虚構の美
部屋のチャイムが鳴り、私――月下羽流は玄関の扉を開けた。
「初めまして、黒渡顕治と申します。あなたに石鹸をあげます」
「ああ……ありがとうございます」
私は、透明な袋に入った白色の石鹸を受け取った。
「引っ越してきた人に、いつも渡しています。この石鹸、不思議な力があるのですよ。一生消えない傷跡が綺麗さっぱり消える……使ってみたくないですか?」
「ええ……」
黒いコートに、茶色のハット帽を被る、二メートル級の巨体な男性に変な石鹸を渡されたのだ。困惑せずにはいられない。
「ひとつ言い忘れていました。一回だけ使うことをお勧めします。それでは失礼します」
黒渡はそう言い、隣の部屋へと帰っていった。
……名前言い忘れちゃったな。
自分だけ貰いっぱなしで何も返していない。明日、黒渡さんに出会ったら自分の名前を言わなきゃ。
せっかくだし、この石鹸の感想も伝えよう。貰いものはすぐに使った方が喜ばれるし、黒渡さんと話をしたいと思っていたところだから。
私は、袋から取り出した。なんの変哲もない固形石鹸。表面はざらざらしていて、匂いはしない。
匂いがしないことに困惑を持ちながら、脱衣所兼洗面所に向かった。
……やっぱり、風呂とトイレが別で良い。
ここに引っ越す前は風呂とトイレが一緒のユニットバスだった。相反するものが同居しているのが許せない。かれこれ一年は生活していた。寮だから料金が安いっていうのもあるし、サービスも充実していたのもある。一年前の新卒だった私に「一年後、そこで生活してないよ」って、言ってやりたい。
そろそろお湯が張ってきた頃合いだろう。風呂場の扉を開け、浴槽を確認した。六割程度溜まっている。これ以上貯めなくても良さそうだ。
両方の蛇口を閉め、脱衣所に戻り、服を脱ぎ、石鹸を持って風呂場に入った。
いよいよこの石鹸の真価を発揮する。
確か、擦ったら綺麗になると言っていた。だとしたら、年中のとき、煮立ったお湯が右手の甲に当たり、見るに堪えない手になってしまい、医者から「元に戻すことはできませんでした。一生、この傷跡と付き合うしかありません」とはっきり言われたこの傷跡を無くせるってことなら試すしかない。
私の仕事は、ホテルのフロントで、手を見せることが多く、火傷の跡を隠さなければ、仕事ができないため、自分の肌の色に近い手袋を両手、はめている。
右手だけでは、お客さんが面白がってあれこれ聞いてくると思ったからだ。しかし、その考えは甘かった。必ず新規の人は聞いてくる。
この手袋はゴム製で、手に臭いが付くし、汗も出やすい。仕事が終わった時、かぶれることも多くあった。
それが解放されるかもしれない。気持ちの昂りを感じつつ、ぬるま湯が入った桶に石鹸を入れ、少しだけ泡立たせ、右手の甲を擦っていく。
右手の甲が全体的に泡まみれになったのを確認し、シャワーで流した。
「えっ?」
思わず口が漏れてしまうほど、岩肌みたいな火傷の跡は綺麗になくなっていた。左手の甲と遜色がないし、つるつるしている。試しに、右手の甲を頬に擦ってみた。何も引っかからない。例えるなら、教室のワックスがけの後みたいだ。
……ありがとう、黒渡さん。
私は、普段使っているボディーソープで全身を洗い、シャンプーで髪の毛を洗って浴槽に入った。風呂場の照明がお湯に反射し、綺麗になった右手の甲は燦燦と輝いていた。
風呂を堪能した後、脱衣所で水気を取り、寝衣に着替え、もう一度右手の甲と左手の甲を比較した。どちらも同じ、見分けられない。
――翌日。
私は飛び起きて、もう一度、右手の甲を確認した。
火傷の跡は消えている。
……良かった、昨日の出来事は夢じゃなかった。
幸福感に包まれながら、朝の支度を始めた。今日から火傷の跡がない生活が始まる。楽しみで仕方がない努めている火傷の跡があった時は、今頃手袋をはめている。うっかり屋さんなので、部屋を出る直前に着けようとすると、忘れてしまうのを防ぐためだ。
もう手袋を付けなくていいって考えると、妙な解放感がある。
部屋を出ると、丁度、黒渡がゴミ袋を両手に持ちながら出てきたところだった。
「黒渡さん、おはようございます」
「おはようございます、お隣さん」
「あっ、お隣さん呼びじゃなくて、月下羽流……月下さんって呼んでくれると助かります」
半ば、強引ではあるが自分の名前を明らかにした。
「羽流さん……可愛らしい名前ですね」
「そうですか? 嬉しいです」
「月下さん、手が美しくなりましたよね?」
「わかります?」
私は、右手の甲を見せた。
「……うん、美しい」
「それで、お礼に菓子折りとかどうですか? 私だけ貰いっぱなしですし」
「お礼はなくていいですよ。石鹸の感想が聞けただけで十分ですから。そろそろお仕事行かないといけないのではないですか?」
「そうでした。行ってきます」
仕事場のホテルに向かった。自分の部屋から徒歩二十分くらいで着くビジネスホテルが私の務めている所だ。
ホテルに着き、事務所に入ると、後輩の小笠が待っていた。普段、私の方が早く着て、待つ側だったのに、今日は逆だ。黒渡さんとの立ち話がそんなに長かったんだ。
「月下さん、おはようございます」
「小笠さん、おはよう」
「今日は、遅かったですね。引っ越し疲れですか?」
「まあ、そんなところ」
さすがに隣人と立ち話で盛り上がって遅れちゃったとは言えない。
「私、びっくりしたんです。月下さんよりも早く来てしまったことに」
「そんなに驚くこと?」
「驚きますよ。初めてなんですから、私が月下さんよりも早く来たこと」
「初めてだったら、驚くか……」
「月下さん、どこか上の空ですよ。何か良いことでも……」
小笠は私の手をじっくり見つめた。
「月下さん、今日は手袋付けてきてないですね」
「ええ、良い保湿クリームを見つけてね。塗ったら、火傷の跡が目立たなくなったの」
「そんな不思議な保湿クリームがあるんですね」
小笠は目を大きく見開き、私の右手を見ていた。
「……火傷の跡が、元々ないみたいに見えるけど」
「そうかな……」
本当のことは言わないでおこう。あんな現実味のない話を打ち明けられるほどの度胸は私にはない。
呼び出しベルが鳴った。
「チェックアウトのお客さんが来たみたいだから、そろそろカウンターの方に向かった方がいいんじゃない?」
夜勤の一人が私と小笠に向けて言った。
「ええ、そうですね。小笠さん、行きましょうか」
「はい」
私たちは無線機を手に取り、ホテルの受付カウンターに向かった。
「早い時間にごめんね。チェックアウトってもうできる?」
一人の男性が待っていた。
「勿論できますよ、池田さん」
この方は、年に十回以上泊ってくれる常連さんで、私の新卒時代を知る人でもある。
「では、お願いしようかな」
「かしこまりました。一泊二日の朝食付きで一万二千円でございます」
「いつものクレジットカードで……」
「差し込みでお願いします」
「そうだよね、ここはタッチが出来ない所だったね」
池田はクレジットカードを機械にかざすのを止め、差し込んだ。
私は承認を押し、機械が「カードを抜き取り下さい」と言う。
池田はカードを抜き取り、私の手に視線を落とした。
「いつも付けている手袋はどうした?」
「今日から必要なくなりました」
「手術したってこと?」
「いえ、良い保湿クリームを使ったら綺麗になったのですよ」
「ほお、そんなに良い保湿クリームがあるのか。俺も使ってみたいな」
ここで保湿クリームの嘘を続けても、良いことにはならなそうなので、軽く流そう。
「領収書とクレジットの控えになります」
「あっ、ありがとう。お世話になりました」
「又のご利用お待ちしております」
池田は軽くお辞儀をし、ホテルを後にした。
「月下さんの手、本当に綺麗になりましたね」
「そう? ありがとう」
これも黒渡さんがくれた石鹸のおかげだ。
――あれから一か月が経過した。
右手の甲が綺麗になったありがたみが薄れつつある。
最近ふと、火傷の跡なんて元々無かったと幻想を抱くことがある。
しかしそのたびに、辛さを思い出して、忘れないようにしている。私が負った火傷は、一生背負わなければならないのだ。
「すいません」
私の耳に女性の声が聞こえた。見上げると、白いコートを着た女性が立っていた。
「遅くなってすいません。まだ、チェックインってできますか?」
「大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
「一応、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「はい……霧島萌香です」
「霧島様ですね。お待ちしておりました。一泊二日の朝食付きで間違いないですか?」
「はい、間違いないです」
「今回のお部屋は三階の三〇一一ですね。ここから左に行くと、エレベーターが見えまして、そこから三階に上り、左に曲がるとお部屋がございます」
「三階ですね。わかりました」
霧島はバッグを開け、財布を取り出した。
「インターネットで宿泊代は支払ったのですが、入湯税を直接払わないといけないのですよね?」
「ええ、そうなんですけれど、チェックインの時にお支払いができなくて、明日のチェックアウトでお支払いをお願いします」
「払えないのですか……」
霧島は残念な顔をしている。
これに関しては申し訳ない。私もどうすることもできないことだから。
「本当にすみません。システム上できないのですよ。入湯税は現金払いになっていまして、現金はお持ちですか?」
「……用意してあります」
霧島は、部屋の鍵を手に取り、部屋へ向かった。
なんて美しい人なのだろう。身長も高く、モデルのような脚、雪のように白い肌に大きい目、整った眉毛、透き通るような手。そして、爽やかな香水の匂い。
……自分もあんな魅力のある人になりたい。
仕事が終わり、部屋へと帰ってきた。すぐさま、脱衣所に行き、服を脱ぎ始めた。霧島さんに出会ってから、自分の美しさとは何か、考えるようになった。その中で、一つの解決策が浮かんだ。
石鹸を使えばいいじゃないかって。
風呂場に入り、まずは体全体を洗う。石鹸を使う前に全身を綺麗にしておきたいからだ。
全身が洗い終わり、鏡を見ると、あることに気が付いた。
私の眉毛ってこんなに太かったっけ?
あまり意識してこなかったが、眉毛が非常に気になって仕方がなかった。
私は、石鹸を手に取り、細くしたい所を石鹸の角を使って擦り、シャワーで流した。
……美しくなっている。
ただ眉毛を細くしただけで、だいぶ印象が変わる。一層美しさが増した。
「私ってこんなに美しかったんだ」
思わず声が漏れてしまうほど、鏡に映っている私は綺麗だ。
眉毛を細くしただけで、こんなに美しくなるのだから、他の場所に使ったらもっと美しくなれると思った私は、隅々まで体を見回した。
顎の左にたくさん付いているホクロを綺麗にしたら、もっと美しくなれる気がする。ホクロだけで印象が変わるってどこかの記事に載っていたはず。
左手も綺麗になれそうだ。右手よりもむくみやすく、腫れぼったく、見た目も悪いからだ。
まずは、ホクロから。
綺麗にしたいところを石鹸で擦り、シャワーで流す。
ホクロは消え、顔全体がより美しくなった。やっぱりホクロを綺麗にして正解だった。
続いて左手だ。
石鹸を手に取り、もう一度、左手を見る。綺麗にしなくてもいいかもしれない。右手と変わらなく見えてきたし、腫れぼったいのかわからなくなってしまった。
次の朝、玄関の扉を開けると、黒渡がゴミ袋を持って横切るのが見えた。初めてお話したときと状況が似ている。
「おはようございます、黒渡さん」
「ああ、おはようございます、月下さん」
黒渡優しく微笑みながら振り返る。
「お顔美しくなりましたね」
「ありがとうございます。黒渡さん」
「特に眉毛と顎のところが……」
「えっ?」
時間が止まったような心地がした。何か悪いことをしたような嫌な感じ。
「石鹸を使いましたね?」
「いえ、使っておりません」
私の口から嘘が出た。本当は正直に言った方が良いのに、言ってはいけないと、体が反応している。
「そうですよね。石鹸を使わずに眉毛を細くする方法はありますもんね」
「そうです。そうです。カミソリを上手に使って細くしたんですよ。両方良い感じに剃れて、満足です」
「ホクロもカミソリを使ったんですか?」
「いえ、保湿クリームを使いました」
「保湿クリームで顎のホクロって消えるんですね」
「遅刻しそうなので、失礼します」
私は駆け足で、ホテルに向かった。
……黒渡さんが怖い、恐ろしい。
今、離れなければ飲みこまれてしまうような恐怖があった
この日、色んな人から顔を褒められた。眉毛が細くなり、顎のホクロだけで、ここまで褒められると、もっと美しくなりたいという想いが強くなる。
しかし、手を褒められることはなかった。
あんなに見せつけているのに。
どうして?
左手があまりにも醜いから?
右手だけじゃ駄目なの?
私は部屋に帰って、すぐさま鍋に水を入れ、コンロに鍋を置き、火を点けた。
数秒間待つと、小さい泡が吹き出す。
……まだ待とう。
数分後、鍋の水は全体的にうねりだした。
……ようやくだろう。
私は、左手を鍋に入れた。
焼けるような痛みが左手に走る。
思わず左手が鍋から出ようとした。これは体の反応としては正しいけれど、ここで止めたら美しくなれない。
右手で左腕を掴み、鍋から出ようとしているのを止める。これも美しくなるため。
左手の痛みが麻痺したところで鍋から出した。岩のように腫れている。美しくなるのが楽しみだ。
風呂場に入り、左手を石鹸で念入りに擦り、シャワーで流すと、美しい左手が露わになった。あんなに腫れていたのに、元通りになっている。
私は左手を見つめながら、ベッドに入った。
日の光で目覚める。皆が私の美しさに歓喜しているようだ。
鼻歌を歌いながら、有機性の野菜とナッツの入ったサラダ。美容に効果があるスムージーを口に入れる。
食は、美を作るために大事なこと。体の中に入れるなら全て、美に関する物を取り入れたい。
スーツを華麗に着て、ホテルに向かう。
道中、皆が私の手を見ていた。きっと美しさに惹かれたのだろう。
事務所に入り、挨拶をする。
皆が私に振り向く。
ああ、美しいと思っているのね。
「月下さん、おはようございます」
「大栄さん、おはよう。久しぶりの帰省はどうだった?」
「ゆっくり休めて、とても良かったです」
この子の大きく開いた目、絶妙な鼻の高さ、いいな。
私なんて、細目で少しつり目。小学生のとき、キツネみたいって馬鹿にされていたな。それと、豚鼻とも呼ばれていた。
私も大きく見開いた目になりたい。
シュッとした鼻になりたい。
私だってあの人みたいに美しくなりたい……いや私ならそれ以上に美しくなれる。
今日、大江さんと私は一緒に受け付けに立つことになった。大江は、五日間休みをもらって仕事が疎かになっているのではないか心配なのと私と比べて、美しさが劣っているのか、気にしながら仕事をした。
私は、今日美しいと、お客さんから言われると思っていた。
しかし、それは起きなかった。
大江さんが接客をしているときだけ、可愛い、美しい、お人形さんみたいですねという声が耳に届く。私が接客しているときなんて、無反応だ。何か反応があってもいいのに。歯が割れるほど悔しさを噛みしめていた。
部屋に帰り 、スーツを脱ぎ、風呂場に入った。石鹸を三分の一ほど使い、まぶたの上から目をこすり、鼻も万遍に擦って泡立たせる。ある程度行き渡らせたところで、シャワーで流す。
鏡を見なくてもわかる。美しくなっている。シャワーに流す前は、美しくなれるか不安で頭がいっぱいだった。
でも、もう考えなくていい。
私が一番美しいのだから。
明日、同僚、先輩、後輩、お客さんに「美しい」と、あちこちから聞こえるに違いない。
――気づいたら、朝になっていた。
カーテンを開けると、周りの風景に驚いた。まるで、脳内で作りあげた風景が見える。淡く、幻想的で、においも美しい。このにおいを表現する言葉が見つからない。
お仕事に行く時間になり、スーツに着替え、ホテルに向かった。早い時間に出勤っていうこともあり、人に出会えなかった。もし出会ったら、「美しい」と声を漏らすだろう。
事務所に入り、元気よく挨拶をした。
どういうわけか、事務所にいる全員挨拶を返さなかった。
おかしい。
昨日は、挨拶を返してくれたし、美しくなったねと言われたのに。
これは、私の美しさに驚いているのだろう。仕方がない。
「月下さん?」
恐る恐る支配人が私に近づきながら尋ねた。
「ええ、月下です」
「下の名前は?」
「羽流です。忘れたんですか?」
「いや、忘れてないよ、確認さ」
支配人の唇が震えている。体が冷えているのだろうか。
「月下さん……熱はないかい」
「熱はないと思います」
「僕はあると思うの、月下さん」
「はあ……」
「……体がふわふわしているとか、火照るとかない?」
「……少しあります」
高揚感で全身が熱くなっていることを言っているのかな?
「でしたら、今日は休んでください。最近、風邪が横行していますから」
「いえいえ、休むなんてとんでもないです」
「いや、休んでください。今日、倒れる気がするから」
「そこまで、支配人が心配してくれるのなら休みます」
「懸命な判断です。一応、休職届けを渡しておくから」
「あっ……ありがとうございます」
ただの風邪なのに、休職届けってやりすぎだと思うけれど……。
あっ、わかちゃった。
皆、私の美しさに慣れていないのか。
だから、長い時間の休みを経て来て欲しいって遠回しに言ったのね。
「羽流ちゃん、お体には気を付けてね」
「うん、気を付けるよ」
「月下さん。後は、私たちがやっておくから。ゆっくり休んでね」
「はい、わかりました。お言葉に甘えて、今日は失礼します」
私はホテルを後にした。
それにしても、今日は一番美しい。
もっと美しいって言われたい。
どうしたら、言ってもらえるかな? 今から出会う人すべてに尋ねまくるのは、効率が悪いし、不審者だと思わるかもしれない。
一人を狙って、聞いた方が確実。どうせなら質問したときに嘘偽りがない言葉を返してくる人がいい。
正直な人と言えば、子どもだ。忖度もなく、美しいって言ってもらえる。昼は学校に行っているから夜に探すのがいいだろう。それと複数人がたむろっていたら質問はしない。何してくるかわからないからだ。狙うなら一人。
二十時四十分ぐらいに家を出た。十一月下旬ということもあり、外にあまり人はいない。
私の美しさを前にしたとき、子どもはどういう反応をするのだろう。美しいですって連呼するのかな? それともボソッと美しいと呟くのかな、楽しみ。
より自分の美しさに衝撃を与えたいので、サングラスで目元を隠し、マスクで顔半分覆っている。
……あっ、あそこの公園にしよう。
私が向かっている公園には、自販機で飲み物を買おうとしている少年がいる。この子どもに聞いてみよう、私が美しいか。
「ねえ、君。私って美しいかな?」
子供は振り返り、こう返した。
「お姉さん、顔全体隠しているから、わからないよ」
「それもそうね」
私がサングラスとマスクを外すと、少年は尻もちをついた。
「ば……化け物」
今、化け物って言った。
化け物?
私が?
ありえない。
「こんなに美しい女性になんてこと言うの」
信じられないほどの怒声が出た。
「目も鼻もないお前なんて、美しくない!」
腰が抜けた少年が言う発言じゃないし、人間扱いをしてくれない。私はこんなに美しくなったのに。
私は、すぐさま部屋に帰り、洋服を脱ぎ捨て、風呂場に入った。
石鹸を全て使い、全身をこする。
私に足りなかったのは、全身を美しくする勇気だ。
今まで美しくしたところはピンポイントで目に付くものばかりだ。だから、あの少年に言われたのだ、おまえは人間じゃないと。体が少しヒリヒリするのを感じながら、シャワーを流した。
風呂場が異様に大きくなっている。小人になったみたいだ。探検したい気持ちはあるが、体が動かない。
そのとき、玄関の扉が開く音が開こえた。
……まずい、逃げなきゃ。
そう思っても、体は動かない。
足音がこちらへ近づいている。
私のいる風呂場の扉が開いた。
「ああ、この方も石鹸になってしまいましたか。今回は石鹸にはならないと思ったのですが、残念です」
黒渡が、私を透明な袋に入れ、私の部屋をあとにした。
どこに連れて行くきだろう。私の視界からは黒渡のコートしか見えない。
チャイムが鳴るのが聞こえた。
「初めまして、隣の部屋の者です。引っ越し祝いを渡したいので来てもらえませんか?」
「……わかりました。少し待ってくれますか」
「はい」
さっき聞こえた声の人って、確か数日前に引っ越してきた方だった気がする。
「初めまして、黒渡顕治と申します。あなたにこの石鹸をあげます」




