王子様と復讐とお姫様
長いです。「王妃さまの副業」と同じ世界のお話です。
私には夢があった。歴史だけは古く始祖五国と呼ばれる小国。水と森の国 海華の王の側室・・・それもとっくの昔に飽きられた側室の生んだ王女である私には難しいことかもしれない。
だが私は叶える。どんな手を使っても絶対に!
脳裏に浮かぶのは長年私とお母様を馬鹿にし続けて来た憎き王妃と彼女の生んだ王位継承権第一位の姉王女の勝ち誇った顔。
「ふん!今に見てなさい!必ずその愉悦に満ちた顔を屈辱と怒りと敗北で塗り替えてくれるわ!ふふふっあ〜〜〜〜〜ははははっ!!」
決意も新たに高笑いをあげる15の誕生日の朝は
「朝からうるさいわよ!!」
安眠を妨害されすこぶる不機嫌なお母様のげんこつから始まった。
今、我が国には双翼と謳われ、この世界で1番栄え、強い大国の一翼 夜来の第三王子 彼方殿下が来ている。
人外美形との噂に違わない・・・・どころか想像の遥か上を軽々と越えたその美貌に誰もが魂を抜かれていた。
(私?男に現を抜かす時間があるなら効果的な厭味、嫌がらせを考えるわ!)
それは勿論憎き姉姫も例外ではない。
王に拝見する彼方殿下を見る瞳は潤み頬はばら色に上気していた。
(・・・・墜ちたな)
トロトロに蕩けた恋する乙女の顔に私は心の中で呟く。別に姉王女が誰に惚れようが私に害がなければ関係ない。実際美形に目がなく惚れっぽい姉なのだ。いつものことと斬って捨てるのはたやすい。
(でも・・・・・・)
地位も顔も財産も好条件。夜来の第三王子は後ろ盾としても婿養子に貰うにも都合がいい。
(・・・・・・・・・)
姉王女に目をやれば餓えた肉食獸が舌なめずりしているような目で彼方殿下を見ていた。ちょっと目を離した隙に美しさに浮かされた恋心に私が思い付いたような打算が浮かんだようだ。
恋心に打算・・・・それはなによりも強い執着となって姉姫の心に深く深く根を張るだろう。
もしも・・・・・。
脳裏で囁いたのは悪魔か天使か。
(もしも、そこまで執着した相手が見下してきた格下の妹にとられたら?)
ぞくりと身体の中を走ったのは悪寒ではなく歓喜。小さい頃からずっとずっと願続けたあいつらを屈服させる方法を今、私は見つけた。
方法を見つけたからと言って実行出来るかっていうとまた違うよね・・・・・・・・。
打倒 王妃&姉姫を掲げてきた私。頭の中を占めるのは憎らしいあの二人をいかにして懲らしめるかとかはらわた煮え繰り返る奴らとのドス黒い思い出達ばかり。そこに恋だの愛だの薄っぺらい甘ちゃん感情が入り込む隙間はない。
何を言いたいかと言うと。
「男をたぶらかすって・・・・・・どうやるの?」
嗚呼、痛い!痛すぎる!致命的かつ根本的な問題発覚!!男なんて目もくれずに復讐に突っ走った十五年と二ヶ月。嫌がらせの対処と仕返し、毒舌ばかり磨きに磨いた結果・・・・。
色気も洒落っ気もない男から見て魅力などない娘が一人出来上がっていた。
(どうする?どうするの?)
諦める?
駄目!これ以上姉姫を完膚ないまでにへし折れる復讐はない!
よって諦めるは却下!
(でも・・・私は綺麗じゃないし、色気もない上にテクニックもない)
ナイナイ尽くしの上たぶらかす相手は神様のような美貌に大国の王子という立場と男とは思えない色気とカリスマを兼ね備えた王子様。
美女を選びたい放題の相手を美人で胸の大きい姉姫より自分に夢中にさせて奪うなんて芸当できる?
私に出来る芸なんて元大道芸人だったお母様から教わった声真似や玉乗りなどしかないわ!
「さ、先行きに黒いもやもやしか見えない!」
大道芸って!そんなんで男が誘惑できるか!
玉乗りしながらジャグリングして流し目?もしくはナイフ投げで林檎に当ててから愛を叫ぶ?
拍手しか貰えんわ!
「うぁ〜〜〜〜〜〜〜ん!!八方塞がりだぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
バンバンと枕を叩き全力で雄叫びをあげた私だったが・・・・・。
ドドドド!ガチャ!
「今、何時だと思ってんの!?子供は速やかに静かに寝なさい!」
今まで眠っていただろう乱れた寝間着姿で現れたお母様によって私は強制的に眠り(気絶)につかされた。
悩んで悩んで・・・・悩んでいる間にも彼方殿下の滞在期間は過ぎていく。
その間、姉姫はそりゃもうあからさまにアタックをかけている。幸いにも彼方殿下は全く相手にしていないようだけど彼も男、いつクラリと靡いてしまうかわからない。そんなことになったら復讐がパアだ。
行動にでなければならない。だけどどうすればいいのかわからない。
八方ふさがりとはまさにこのことか。
はぁ、最近は寝ても覚めても彼方殿下のことばかりだ。
悩みは尽きない。だからついぽろっとお母様とお茶をしていた時に聞いちゃったのよね。
「ねぇ、お母様・・・」
「何?そんな深刻な顔して。また王妃と厭味の応酬?それとも一姫様と毒舌合戦?言っておくけど新しい嫌がらせの相談は断るわよ」
母よ。なぜ、私が深刻な顔をしていたら厭味やら毒舌などという単語が結び付くのですか?
言葉にしない私の気持ちを読み取ったのか母はつやつやの葡萄の皮を剥きながらニヤリと笑う。
「あら、だってあんたの様子が普段と違う時ってたいていあの二人がらみじゃない」
あっけらかんと答えた母の言葉に私は憮然となる。
なんだそれは。それじゃ私が常日頃からあの二人に振り回されてるみたいじゃない。
「違うわ。あんな奴らの言動に私の心はかけらたりとも動きはしないわ!」
「はいはい。そうでしたね〜〜〜〜〜」
「お母様!ちゃんと聞いてるの!」
何かただをごねる子供を見るような目を(イヤ、実際お母様の子供で年齢もそう言われる年齢だけど)向けられて私も少しむきになる。
「聞いてるわよ〜〜〜?で、あんたは何をそんなに考え込んでるの?」
「・・・・・・・・」
この流れで相談するには私の心は少々むくれていたのだが私が八方塞がりなのは確かだ。それに母は十人並の容姿で平民出であったにも関わらず長い間王の寵愛を受けきた人だ。
今は王の訪れが絶えて久しいがそれでも男を誘惑する手練手管は持っているはず!
そうだ、救世主はこんなにも身近にいるではないの!
まさに天啓が降りた気分で身を乗り出す。
「お母様さま。男を誘惑して自分に夢中にさせるにはどうすればいいかな!」
私が勢い込んでそう言った途端。給仕をしていたメイドは皿に乗せようとしたイチジクのケーキを取り落とし、お母様は口に含んだ紅茶を盛大に噴き出すとゲホゲホと咳込み始めた。
「ちょ!大丈夫!!」
「ゲホ!大丈夫・・・・じゃなくて!!突然何言い出すの?!」
咳込んでいたお母様がものすごい形相で私の腕を掴んでくる。
ヒィィィィィィ!!!怖過ぎます!お母様!
「何!!誘惑って何!そんな相手あんたいるの!」
「いると言うか・・・誘惑したい?なんか最近、寝ても覚めてもその人のことばっかり考えちゃって」
姉姫への復讐のためにどんな方法を使ってでも彼方殿下を私に夢中にさせないといけないからね。
「寝ても覚めても・・・・・・・はう!」
何をそんなに衝撃を受けたのかお母様の手が放れゆらりとその身体が揺れた。それを同じく真っ青になったメイドが慌てて支える。
「命玉さま!お気をしっかり!」
「え、ええ・・・大丈夫、大丈夫よ・・・・誘惑・・・誘惑って・・・ふっ、まだまだ子供だと思っていた娘が大人の階段全力で駆け登っていたことに気付かないなんて母親失格ね」
「いいえ!命玉さま!わたくしも二ノ姫さまはまだまだ王妃さまや一ノ姫さまとの厭味合戦、嫌がらせ合戦に熱をあげて恋やら愛やらには全く見向きもしないお子様・・・いえ、純真なままだと思ってましたから!」
「そうよね!?誰が見てもこの子が異性を誘惑するほど女の子らしい乙女思考を形成してたなんて思いもしないわよね!」
「はい!」
力強く酷い内容で頷き合う実の母とメイド。・・・・本人目の前にして酷すぎだよ。なにやら話が微妙にズレて伝わっているような気がしてならないのは何故だろう?
結局、私には理解できない盛り上がりを見せたお母様達から置いてきぼりを喰らったため有益な情報を得ることは出来なかった。
やっぱり頼れるのは自分だけよ!!
他人を頼ろうとした私が馬鹿だったのね。復讐は私一人で華麗に遂げて見せるわ。私の手にあるのは王主催の舞踏会の招待状。王主催なら勿論来賓である彼方殿下も出席されるはず!
ここで一発逆転。今までの遅れを取り戻させて貰うわ!見てなさい姉姫!
「ふふっ!あ〜〜〜〜〜〜はははははははははっ!」
ベットの上で仁王立ちで高笑いを響かせる私。
ドドドド!!
うん?遠くから聞き覚えのありすぎる地響きが・・・・はっ!
誰の足音か気がついて扉を押さえるよりも早く足音の主が扉を蹴破った。
そこに立つのは顔を赤く染め前回以上に服を乱している母の姿。ちょ、どんだけ寝相が悪いのよ。それに虫刺されらしき赤い痕が転々と胸元にあるような・・・・。
「子供はさっさと寝なさい〜〜〜〜〜!二度も邪魔してからに〜〜〜!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!ごめんなさいぃぃぃ!だから的当て用ナイフは勘弁してぇぇぇぇぇ!!」
どこから取り出したのか数十本ものナイフを軽やかに投げ付けてくるお母様から逃げながら「睡眠邪魔されたぐらいで我が子にナイフ投げ付ける普通!?」と実の母の非常識さを嘆いていた。
「二ノ姫さま!こちらの薄青のドレスはいかがですか!」
「いいえ!姫さまの青の髪にはこっちのドレスの方がいいわ!」
「姫さま!髪はこのような感じでよろしいですか?」
「・・・・・もう、好きにして・・・・・・」
舞踏会当日。さあ、誘惑するわよ!と意気込んだ私だったがおめかしの段階で気力をごっそり持っていかれていた。
普段、着飾ることから逃げ回っていた私が自ら綺麗にしてくれと頼んだらメイド達がそりゃもう張り切った。
朝から引っ切り無しにドレスを選び、アクセサリーを選び、小物を選び、髪型、化粧、諸々準備が整う頃には満足そうなメイドと着飾られげっそりな顔なった私がいた。
(コルセットきつ!顔は化粧でベタベタするしドレスは動きずら!)
満面の笑みで送り出してくれるメイド達に内心の愚痴を悟られぬように笑みを返しながら私は会場へと向かった。
さぁて!少々死ぬような目にはあったが戦装束は万全。いざゆかん!復讐というなの誘惑の戦場へ!!
「あの!」
「彼方殿下、今日の御召し物素敵ですわ!」
ゲフ!ひ、肘が腹に・・・・。い、いたい・・・。
「ちょ・・・どい・・・」
「彼方さま!お飲み物はいかが?」
ガツ!よ、容赦なく押しのけられた・・・・!
流石は彼方殿下。彼の回りには少しでも相手をして欲しい女の子達の生け垣ができており、一種の防壁として私の前に立ちはだかっていた。
何度も何度も突破するべく試みるのだが結果は惨敗。
というか・・・なんで姉姫は易々と突破してちゃっかり彼方殿下の隣を確保してんのよ〜〜〜〜〜!
頬をばら色に染め、我が物顔で彼方殿下の隣で笑っている姉姫を私は人垣の間から見た。
くう〜〜〜〜〜!!何で!どうして!
まるで私の行く手を阻むように少女達はささっと見事な連携を見せた。
これって・・・絶対、姉姫の嫌がらせだ!
きっと睨み付ければ私の視線に気付いた姉姫がふふんと鼻で笑って見せ付けるように彼方殿下にとびっきりの笑顔を見せた。
(は・ら・た・つ!)
絶対、ぜ〜ったいにその勝ち誇った顔を屈辱で歪めさせてやる!
まるで一枚絵のように美しく見える姉姫と彼方殿下の元に無理矢理にでも特攻してやると足を踏み出した私だったけど背筋を走る悪寒とパチリと扇を開く音に私は即座に戦闘体制に入った。
振り向くとそこには美しく着飾った妙齢の女が一人。
豊満な肉体に色気を隠しもしない艶っぽい笑み。真紅のドレスを翻し、威風堂々と君臨する女。
海華国王妃 朱理。天敵との遭遇に私の頭の中から彼方殿下のことなんかきれいさっぱりと消え去り目の前の王妃との戦いに意識が変わっていた。
(でたな!女怪!)
にっこり笑顔で戦闘準備を整えながらも心の中で盛大に毒づく。まあ、現実でも遠慮なく毒、はくけどね♪
「ご機嫌よう。王妃さま。相変わらずの若作りですね」
「おやおや、色気のかけらもない二ノ姫は相も変わらず臍曲がりな発言ばかりをするのう」
「あはは、私、正直者だからお世辞って言えないんですよね」
「ふふふ」
「あはは」
白々しく笑い合う。私は微笑みながら開いた扇で口元を隠し、感心したような声を出す。
「王妃さまの本日の衣装は本当によくお似合いですわね。本当に(ボソッ)歳には見えませんね。いい年して何露出過多な恰好してんですか〜メイド達も歳を隠すの苦心しましたね〜なんてかけらも思い浮かばないほど美しいですよ」
にこり。
邪気のない笑顔で邪気を多分に含んだ厭味に王妃の顔が一瞬引き攣る。
が、相手は一国の王妃。それにさすがは私の宿敵。
すぐにその美しい顔に「魔性」と噂される色気ムンムンの笑みを浮かべ反撃してきた。
「おほほ、お主こそ今回は何時になくめかし込んでおるではないか。野性のコザルをここまで見れるようにしたメイド達の腕はまさに神がかっておるの。存分に褒美を取らせるとよいぞ」
不覚にも口元が少し痙攣してしまった。
(私がコザルならあんたは妖怪だ!よ〜かい!一般生物のわくを超えてるわよ!)
「おほほ」
「ふ、ふふふ」
笑いが若干掠れたのは気のせいだと思いたい。
ちなみに、私と王妃の和やか(外面のみ)会話に割って入る猛者はいない。
私達の厭味、毒舌の応酬はいつものことなので周囲も既に放置である。
王は見てみぬ振り、お母様は公式の場を嫌っているから不参加。姉姫は今は彼方殿下にべったりだけどそうでなかったらこの和やか会話に嬉々として参戦してくる。
つまり、止めれる人間がいない。
ある種、私と王妃の独壇場である。
「お〜〜〜〜〜ほほほほ!なんじゃなんじゃ、折角めかし込んでも着慣れてないのが丸わかりじゃぞ!」
「あ〜〜〜はははは!流石歳の甲。目敏いですね。まるで嫁をいじめる姑のようですよ?」
だから私達の会話は止まることはなく・・・・。
気付いたら音楽が変わりダンスが始まっていた。着飾った男女が手に手を取り合いダンスフロアへと繰り出していく。
慌てて彼方殿下を捜せば・・・・・ああ!!!!!!!!
あんぐりと口を開ける私の目に頬を染めながら彼方殿下にエスコートされる姉姫の姿が!
(ああ〜〜〜〜〜〜)
頭を抱える私を他所に美しい王子様と王女様のダンスに周囲から感嘆の声が幾つもあがる。
それは確かに感嘆するほど美しい光景だった。
だけど、私には・・・・『お前が何をしょうともあの高貴な血を引き誰からも愛される娘に叶うわけない』と嘲笑われている気持ちになった。
ちっぼけで賎しい自分と無理矢理対面させられたようで胸が痛かった。
「馬鹿みたい・・・」
誘惑するんだ復讐するんだと息巻いて嫌いなドレスや化粧までしたのに結果は彼方殿下に認識すらしてもらえず、こうして姉姫が幸せそうに彼方殿下と踊るのをただ隅っこから見てるだけ。
「馬鹿だ、私」
復讐しようとして逆に私が惨めな気持ちにさせられるてどういう状況よ。
「本当に、馬鹿だ」
呟いて惨めな気持ちをごまかした。
舞踏会から数日、悶々とした日々を過ごしていた私は自室近くの人気のない一画で趣味である大道芸の練習をしていた。
「よっ・・・・と」
投げたナイフが的である小さな板の中心よりやや左下に刺さる。
う〜む。鈍ったかな?
お母様から色々な芸を教わった私が1番得意なのはナイフ投げ。
時たま下働きの人達に芸を披露したりしてるが・・・・まあ、私が王族ってことを抜きにしてもそこそこ見れる芸は出来ていると思う。勿論本業の人達に比べれば全然なっちゃいないし、芸で自分の生活支えてたお母様の芸には敵わないけどね。
板に刺さったナイフを抜いて刃こぼれがないか確認したあと専用のケ−スに納める。
「ふう・・・・少し気が晴れた」
何も考えずただひたすらに玉乗りやら綱渡りやらピンを使ったジャグリングやらナイフ投げやら出来る限りの芸の練習に没頭した数時間は私の悶々としたものを振り払ってくれていた。
「うん!落ち込むのも馬鹿らしいわね!」
切り替えの早さは自他共に認める私の長所。グチグチネチヌチ落ち込むような性格ではあの女怪、女キツネと長年やりあえない。不死鳥のような精神と反骨精神と図太さがあいつらとの戦いに必要不可欠なものなのだ。
「邪魔の一つや二つどうってことないわ!!考えてみればあのぐらいいつものこと!!寧ろ温いわ!見てなさい!私は負けない!華麗に復讐を遂げて見せるわ!ふふ・・・・あ〜〜〜〜〜〜〜ははははは!!」
完全復活を遂げた私の高笑いが中庭に響く。
胸をはり意味もなく高笑いをあげる私の背後でパチパチと手を打つ音と感心したような無駄にいい声が耳に届いて笑いが中途半端に固まる。
「何だかよくわからないけど凄いね。無駄に熱い決意が私にまで伝わってきた」
天上の神さまが奏でる音楽だってここまで美しく心地良く感じないだろうと誰もが太鼓判を押す稀有な美声がナゼか私を褒めていた・・・・のか?
ちょっとした疑問を現実逃避気味に考える私に近づく足音と美声。
これって・・・これって、もしかしてまさかひょっとして?
振り向けば予想通りの文字通り神様だってタラシ込めるに違いない人外美貌が飛び込んできた。
「ひょっとした〜〜〜〜〜!!!!!!!」
「・・・何がだい?」
私の絶叫に夜来の王子様は不思議そうに首を傾げた。
なんで。どうして。ここに現れるはずのない人がここにいて、私の独り言&高笑いを聞かれた揚句拍手されて奇声を聞かれてるの?
理解不能。思考停止。色々突っ込み所はあるけど腰に手をやり高笑いをしている状態で彼方殿下と見つめあっている現状が1番理解できない!!
気分はうっかり猛獣の前に飛び出して動けなくなった小動物。
目を逸らしたら殺られると言わんばかりに目を見開き彼方殿下の極上の黒瑪瑙を思わせる瞳を凝視する。
正直もの凄く見苦しい形相だと思いますよ。ええ。やめられませんけどね!
感情の読めない彼方殿下の麗しいお顔と見つめ合う。・・・・どちらも目をそらさない。
さらに見つめ合う。というか頼むから目をそらしてください!そして何か喋ってください!こっちはもう色々なことが一杯で身動き取れないのよ!まじまじと観察しないで!
等という心の叫びは全く彼方殿下には伝わる様子はなく(当たり前)彼は何がそんなに面白いのかじっと私を見続ける。
いかん・・・対処できない事態に絶望しそう。
涙が浮かびそうになるのを目を全力で開眼することで堪える。
そんな私を見た彼方殿下はほんの少しだけ目を瞬いてから華よりも綺麗な笑みを浮かべた。それはきっと誰もが見惚れ、一生忘れないとてつもなく「綺麗」な笑顔。
なのに、どうしてかな?私の無駄に鍛えられた危機察知能力が全力で「逃げろ!」と警告してくるんですが!!なんで!どうして!この美しい笑顔に陶酔することなく猛獣の牙を首筋に向けられている気分に陥ってるんですけど!
「ねぇ、なんで逃げているの?」
言われて初めて無意識の内に彼方殿下から距離をとろうと後ろに下がっていたことに気付いて愕然とする。どうやら頭より体の方がいち早く逃げようとしていたらしい。
「あっ・・・・・」
「ふむ、また逃げた」
彼方殿下が一歩踏み出すと私の足が一歩後ろに下がる。もう自分ではどうしようもない。
彼方殿下が近づく、私が逃げる。私が一歩下がれば彼方殿下はその長い足で二歩分縮めてくる。ここまで来たらもう軽く混乱状態。目もそらせないまま、後ろに下がり続けていた。
「ふっ」←楽しそう
「・・・っ」←泣きそう
敢えてどちらが誰かなんて明記しない。
ただ不幸なことにどんな場所にも果てがある。とんと背中に庭の木が当たった。その感触に意識をそらした一瞬で距離を一気に詰められ、顔の横には囲うようにつかれた腕。息がかかるぐらい近い位置には今、私を恐怖と混乱の世界に強制的にご招待した彼方殿下のお顔があった。
・・・捕獲、された?
脳裏に嬉々として獲物に襲い掛かる猛獣の図がくっきりはっきり見えたのですけど、これいかに。
猛獣・・・ゲフン!失礼。彼方殿下は何が愉しいのか満面の笑顔だ。王との謁見も舞踏会もここまでの笑顔は浮かべてなかった。見せていたのはどこか冷たい、美しいからこそ余計に人形めいた笑顔ばかり。なのに今、私の間近でみせているのは鮮やかな血の通った・・・それゆえに美しく魅力的な「人間」の生の感情で作られた笑顔。
愉しくて面白くてしょうがないことを隠そうともしない。
その笑顔を向けられた先である私は顔が引き攣り冷や汗が止まらず、全力でこの場から逃げ出したかった。
「ねぇ、二ノ姫?」
「ふあい!?」
しまった恐怖の余り舌が縺れた!というか私が二ノ姫だってよくわかった・・・・って海華王族特有の青の髪見ればわかるか。あはは、私、こんな恐ろしい男を誘惑しょうとしてたんだ〜〜〜ムリムリ。これは無理。外見が釣り合わない云々じゃなくこんな本能から恐怖を感じる男に近寄るのは無理!
復讐より命が惜しい。
というか一の姫・・・よくこんなのに惚れて、アタックできるな・・・今生まれて初めて彼女を尊敬した。私はムリ。絶対にムリ。近寄りたくない。
そう、心から思ったのに。神さま、始祖王さまがた、貴方達は私にどんな苦行を強いる気なんですか?
「貴女の名前を教えてください」
私、涙が止まりません。ええ、恐怖と驚愕で。
ここで突然ですが我が故国 海華の王族独自の風習の説明をしましょう。海華の王族は結婚相手が決まるまで名前を血縁以外に明かしませんし呼ばせもしません。
血縁以外に名前を自ら教え呼ばせることはとても重要で神聖なことなのです。
海華では名前は魂を縛るものとされている(この辺の考え方は言魂使いだったという始祖王さまの影響)。そのため王族が名前を明かすことはそのまま魂ごと貴方のものになりたいという意味で生涯の伴侶への最大級の求愛行動なのです。
常識として知れ渡っているこの風習を知らないはずのない彼方殿下が私の名前を教えて欲しいということはつまり私にとっては結婚して欲しいという言葉と同義である。
私の混乱具合がこれでわかって頂けるだろう。
本能で恐怖を感じる男に求愛されても感じるのはやっばり恐怖だけだよね!
涙目で首を横に振って拒否を表す。
無理無理絶対に無理。色んな意味で無理。どう考えても無理!
「むりです!」
涙混じりの濁声で否定すれば。
「あはは。絶対に聞き出す」
麗しの笑顔で(私にとって絶望的な)宣言をされる彼方殿下。
泣いて嫌がってる女に無理強いするなよ!一国の王子!!
というか何がどうなって・・・・彼方殿下に迫られる羽目になったの私~~~~~~!!
「あ、やば・・・やっぱりいい泣き顔・・・・」
ぼそりと呟かれた不穏極まりない単語は半泣きで混乱していた私には届かなかった。
無理、なのに・・だったはずなのに・・!私の抵抗も周囲の邪魔も彼方殿下はどこ吹く風と全て蹴散らし、ついでに私の家族に対する様々な勘違いすら明らかにした揚句、詐欺のような手口で名前を聞き出された私がニッコリ笑顔の彼方殿下に花嫁衣装を無理矢理着せられ誓いのキスを問答無用で奪われるるはめになるのは・・・この時からそう、遠くない未来だ。
「ヒィ〜〜〜!無理です!勘弁してください!」
「無理じゃないし。だって君、私を誘惑する気だったんだよね?よかったね。願いが叶ったよ」
「なんで知ってるんですか!っていうかこんな結末は望んでない!」
おしまい?
短編を書こうと思ったら予想外に長くなった作品。タイトルも二転三転してます。
これは彼方殿下視点も書きたいです。