うめつばき
私には、走る仲間がいる。冷たく
堅い仮面をつけた仲間。
私とお揃いだ。
横並びの門の前に立つ。扉が開く。
[chapter:ペガサス]
私たちは一斉に走り出す。翼を広げて。
土煙が激しく立ち上る。
私は皆の後ろにいる。
結果は最下位だった。
私は競馬のペガサスだった。
幼少期から訓練を受けている。だけど
仲間よりスピードが遅く、なにより
翼が生えてこない。
仲間の翼をみるたびに
私の自信が削られる痛々しい感覚。
先輩が肩にのしかかる。
「ウメ。自販機から人数分の飲料を買ってきてくれ。」
自販機で人数分。人数は三十人。そして
すべて私の自腹。
いつものことだ。だが、借金も使って
次第に額が増え、返済が難しくなるばかり。
上の方が通りかかり、
あることを告げた。
借金が膨らみすぎるため、
明日から私は
しばらく出場休止ということだった。
何かと抵抗はしたが、
すでに決定事項だった。
飲料を配り、私は競馬場を後にする。
辺りはすっかり暗くなっていた。
道路は見事に渋滞している。
私は二足歩行で歩いている者を見かける。
二足歩行なら、
もっと早く走れるのではないかと、
妄想する。
道路は魔馬だらけだ。
魔馬とはペガサスやユニコーンに進化する
前の姿だ。
幸い、私は、列の最後尾だった。方向を変え、
別の道へUターンすることにした。
家に無事到着。
そこで異様な光景を目にする。
庭の芝生のど真ん中に人影が見える。
人影は横になっていた。私は、
恐る恐る人影に近づいてみる。
顔を見たとき、
ストンと緊張がほぐれた。
その人影は、私より小さい少年だった。
私は少年を抱え、ベッドまで運んだ。
ベッドに近づくと少年が目覚め、
彼は私に気づく。
「ぎゃあーーーー!!!待て待て待て。どこ?!
オマエ、マジで何する気だよ?!」
少年の声がうるさい。
「わざわざベッドに寝かせようとした
だけですよ?」
「ベッドって……ここ、馬用の小屋だよな?
服に匂いがうつるわ!!」
機嫌を悪く見せた方が、よかったのかもしれない。
視線は彼の足に向いていた。
「何をジロジロ見てんだよ。」
「二足歩行………いいな。」
足を触ろうとしたが、彼は暴れ、
早足で小屋の壁に隠れてしまった。
翌朝、私は彼が小屋の屋根で
眠っていたことを知る。
足場は脚立で不安定だ。
彼の寝顔は
幼い子どものように初々しくみえる。
心を奪われてしまいそうだ。
彼が目を覚ました。
「ぎゃああーー馬!!?」
また悲鳴を上げる。昨夜と同じ反応。
「私からすれば、君の方が不審者ですよ。」
少年が黙る。
突然、空から赤い矢が少年に突き刺さった。私は
驚いて後ろにのけぞる。
彼が手を伸ばす。
下を見ると、
脚立はすでに倒れていた。
彼は屋根から降り、矢についていた
紙を広げる。文章が書かれていた。
私の知っている文字ではなかった。
彼は紙を閉じ、
顔を私に向ける。
名前を彼に告げると、
表情が凛々しく変わった。
「ウメ、俺の……使い魔になってくれ。」
[chapter:美女]
突然意味不明なことを言い出す。
「あなたの使い魔になったとして
私自身にメリットがありますか?」
少年は少し考えた。
「俺は受験に合格できる。悪魔に食べられない。馬鹿にされない・・・・。」
少年自身のメリットばかり流れてくる。
目線を背ける私。
「稼げる、あと・・・・」
私は目を大きく見開く。手を組めば、
借金を返せるかもしれない。
「やりましょう!」
突然の声高さに驚愕する少年。
彼は大きな布を取り出し、
私にかぶせる。布が視界を遮る。
首を縦に振ろうとするが、
少年が顎をなでる。
落ち着きを取り戻し、私は少年を見る。
少年の顔が大きくなる。
身体周りがキラキラ光りだす。
前足が手に変わる。
身体の異変を感じた私は、
窓ガラスへ駆け寄る。
魔馬が写っていない。そのかわり
見知らぬ少女の姿が写っていた。
前足・・・・手で顔を触る。
とどかない場所まで手が届く感覚。
口角が上がる。
布が風になびく。肩に手をつき
頬をくっつける少年。
「ふーん。かわいいじゃん。
足まで届かなかったけど……。」
少年が窓ガラスから視線を外す。
耳が赤い。
少年は私の手を握る。
一瞬風が吹く。
自然豊かな景色が豪邸に変わる。
きらびやかな柱、階段、絵画、ピカピカの大理石。
パラレルワールドにでも来たのだろうか。
階段の下からヒトが出てきた。
ドレス姿を着ていた。少年が指をさす。
「俺はここで待ってる。あそこから
ドレス借りられるから……
行ってきて。
隣が全裸は流石にきつい。」
私は、階段の下へ向かう。
横も天井も全部ドレスだ。
一方、少年は
階段の端に深く腰掛けていた。
深く息をはく。
少年の前に
ローブを着た男が近づいてきた。
目は仮面で見えない。
少年より背が高い。
一歩一歩近づくたびに
緊張が襲う。
少年は固唾をのむ。
「こんばんは。
悪魔七十一番様。」
男の口が開く。
「今夜は悪魔七十番目の
最終試験だな。ツバキ。
合格したら
俺らと同僚になるんだ。
楽しみだな。ところで
階段に座り込んでどうした?
もうすぐ合格発表だぞ。
出るつもりがないのか?それとも
誰か待ってるのか?」
ツバキが男から視線を外す。
視線の先に人影があった。
どんどん近づいてくる。
黒いドレスを着た少女。馬の足。
ウメだ。
ツバキは立ち上がり、
ウメの手を引く。
男を素通りして会場へ向かった。
小さくなる二人。男はそれを眺めていた。
[chapter:セーレ]
私は大きな会場に連れていかれた。
入り口に入ると
右も左も椅子と悪魔ばかりだ。
私はキョロキョロと視線を動かす。
「豪華だよな。
俺も初めて来たとき
今のウメくらいに驚いてたよ。」
「オマエはむしろ
はしゃぎすぎて会場を走り回っていたがな。
なあ、ツバキくん。」
後ろからあの男が現れた。
「俺は悪魔七十一番、ダンタリオン侯爵だ。
で?
ツバキの恋人か?」
ツバキは私と目が合う。
彼が肩を引き寄せる。
「俺の使い魔だ。
元は魔馬で俺は人間体に化けさせた。
かわいいだろ?」
「シンデレラみたいだな。」
侯爵が笑う。
私は彼の仮面を見つめる。
ブザーが鳴る。
周りが急いで椅子に駆け込む。
私たちも駆け込む。
舞台のカーテンが上がる。
会場に緊張感が漂う。
悪魔七十番目の合格者は、
ツバキ含め十名だった。
スポットライトの色が変わる。
辺りが暗い。
ドラムロールが会場に響く。
ツバキの名前が呼ばれた。
私もついていき、舞台に上がる。
ツバキは仮面を被り、
小さな小瓶を受け取る。
正式に彼は七十番目の悪魔に任命された。
観客側から歓声を浴びる。
大声で荒々しい。
ぞくぞくと席があき、会場には
私とツバキと侯爵だけになった。
ツバキは先ほどの小瓶を見つめる。
「香水?」
蓋に触れると
侯爵がツバキの手に重ね、強引に小瓶を奪いとる。
ツバキは唖然とする。
小瓶を指で指す。
「それは、俺のだろ。」
「これは、俺が預かる。
計画が実行できるまで、
上の方に従え。
困惑した表情、疑惑な表情は
しばらく俺以外には見せるな。」
計画ってなんだ?
何かを起こそうとしている?
侯爵が私を見る。指を指す。
「君もだ。使い魔。」
そう言い、
侯爵は去っていく。
ツバキは仮面を脱ぎ、座席にもたれる。
「ウメ。」
彼が手を取る。
服装が変わった。
裾口が広い。
脱ぐのも簡単そうなつくり。
ツバキが笑う。
「今夜は祭りだ!」
[chapter:祭り]
私にとって祭りは労働だ。
観客の期待に応えて全力で走る。いわゆる
弱肉強食の世界だ。
魔界の外で提灯の明かりが灯る。
屋台が並ぶ。
楽しむ悪魔が群がる。それを
上から見ている三人。
私はどこで走ればよいのだろうか。
「競馬じゃないからな。」
侯爵が口をはさむ。
服をみる。今、着ているものは
浴衣というらしい。
外は来たときより冷えていた。
侯爵は、
いつの間にか去っていた。
ツバキが群れに近づこうとする。
私は必死に腕を握る。
「私は何をすればいいの?」
ツバキは困惑した表情だ。
「楽しめばいいじゃん。」
楽しむ・・・・私自身が?
魔馬が楽しむ・・・・いや、
観客をだよね。
ツバキが手のひらを向ける。
「おいで。」
彼の手は暖かく、ぷにぷにしていた。
群れの中へ入る。地面が堅い。
ツバキが私に向く。
「何か食べる?
ゴブリンの目玉飴が人気だって。」
私たちはたくさんの屋台をまわった。
おいしそうに頬張るツバキ。
唇に汁が付いている。
ハンカチで拭ってあげた。
彼は目を見開き、
顔を隠すツバキ。耳が赤い。
「楽しい?」
私は下から顔を覗く。
彼は顔を上げてくれた。
口角が上がる。
「楽しいよ。ウメが楽しそうだったから。」
私は背中を伸ばす。
目玉すくい、射的、闇妖精の丸焼き、ゴブリンの脳みそ
ジュース・・・どれも、ツバキが楽しそうに笑っていた。
もしかしたら、表情につられてたのかもしれない。
楽しんでいる自覚はない。だけど、
ツバキの表情が私の中で渦巻く。
ツバキは空を見上げる。
今夜は快晴の星空だ。
[chapter:ブレスレット]
一か所気になる屋台がある。
二人で近づくと、そこには
椅子と机が置かれている。
椅子は幼い子たちで埋め尽くす。
中には恋人連れもいた。どうやら
手作りブレスレットが作れる体験のようだ。
私たちはそのイベントに参加した。
机に用意されたものは左から、
大小のカラフルビーズ、紐、糸、針金・・・などだ。
私はビーズに紐を通してみる・・・が、手が震えだす。
いつも移動だけの前足で細かい作業をすることはなかった。
まだ震えが止まらない。
ツバキが針金を取り出す。
ようやく一個目が通る。ため息をこぼす。
「ウメは何色が好き?俺は、黄色が好き。」
色が好き・・・・考えたことがない。橙のビーズに目を向ける。
「[[rb:橙 > だいだい]]・・・・かな。」
ツバキは橙のビーズを通した。次に黄、橙、黄・・・何か意図があるのか。
「お揃いにしよう。いつ関係が崩れてもおかしくないし。」
私たちは、ブレスレットを腕に着けた。
私は左。ツバキは右だ。
暗かった空は
いつの間にか明るくなっていた。
[chapter:共犯]
二人が城へ戻ると
メイドさんが待っていた。
悠々と案内される二人。
ツバキも戸惑いを隠せていない様子。
豪華な景色が
だんだん物騒な景色へと変わる。
まるで牢獄だ。血と悪臭の臭いが漂う。
メイドさんの顔を覗く。
感情が読み取れない。
そういう性格か、あるいは
心を読ませないようにしているのか。
部屋へ到着。扉を開けてもらうと
メイドさんが、後ろから突き飛ばす。
振り返るとメイドさんは素早く鍵をかけた。
部屋には侯爵と知らない男、
ツバキ、私それからメイドさんがいる。
ツバキがメイドさんに話しかける。
「オマエ、
ダンタリアン侯爵の恋人だな?」
「違います!」
即答。メイドさんが頬を赤らめる。
「サクラちゃんだね。」
メイドさんがウィッグを取る。
髪色がピンクに変わった。
サクラが私に声をかける。
「アンタが使い魔さんですか。
はじめまして、サクラと申します。」
さくら・・・
いずれ食肉にされるのか。
「ウメ、安心して。
ウメのこと誰も食べないから。」
ツバキが、そう言うと
私は、ため息をこぼす。
「サクラさん……も…使い魔ですか?」
サクラが首を横に振る。
「ダンタリアンせ……侯爵様が
勤める場所にいるえっと……ダークエルフです。」
私は、奥にいる男を見る。
侯爵と似た格好だ。
違う部分だと、
仮面の模様と、髪型、軸から肩にかけての角度……
といったところだろう。
男が口を開く。
「アンドロマリウス伯爵や。
はじめまして。えらいかわええ娘やな。
ツバキとお似合いや。一層
そこ付き合ってもろてええんやで。」
侯爵も口を開く。
「恋バナしにしたんじゃないからね。」
「ウメ、
ここで話すことは、外に出すな。
いいな?」
私はそれにうなづく。
「人間界への旅行計画だ!」
[chapter:開示]
「人間界?
悪魔がそんな場所に行って
大丈夫なのですか?」
侯爵とアンドロが仮面を脱ぐ。
二人は深く息を吐く。
侯爵の瞳は
青緑で意外に顔が整っている。
侯爵が睨む。アンドロは、意外と
……ひょろそう。
侯爵が笑いだす。
アンドロが彼を睨む。
ツバキは、
どこか嬉しそうな表情をする。
サクラがテーブルを叩く。
「人間界の話をしましょう。」
侯爵らが話す計画は、
まるで冒険話のようだった。
他三人が眠りにつく。
私はツバキと向かい合う。
暖炉の明かりが私たちを照らす。
「ウメは人間界に興味ある?
俺、正直、えっと・・・なんだっけ人間界への
旅行計画だっけ・・・まあ、
ほぼ魔界脱出計画だけど。」
ツバキは楽しみなのだろうか。
「本当に興味ない!
俺は、彼、ダンタリアン侯爵の
望みのために頑張ってきた。
ダンタリアン侯爵のことが好きだ。だから
大っ嫌いな勉強して、
筋トレして、試験も赤点ひとつも取らず
ずっと上位をとり続ける。」
ツバキはかなりの優等生だったようだ。
「どれだけ周りからのいじめを受けても、
無視されても、
誰かに褒められても、
感謝されなくても、
孤独でも
何年もずっと・・・」
何かが重なった気がした。
「俺が正式に
悪魔七十番目セーレ公爵になるために。
そのためにウメを使い魔にした。
・・・・・だから、
いろいろ巻き込んでゴメン、
これから楽しくなるか、苦しくなるか、
わからないけど・・・。」
私はそっと、ツバキを抱き寄せる。
「ありがとうね、話してくれて。
今までしんどかったよね。だから、
周りに嫉妬されるくらい、
楽しい思い出を作ろうね。ツバキ。」
名前を口にする自分に驚く私。
初めてツバキと名前で呼んだ。
ツバキは涙をぬぐう。
四人は扉に近づく。
だが、アンドロは、動かなかった。
「俺は行かないから…
四人で楽しんでこい。」
アンドロは、
どこか遠くを見ているかのように見えた。
門のそばに監視が二体。
サクラは通りすがりで酒を酌み交わす。
酒には、
侯爵が会場で回収した小瓶が含まれていた。
サクラは口をつけず、
監視はゆっくり
眠りにつく。私は唖然とする。
「忘却薬だよ。毒ではないので安心して。」
サクラの言葉を信用できないのは
私だけだろうか。。
侯爵が教えてくれた。
「サクラは薬屋に住んでいて
その師から教わっていたんだ。
薬には意外と詳しいよ。」
「師はもっとすごいです。」
おそらく、師を知ることはないだろう。
もしかしたら、サクラは非常に頭の切れるヤツなのかもしれない。
四人は素早く門をくぐる。地面を蹴り、
悪魔は翼を広げる。
サクラは白蛇に乗り、
宙を舞う。
私はツバキにしがみつき、空を飛ぶ。
夜空の星がとてもキレイだった。
[chapter:変装]
人間界へ到着した四人。
青空に魅了されそうだ。
「まず、人間に変装しよう。
俺らを怖がるだろうし、
もし襲われたとき
八つ裂きにされるかもしれないからさ。」
他三人は納得し、
なるべく人間に近くするよう変装した。
サクラは清楚な女子高生。
侯爵はフード付きの
動きやすい黒いパーカーお爺さん。
ツバキはキャップを被った少年の姿。
私はショートカットのカッコいいめの姿。
「俺だけ子どもに見えるのは気のせいか?」
侯爵が深くうなづく。
ツバキが目を細くする。
[chapter:人助け]
町へ足を運ぶ四人。
光が照らす建物、人間、青い空。
魔界と似ても似つかないほど違う。
四人はバス停に立つ老婆を見つける。
老婆は大きな荷物を抱えていた。
それをかき消すかのように侯爵が喋る。
サクラは早々と素通り。
ツバキも同様に素通りしようとする。
鼻につく。
老婆の荷物は想像以上に重い。
ツバキが私に気づき、
一緒に後ろから押す。
サクラが気づき、カメラを向ける。
老婆の足がバス内に入ると、
老婆は「ありがとう」と感謝をこぼす。
ふたりがバス停に戻ってきた。
四人はまた歩き出す。
[chapter:学校]
大きな建物から音が鳴る。
建物から何かが出てきた。
サクラがカメラを向ける。
「人間だ。学生?生徒……といったところか。」
「ウメって学校通ったことある?」
「学校?」
似たものだと、訓練所というところか。だけど
生徒のような笑顔なんてこぼれなかった。
汗水垂らし、身体を鍛える場所。
劣悪な環境に耐える。それだけの場所。
校庭に目を向ける。
眩しい笑顔。誰かと笑いあう光景。
学校とは、それくらい楽しい仕事なのだろうか。
私は校門に立ち止まる男女をみつける。
二人は向かい合う。女子が口を開く。
「好きです!!私と付き合ってください。」
男子は目を見開く。
まさか、恋愛劇場がみられるとは思わなかった。
サクラが顔を赤くし口元を隠す。
ツバキと侯爵を見るが、二人は固まっていた。
男子の方も口を開く。
「君のことは、好きだよ。だけど、
僕は四月から海外の学校に通うことになってて
しばらく一緒にいられないよ。携帯で連絡できても
そばにいられない。忘れるかもしれない。
それでも僕と恋人になりたいの?」
女子がうなずく。
「数年後、ここで会おう。無理なら降りる空港教えてよ。
私が会いに行くから。」
男女二人は手をつなぎ、校門から遠ざかる。
四人は二人の背中を見守るしかできなかった。
[chapter:山登り]
足場の悪い傾斜をかける四人。
私たちは山を訪れた。侯爵が先頭に立つ。
杖をつきながら登るサクラと私。百瓩の錘 を抱えるツバキ。
すでに息を切らしていた。
「なんで俺だけ抑制装備付きなんだよ!」
侯爵が下を向く。
「ツバキはすぐ高速移動ができるから。
大丈夫。
頂上に着けば錘つけといてよかったってなるよ。」
侯爵は、来たことがあるのだろうか。
「サクラは、この山登ったことあるか?」
「先生はあるのですか?」
「わからない。」
わからない!?
私は眉間にシワをよせる。
「サクラ曰く、俺は、記憶を消されているらしい。だから、
魔界以外の記憶を何も思い出せない。
大事な記憶なことはわかってるんだがな。」
木々を抜けると川原を見つける。
水が石を叩きつける。崖の上には頑丈な橋がある。
そこを通れば町に出るかもしれない。
侯爵が巨大な岩陰のそばへかけ、しゃがみ込む。
手を地面につける。
手元が光る。よく見ると
輪の形をしている。侯爵が両手で包む。
私は、橋の方に目を向ける。
「どうかしたの?」
ツバキが私に気づく。これは私にだけか。
誰かの歌声が聞こえる。細く、どこか寂しい歌声。
見たところ、
私たち以外誰もいない。歌声が止まる。
優しい風がふく。
[chapter:仕事]
食事代で消える。通行料で消える。道具で消える。
彼らの持ち金がつきかける。
四人はそれぞれバイトをすることにした。
侯爵は喫茶店で、ツバキは配達員、
私は、イベントスタッフ、サクラは……。
日差しが強い。すでに汗だくだ。
パイプ椅子をたくさん並べ、テープをはり、
汗を拭う。視界がゆがむ。足も徐々に重くなる。
突然、冷たい水を渡される。
「飲め!」
私はそっと水に口つける。
渡した女性は、まだ隣にいた。チップ要求か。
私は、木の陰に誘導される。涼しい。
「君って推しいるの?」
おし?……押しか?
「私は、明日来られるアイドルグループが大好きで、
イベントスタッフにいるの。」
膝元に大量の小物を見せつける。
私は、理解を諦め腕のブレスレットを見つめた。
「そのブレスレット、綺麗だね。誰かからのプレゼント?」
私はブレスレットを見る。
「旅のご褒美よ。」
[chapter:海水浴]
海は広く青い。砂浜を人が埋め尽くす。
サクラは桃色、
ウメは、橙色のビキニ。ブレスレットもつけていた。
俺も水着を着ている。
侯爵は傘の下に座り込む。俺は侯爵に近よる。
「泳がないの?」
「俺はいい。裸はあまり見せたくない。」
「サクラがいるから恥ずかしいとか?」
侯爵はサクラをみてすぐそらす。
「気分だ。」
ウメは、肩まで海に浸かる。
「風呂かよ。」
侯爵の鋭い指摘で俺は笑い出す。
俺は自分の二倍近い長い板を持っていく。
ウメに近づく。
「見たことない景色を見せてあげる。」
砂浜に帰ったとき俺たち二人は、ずぶ濡れで帰ってきた。
滴が額を流れる。
「楽しかった?」
俺は顔を覗き込む。ウメは微笑む。
「すっごく楽しい!」
ウメの笑顔が眩しい。
俺は目をそらし、首を撫で、そう、とだけこぼす。
サクラがカメラを向ける。侯爵はそれを見る。
「何か企んでいるよな?」
サクラが侯爵を見る。
「思い出づくりですよ。」
[chapter:思い出]
私とツバキは、サクラに写真を見せてもらった。
窓からの風が心地よい。
人助け、学校、バイト、海水浴、山登り……。
まるで家族旅行のような配置だ。
サクラが口を開く。
「今日は、おままごとをしましょうか。外が暑いので。」
ツバキは新聞を読む父親役、
私は、セーラー服を着たお姉さん役。
サクラはエプロンを着た母親役。
侯爵は、強制で反抗期の弟役をさせられる。
外が暗くなる。侯爵がぐったり倒れる。
サクラが時計を見る。
サクラが白蛇を召喚する。
「明日の新聞は使い魔に任せるから。私は今夜、仕事があるから。」
そう伝え、サクラは、背中を向ける。
[chapter:キサマ]
白蛇が新聞を取り寄せる。
侯爵は記事の内容に驚く。
〈正義の味方、悪魔警察、現在逃亡中の
指名手配悪魔三体を逮捕する〉
とのことだ。
固唾をのむ。
指名手配悪魔三体……おそらくセーレ公爵、ダンタリアン侯爵、
アンドロマリウス伯爵の三体・・・だけど
アンドロはどうしたのだろうか。
アンドロも人間界に来ているのか。
そういうことなのか、それとも別の理由・・・。
今晩中に私たち三人は一刻も早く人間界から身を引くと
侯爵は決断を下す。
そうしなければならない理由があるのだろうが、
流石に急すぎる。
「捕まったら、どうなるのですか?」
侯爵が顔を上げる。
「とある薬を強制的に飲まされ、
人間界での記憶をすべて失う。」
浜辺にうずくまるツバキを見る。
背中が見える。彼の手には砂がついている。
私は、ツバキに近づく。砂浜は、思ったより深い。
砂の音が聞こえる。ツバキが私に気づく。
「見て、すごくキレイな貝殻を見つけた!!」
瞳がキラキラだ。幼い子どものような表情。
ツバキは、今晩のことを知っているのだろうか。
彼の愛らしい表情。
もう見られなくなるのだろうか。
もっとツバキと楽しいことがしたい。
彼が顔をのぞく。
潮の味がした。彼が顔を両手ではさむ。
鼻を突き、目を見つめる。
「どうしたの?何かあった?」
肩が軽くなる。
私はツバキに優しく腕を巻く。
「ウメ?」
私はそっと[[rb:囁 > ささや]]く。
「人間界、たのしかった?」
ツバキがうなずく。
「私も楽しかった。」
涙で視界がくもる。
日は水平線に隠れ始める。足元に波が打ちつける。
冷たい海水が現実を突き刺す刃のようだった。
ツバキが眉間にシワを寄せる。
「何か言われたのか?」
夜、四人はリビングに集まる。
荷物がまとめてあることに気づく。
ツバキが口を開く。
「どこに行くの?」
侯爵がこちらを向く。
侯爵が新聞を見せる。
ツバキが困惑している様子。
「俺たちは指名手配悪魔とされている。
人間界にまで悪魔警察が来られては困る。だから
今から人間界から脱出するんだ。」
ツバキがこぶしを握る。
「・・・・俺はアンタがどうしても魔界から
脱出したい。そんな望みを叶えるために
難関な悪魔七二柱になるために!
イヤなことも愚痴こぼさずやって!
無事、悪魔七十番目の悪魔セーレになった!
アンタの思いを優先して!ずっと一緒に過ごしてきた!
けど!犯罪者になるなんてきいてないよ!
逃げるんだったら勝手に逃げてろよ!俺は、
もう捕まっても構わないから!アンタに
一生ついていこうなんて思わないから!」
侯爵は何も言わなかった。
侯爵は背中を向け扉の向こうへ去っていく。
家には私とツバキだけがいる。
ツバキがガクッと腰を下ろす。私は隣に座る。
「逃亡犯か……楽しそうだね。」
ツバキが微笑む。
「ウメは借金返済できたんだよね。
もう一緒にいる意味はないでしょ。
犯罪者と一緒にいたくないでしょ。」
「離れません!離れたくないです。
ツバキが逮捕されるまでそばにいます。」
私は少年の手に触れる。ブレスレットが揺れる。
「だから、二度とそんなこと言わないで。」
ツバキの目が潤う。
外からドタバタ足音が聞こえ出す。
私がドアに近づくが、ツバキは止める。
外の者が扉を突き破る。扉の破片が散らばる。
現れたのは、赤い警官服を着た・・・
「こんばんは。先日はお世話になりました。悪魔警察です。」
サクラだ。テーブルに写真を並べる。
彼女がカメラを持っていた理由を理解した。
「セーレ公爵。たいへん恐縮ですが、キサマを逮捕します。」
一歩一歩近づいてくる。
「ツバキは死刑にされるの?」
サクラが足を止める。
「死刑ではない。ただ、
魔界の外で過ごした記憶をすべて忘れるでしょう。
我々、悪魔警察の中では非常に美しい刑として取り入れています。」
私たちは、足早に家を後にする。
サクラは玄関のそばで立ち尽くす。
「これで、人間界を捜索しなくて済む。さっそく報告しよう。
[chapter:おつかれさま]
ウメは、新しい職場に就く。
百合屋敷の下女として。
借金を返済するために。百合屋敷は男子禁制だ。そのため、
俺は、部屋に見張りをつけられている。
暇だ。
俺は扉の下を覗く。
そこには美しい美女、華やかな姫、足を素早く動かす下女。
ウメもそれにつづく。
空が暗くなると下女は自分の部屋に戻る。
ウメが部屋に帰ってきた。床の振動で目を覚ます。
「おかえり。」
ウメの両肩を手で滑らす。
俺は口を耳に近づける。
「今日もお疲れ様。」
熱い吐息を感じる。
ウメの顔はにわかに赤い。
顔がいつもより熱く感じる。
ウメの息から酒の匂いがする。
ウメが、服を脱ぐ動きをする。俺は、
必死に抵抗する。ウメが俺の肩に手を伸ばす。
ベッドに押し倒そうとする動き・・・
「やめて!!」
瞬きが遅くなる。手の力が弱くなる。
足の力も抜く。
ウメが床に近づいていく。
俺は、ウメを持ち上げ、ベッドに包ませた。
翌朝、ウメのおでこに触れる。
かなり熱い。息も荒れている。
ウメがベッドから離れる。
上から布団をかぶせベッドに戻す。
今日は、一大イベントの前日だ。俺はウメの姿になり、
部屋を後にする。
下女たちは足早に動いていた。こんどは俺がそれに続く。
大きな壺や、高価そうな物まで運ばされる。
中には一輪ずつの花を運ぶこともあった。
俺は壁に寄りかかる。
ウメを呼ぶ声がする。
「ウメ、下女が二名欠席で人手が足りない。
砂漠を抜けた先に大きな町がある。竜がつく駅だ。
その場所から五分くらい進むと猫の手屋がある。
そこで助けを借りてきてほしい。
頼んだよ。電車は屋敷出てすぐだよ。」
俺は外に出る。砂漠の煙が立ち上る。
砂漠を抜けた先に確かに大きな町があった。
百合屋敷と違い、建物がたくさんある。
俺は乱れた髪を整え、猫の手屋を探す。
駅らしきものが見えた。周りを見渡す。看板を頼りに探す。
だが、見当たらない。
俺は豪華な造りの酒屋へ駆け寄る。
顔が真っ赤なおじさんが中から出てきた。
おじさんに尋ねると、
猫の手屋はこの酒屋の裏にあるらしい。
お礼を言い、速攻で裏へ駆け寄る。
確かに大きな看板で猫の手屋とかかれている。
チャイムをならす。シャッターが上がる。
そこには面影のある男がいた。多分、気のせいだ。
「ウメです!!百合屋敷の下女を勤めています!
下女の人手が足りないので二名貸してほしいです!!」
男はうなずく。
動く人形と扱いが難しそうなドラゴンを借りた。
百合屋敷に戻り、二名を働かせる。
人形は人間と似た動きをするため心配なかったが、
問題のドラゴンを見守りながら働かせた。
俺は二人を送り届けて、部屋へ戻る。
ウメはベッドに腰掛けていた。顔色は、
今朝よりずっといい。
ウメが両手を広げる。
俺はその中へ飛び込む。ウメが囁く声で呟く。
「おつかれさま。」
ウメが頭を撫でる。
「明日は出られそうだからイベント楽しんでね。」
微笑むウメ。
「なるべく他人に頼ってね。」
[chapter:どうして]
翌日、外から多くの人が訪れた。
席は人でいっぱいだ。悪魔警察もいた。
会場の席が人で覆い尽くす。俺は友達との再会を果たす。
そこには変装したアンドロもいた。・・・なぜ。
舞台が幕を開ける。ブレスレットを光が照らす。
そこには、ウメが立っていた。一人、司会者として。
そのあと舞姫たちが踊りだす。
観客は舞姫に夢中だ。
舞台の下から何かが倒れる音が聞こえた。そして
かすかに小さなものが無数に散らばるような音・・・。
俺は早走りに会場を出る。
アンドロも後を追う。
悪魔警察に見つかったら捕まる。
そんなことを考える間もなく、俺は走り続ける。
友達がウメを抱きかかえていた。腕にブレスレットが見当たらない。
俺の顔が強張る。
「倒れていたんだよ。俺は何も犯していない。」
アンドロがウメを部屋へ送る。
俺はウメに変装し、閉会式に出る。
幕を下ろした後、背後に赤い警官がいた。
[chapter:会いに行くよ]
目を覚ますと私はベッドにいた。窓が開いている。
ツバキは私の手を握っていた。
ツバキの目はどこか遠くを見ているように見えた。
彼に手を重ねる私。
「どうかしたの?」
「・・・・・・俺たちは、もう一緒にはいられない。
どうやら
俺が逃亡中悪魔だとバレたみたいだ。
俺が悪魔七十番目のセーレ公爵だって。」
ツバキの表情が影で隠れてよく見えない。彼が私に近づき、
そっと背中に手を回す。
「しばらく、このままでいさせて。」
私は彼の背中に手を回す。涙で視界が曇る。
「俺、ウメのこと大好きだよ。愛してるよ。だから・・・・
離れたく・・・・・ないよ。」
涙声。笑顔、怒り、幼く愛おしい表情、いままで、過ごした時間。
・・・・・・もう戻れないんだ。終わったんだ。このまま
ツバキは私のことを忘れる。
「たとえ、ツバキが私のこと何も思い出せなくても、
忘却されても、
私は忘れない。だから
必ず会いに行く。」
ツバキは涙をぬぐう。顔が赤い。
彼はブレスレットを私に預ける。
「ありがとう、今まで楽しかったよ。」
ツバキは頭を撫で口を近づける。
光が私を包み込む。ツバキは窓から飛び降りた。
私は窓へ駆け、腕を伸ばす。だが、
ツバキの姿はどこにもなかった。
そのあと、私は身体に翼が生えたことに気づく。
私は元の世界に戻り、競馬に復帰した。
仲間は、相変わらず、私をこきつかおうとする。
断ると仲間は唖然としていた。
歓声の中にツバキがいる。
そんな妄想をしても彼はいない。一斉に門が開く。
砂埃がたち上る。私の前には誰もいない。
風が吹くばかり。結果……
表彰台のトップに立っていた。それが続き、
私は世界で活躍する有名な存在になっていた。
後輩も増え、動画や配信、広告、いつも身に着けている
ブレスレットが若者の間で流行りだした。
私は、定年を迎え、競馬場から姿を消した。鞄のなかには、
悪魔行きのチケットが入っていた。




