眠り姫
夜、終電が駅に着いた。
ほとんどの客は降りており、車掌は見回っていく。
秋は静かな夜であり、月でも愛でたいと思いつつ、座席を確認していくと、1人の少女が眠っていた。
制服を着ているので、女子高生だと分かる。
ーぐっすり眠っている。
気持ち良さそうに、良い夢でも見ているのか、微動だにしない。ゆっくりさせてやりたいが、もう終電なので、どうにかするしかなかった。
「あの、お客様、あの」
まずは声をかけてみたのだが、反応がない。
だから強めに言ってみる。
「あの!! お客様、着きましたよ!!」
「うーん…」
少し反応があったが、すぐに元に戻ってしまう。
困ったなと思いつつ、車掌はどうしようかとか腕を組む。
ーセクハラで訴えられても困るしな。
下手に触って、騒がれたら困る。
今、セクハラやパワハラが問題になっているので、どうしようかと迷う。
ーやっぱり声だけかけるか。
そう決めると、口に手を当て、大声を張る。
「あの!! お客様!! 起きてください…!!」
「うにゃ…? おえ…?」
お、反応があったと喜び、車掌は続けて叫ぶ。
「もう皆、降りられたんです!! あなたも早く家に帰らないと!!」
腕時計で時刻を確認すれば、家族が心配する時間帯だった。
学校で何をしていたのかは知らないが、1人で、しかも女の子が眠りこんでいるのだけは避けたほうがいいと、車掌は心配になってしまう。
「お客様!! お客様!!」
「え…。何? うるさい…」
徐々に反応があるので、手応えを感じ、車掌は続ける。
「家族が心配しますよ!! 早く起きないと、警察に連絡します」
警察に連絡するというのは嘘なのだが、少女には効果があったようだった。
「警察…!! …って、ここはどこ?」
「はあ…? 電車の中ですよ、電車の中」
やっと起きたと思ったら、今の自分の状況が分からないらしい。
仕方がないので、丁寧に教えてやる。
「もう最後の駅に着きましたよ。早く降りてくれないと、俺達も困るので、失礼ですが、起こしてしまいました」
「最後の駅…。…嘘!! やばいじゃん!!」
少女がいきなり立ち上がったので、車掌はびっくりして、身をわずかにひく。
少女は左右を見ると、自分の状況を確認しようとしているようだった。
「最後の駅に着いたのか…。そうか、着いたのか」
繰り返し言うので、酔っぱらっているのかと、鼻を澄ましてみるが、アルコールの香りはしなかった。
まだ半分、寝ぼけているのかもしれないと思ったが、少女を促す。
「さあ降りて。家に帰って、ゆっくり寝たほうがいい」
「…そうします。失礼しました」
少女はバッグを持つと、車掌に頭を下げてきた。
バッグには、たくさんのぬいぐるみがついており、今、流行っているのかと判断する。
「じゃあ車掌さん、バイバイ」
「はい、バイバイ」
手を振ると、少女は笑って返してくれる。
明るいらしく、リズミカルに進んで行くのだが、ふと足を止める。
「どうしたの? 早く降りないと」
「いや…その、降りる駅、ここじゃないんです」
「はあ!? 一体、どこなの?」
「えっと…2つ、3つ? 前くらいの」
駅名を言われ、車掌はああと納得する。
その駅ならとっくに過ぎている。
全く、油断だらけの少女に、車掌は1言、言いたくなる。
「自分の責任は自分でとらないと。とりあえず、スマホで家族に連絡して駅に来てもらって」
「は、はい。えっと…スマホ、スマホ」
バッグをあさると、懐かしいテキストなどがちらりと見える。
ー学生時代、懐かしいな。
何も怖くなかったあの頃。
喧嘩してもすぐに仲直りしたり、皆で色々とはしゃいだり、楽しい記憶ばかりが蘇ってくる。
ー全く、女の子1人で危ないだろうが。
少女が電話している姿を見、車掌はじっと待つ。
「あ、もしもし。お母さん? 実は…」
事情を言う少女は少し緊張しているようだった。
車掌は表には出さず、内心で早く迎えに来いと願う。
「分かった。うん、うん。じゃあ」
少女がスマホを切ったので、車掌は聞いてみる。
「どうだった?」
「迎えに来てくれるそうです。良かった…」
怒られるとでも思ったのか、少女がリラックスするのが分かる。
「車掌さん、車掌さん」
「何だい?」
「起こしてくれたお礼に、これあげる」
差し出されたのはグミで、車掌は両手を前に出して断る。
「いいから、すぐに家に帰りなさい。分かった?」
「うーん、もう少しかかるんだよな…迎えに来るまで。どうしよう」
「どうしようって…どうしよう」
車掌も顎に手を当て考える。
待合室に案内しようかと思うのだが、制服姿は目立つので、変な虫がついたら困る。
かと言って、車掌もやることがあるので、少女ばかりに構っていられなかった。
「人のいるところへ行ったほうがよくないか?」
「人のいるところ…。どこだろう」
「それは…。うーん、困ったな。俺も忙しいんだけど」
本音をこぼすと、少女が申し訳なさそうに言う。
「ここにいたら駄目ですか?」
「ここに? 別にお客様がいないからいいけど…」
少し迷ってから、車掌は答える。
「しょうがない、特別にここにいさせてあげるから、親が来たら、帰るんだぞ?」
「は、はい…!! ありがとうございます」
「じゃあ、俺は行くから」
そう言って別れようとしたのだが、少女が慌てて袖を掴んで、動けなくなる。
「何? どうしたの…?」
「いや、淋しいなと思って。LINEとかして、時間を過ごせばいいんですけど」
「そうしろ。俺も忙しいんだよ」
そう言いつつ、周りを見回す。
駅のホームに降ろすよりは、電車の中のほうが安全な気がした。
「あ、電話だ!!」
少女がふと呟き、電話に出る。
車掌はじっと見つめると、少女は軽快に会話していく。
「うん、うん。分かった。今、行く」
スマホを切ると、少女は車掌に言ってくる。
「ありがとうございました、車掌さん。もう少しで着くようなので、駐車場に行きます」
「そうか。気をつけて」
「はい…!! お世話になりました」
育ちが良いのか、ちゃんと頭を下げてきたので、車掌は感心する。
ー今時の娘にしては珍しい。
少女は気が楽になったのか、跳ねるように降りていく。
車掌はそれを見届けると、移動し始める。
ー俺も仕事を終わらせて、早く帰ろう。
家が恋しくなり、車掌は忙しそうに動き出すのだった。




