エピローグ インクの匂い
三ヶ月後。 ニブス・エナジーは上場廃止となり、東堂社長と黒川元編集局長は逮捕された。 帝都経済新聞は、社長が引責辞任し、創刊以来の危機を迎えていた。信頼回復には長い時間がかかるだろう。
貴島は、懲戒解雇こそ免れたものの、依願退職という形で社を去った。 退職金は、株価暴落で損害を被った投資家への賠償基金に寄付した。 手元に残ったのは、愛用の万年筆と、わずかな貯金だけ。
新宿の雑踏。 貴島は、小さなフリーペーパーの編集部にいた。 部員は三人だけの、弱小メディアだ。 だが、そこにはかつての「熱気」があった。 権力に媚びず、真実だけを追う。そんな青臭い情熱が。
「貴島さん、新しいネタが入りました! 産経省の裏金疑惑です!」
若い記者が目を輝かせて報告に来た。
「よし。裏を取れ。徹底的にな」
貴島は万年筆のキャップを外した。 インクの匂いがした。 それは、彼にとって生きている証の匂いだった。
大手メディアの看板は失った。 だが、ペンはまだここにある。 書くべきことがある限り、記者は死なない。
貴島は原稿用紙に向かい、最初の一行を書き始めた。 その背中は、以前よりも少しだけ、大きく見えた。
(完)
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件等とは一切関係ありません。




