつかなくてもいいでしょ。大袈裟だよ」
「……あー、今何だか正ちゃんが私を置いて遠くに行ってしまったような気がしたな。そうだよね、最近とても大人な経験したもんね。私を置いてあの子たちの方に行ってしまったんだもんね」
「ちょ、ちょっと! それ関係ないし」
「あれから今日もきっと鏡を見るたびにキスしたところを気にしているんだろうな。正ちゃんは14歳だから、アメリカだったら州によってだけど親の許可があれば結婚できるんだからね。……うーん、彼女にするならあの赤眼鏡の子かな、奥さんとしてなら銀ぶちの子かも。金髪女は問題外ね」
「ちょっと、もうそれは関係ないでしょ。もう終わった事じゃん」
実にするどい想像力と思わせた祥子の発言も先々まで考えすぎて膨らんでしまっていた。
「何よ。正ちゃんが悪いんだからね」
「ごめんなさい、僕が悪かったです。それより、今日は遊びに来たんだよね。何して遊ぶの?」
このような場合はまず謝った方がいい。祥子は怒っているわけではなく寂しくなっていじけているのだろう。それた道を戻し、関係の修復を図るのが最善だと正悟は判断した。この辺は確かに成長した点だと思う。
「ちょっと正ちゃんをテストしたくなってね……」
「テスト?」
その言葉に夏休みの宿題を思い出した正悟が眉をひそめた。
「テストっていっても勉強じゃなくて、優秀な正ちゃんを見てみたいのよ」
言いながらバッグから中を見せないようにプリントだけを取り出した。
「それ、何?」
「正ちゃんって学校ではどれくらい頭いいの?」
「えっ……真ん中くらいだけど」
「それなのにあの頭脳明晰ぶりはそれとは違う一種の才能だと思うの。学校の授業なんて世の中では役に立たないけど、頭の回転っていうのか、瞬時に思考回路が形成される様は頼もしくて惚れちゃうよね」
「そ、そう?」
「うん。ゲームセンターのあのひらめきと行動力には私も助けられたし。それに彼女たちも正ちゃんの凄さに惚れちゃったでしょ?」
「だっ、だから、もうその話はやめようよ!」
「だから、今日は私が独占させていただきます」
満面の笑みの祥子は果たして天使か悪魔か。
正悟の頭の上にはハテナマークが浮かび上がった。




