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ブロック  作者: 平 啓
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2.遮断(メッセージ・ブロック)

 映し出されたパネルの資料にナツが集中し始める。暇になったアタシは、船長の膝を降りてモニカの脚元に近寄った。その表情から今のところ重要な仕事が入らないと判断し、窺うようにちょっと可愛らしく鳴いてみる。思った通り彼女はアタシを認めるとにっこりしたので、今度は彼女の膝に跳ね上った。

「あんたもとんだとばっちりだったよね。待ってな。今あげるから」

 そう言いながら、モニカは脇にあるダッシュボードからミルクキューブを取り出した。やっぱりアタシの気持ちを一番分かってくれるのは彼女だ――そりゃナツも上等な飼い主だけどね。

 モニカがキューブストローに口をつけるのを、じっと見つめて待つ。気持ち的には前脚を上げて催促したいが、ここは堪えてみせなければ。そこへ隣席のジローが、ちらりと目をよこした。

「図々しいけど、こんなとこは行儀いいんだよな。操縦室ここじゃ計器には決して触れないってのが、猫にしちゃ上出来だ」

 『猫にしちゃ』が気になるけど、努力が報われるのは嬉しい。

「シャスンは天才猫さ。あたし達の言葉だって理解してる」

 ね、とモニカが親しげに頭を撫でまわしたので、目玉がでんぐり返りそうになった。と、鼻先に待望の匂い。

「生温くなったけど、あんたにはいいかな」

 彼女がいつも飲み残しのミルクをくれるので、すっかりストローから飲めるようになった。もちろん少しずつキューブを潰して、ミルクをストローに送って貰わなくちゃいけないけど。

「長丁場の仕事なら、俺達も腹ごしらえしないとな」

 ジローは呟いて、パネルに目落とすナツを肩越しにチラリと盗み見た。

「うう、憂鬱。船長と一緒じゃ、いっときたりとも気を抜けないぜ」

「内緒で聞いている『ニジゲン』音楽に合わせて鼻歌も歌えないってか?」

 モニカが喉から笑いを洩らす

「でもあんなレトロなのを、あんたもホント好きもんだよね」

「 ちっちっ、『オタク』と呼んでほしいね。この間のステーションフリマで、すんごいレアなデータを見つけたんだ」

 胸ポケットからデータチップを取り出したジローはにんまりした。

「売り手は単に大昔のとしか知らない素人だったけど、おそらく最初の二次元アイドルステージコンサートの映像だ。すんごいお宝だろう!」

「しっ!」

 興奮のあまり声高になるジローへ、モニカは口元へ人差し指を当てた。

「それが『パンドラの箱』の最後に残った『希望』かい? 厄災の眼つぶしを顔面に受けたサッコがこれを知ったら臍をかむね」

 前回の輪番時、居住区にいたアタシはサッコがジローの個室に侵入するのを目撃した。何をするのか好奇心に駆られて後から入ると、例の箱に何やら小さな機械を取りつけていじくっている。箱の中身はアタシも知りたいところだったので、大人しく成り行きを見守ることにした。『パンドラの箱』は精密機器を得意とするジローの自作だけあって、そこらの金庫破りには手の出せない代物らしい。だから、しばらくしてサッコが「開いたぞ」と呟いた時には、ちょっと驚いた。口端に浮かんだ厭らしい笑みにはぞっとしたけど、中身への興味には勝てなくて、箱の脇から蓋の開くのを覗き込んだ。瞬間、中から噴き出した大量の粉。駄々漏れる涙と鼻水、焼けつく喉に、加えてクシャミやら咳やらが止まらなくなる。それでも直撃をくらったサッコよりましだったようで、七転八倒の彼は不法侵入の身にも関わらず、ポケットの緊急コールを押したのだ。

 そこへ操縦士を除く三人が駆け付け、状況が知れたと言うわけ。

「しかし、サッコがなあ……あいつがあんなことをするとはなあ……」

 ジローの呟きに、モニカが目を丸くする。

「何、あんなのを少しは買ってたの?」

「だって同じ機械屋だから話も通じるし、見かけはさえないけど人当たりはいいし」

「どの辺の人当たりがいいもんか。なんだい、A級機関士だからって威張りくさって。思い出しただけでムカムカする」

 エン・ケラフ号では船長以外上下の関係はあまりない。もちろん業務上は肩書きが優先するが、日常生活においてはセルフサービスがモットーだ。自分のミールパックをレンジから出して席に戻ったモニカに、後からテーブルについたサッコがどうして機関士にサービスしないのかと苦情を言った。これがこの船のやり方だと返したものの、それでは船の規律が乱れると正論を掲げられてしまう。

 熱くしてくれとのサッコの注文に、モニカが置いたパックはパンパンになっていた。案の定、ちょっと触れただけで勢いよく破裂し、顔面に料理が飛び散ったサッコはあまりの熱さ悶絶した。もちろんモニカは応急処置をしたのだが――

「手近にあったのが雑巾でさ、直ぐに冷えたんだからいいじゃないか」

 怒りの鼻息でアタシのヒゲがなびく。

 まあ、がさつと言われても仕方ないよなと呟いたジローは、手に持ったデータチップを素早く再生口に差し入れた。それを見咎めたモニカが口を開きかけ、受信ライトの点滅で職務へ引き戻される。

「なんだろ、今時」

 パネルに出た通信概要を一瞥し、船長席を振り返る。

「圧縮通信が入ってます。発信元は請負先で、かなりの容量ですが開きますか?」

「請負先から? 追加注文かな。まさかトラブルでもないでしょうに」

 眉を寄せたもののナツが頷いたのを見て、手元の入力スイッチを入れた。

 その途端――

 操縦室の照明が一瞬暗くなり、続いて小人のダンスのような明滅が始まった。光のステップが天井を飛び回る様が愉快で、つい目で追ってしまう。

 と、滅多に映さない3D大スクリーンがパッと浮かびあがる。クラクラする極彩色のストライプが映し出され、上下左右斜めと目まぐるしく流れていく。同じ画像は他のモニター画面をも埋め尽くし、シンクロの妙技を繰り広げた。更にスピーカーからは調子の良い音楽が溢れ出て来て、尻尾が揺れ出すのを抑えきれない。

 アタシはなんだかワクワクしてきたが、ナツ船長を始めみんなの方は呆気にとられ、揃って口をぱかりんと開けている。やがてカラフルな流れは渦を巻いて中心に吸い込まれ、しばしの暗転。すぐに今度は真ん中から文字が一字一字飛び出しては並び、一つの言葉がショッキングピンクででかでかと表示された。

 曰わく。

『M O N I C A』

「……モニカ」

 船長の呟きを合図に、他の視線が一斉に彼女へ集まった。

「な、なに、コレ……え」

 アタシの頭の上でモニカが喘ぐ。その間にも巨大な文字はすっと透き通って、パープルの背景に色とりどりの蛍光文字が、画面いっぱいにびっしり詰め込まれた。

『愛している いとしいハニー 僕の全ては君のもの 熱いハートをどこまでも』

 そんな文章がハレーションを起こしながら、プカプカと嬉しそうに行進する。

「ひでえ」

 ジローの呟きもなんのその、映像の変化は更に目まぐるしい。文字の退場した後には、いきなり真打ち登場とばかりにフラッシュ花火が炸裂し、その向こうから突然現れるライオンのドアップ。轟く咆哮と共に赤い舌と鋭い牙が飛び出してきて、あまりの迫力にアタシは思わず全身の毛を逆立てた。

〈モニカ! やっと見つけたよ!〉

 叫んだのは、ライオンから変わった黒髪黒目の暑苦しい顔。濃すぎる目鼻立ちから、笑顔が火炎砲みたいに噴出している。

「ギャズ!」

 怒号を発しながらモニカが勢いよく立ち上がったので、アタシは床に投げ出された。

〈我が社の下請けとは、これぞ愛の女神の導きに違いな〉

 スイッチの一つが力任せに叩かれ、あっという間に光と音の氾濫は収まった。静寂に包まれた室内には、モニカの荒い息だけが空気を震わせている。

「……遮断ブロックしました。すみません、あたしへの私信でした」

「あ、ああ」

 シートからいささかずり落ちそうになっていたナツ船長が、姿勢を戻しながら咳払いをする。

「今のは、ええ、レグルス・グループの御曹司のギャズリイ・レグルスらしかったが……」

「そうなんですか? あたしには『遊び人のギャッさん』とか、ふざけた名前を名乗ってましたが」

 モニカは喉奥をぐうっと鳴らしながら、シートに腰を落とした。憤懣を抑えている硬い横顔へ、ナツが身を乗り出して窺う。

「で、彼と付き合っているの?」

「付き合ってません」

 つっけんどんに答えて船長へ剣のある視線を送る。

「あたしが男と長く付き合わないことは、船長はご存知のはずですけど」

「ああ、そう、そうね。うん、一回限りがモットーだったわ」

 明らかに落胆の溜息を漏らしながら、ナツはモニカから隣の計測士に声をかけた。

「ジロー、機器チェックをしておいて。あまりの大容量にバグがでているかもしれない」

「アイアイ、マム」

 クククと笑いながら、ジローが計器に向かう。

「あわよくばモニカの伝手で、いい仕事を回してもらおうとか目論んだんだぜ、船長」

「船長にはたくさん恩があるけどね、これとそれとは別よ」

 モニカの口のとんがり具合に膝に戻ることを諦め、アタシは毛皮の手入れを始めた。ライオンにびっくりして逆立ったままの尻尾がなかなか治らなくて、ちょっと恥ずかしい。冷や汗が出た足の裏を、一本一本丹念に歯でしごいては舐めていく。

「あいつが、さっき言っていたストーカーか。でも、もったいないなあ。あの通信費用、俺たちの給料三ヶ月分はかかってるぜ」

 ジローが惜しそうに呟くと、会話を漏れ聞いていた操縦士のアレフが横から口を入れる。

「あれは相当な惚れっぷりだね。彼のどこが不満なんだか」

「馬鹿に惚れられても迷惑なだけ。あたしだって、付き合うからにはそれなり好みがあるんだから」

 モニカの不機嫌な答えが返り、アレフは赤ん坊のような青い目をしばたかせた。

「好みだから、ええ……相手をしたんじゃないのかい?」

「普段は人柄よりも相性優先だからね」

 ふんとばかりの返答に、なんのと言いかけた操縦士へジローが激しく目配せし、やけくそのように声を張り上げた。

「船長、異常ありません!」



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