第三章 輪転機の反乱
小章① 最後の原稿
貴島は、都内のネットカフェに籠もり、原稿を書き上げた。 タイトルは『夢の電池は存在しなかった ニブス・エナジーの虚構と株価操作の闇』。 相沢の証言、大村教授の科学的見解、そして黒川とニブスの癒着を示す証拠資料。 すべてを詰め込んだ、渾身の告発記事だ。
問題は、これをどうやって世に出すかだ。 他紙や週刊誌に持ち込むか? いや、それでは時間がかかる。その間に黒川たちは株を売り抜け、逃げおおせてしまうだろう。 今すぐ、市場が開く前に、投資家たちに真実を伝えなければならない。
貴島は、ある「禁じ手」を使うことにした。 帝都経済新聞の『電子版』だ。 紙の新聞は編集局長の検閲が入るが、速報性を重視するデジタル版には、デスク権限で直接記事をアップロードできる「緊急枠」がある。 もちろん、掲載後に削除されるだろうし、貴島は懲戒解雇、下手をすれば損害賠償請求されるだろう。 だが、一度ネットに放たれた情報は、決して消えない。
深夜二時。 貴島は、誰もいない編集局に忍び込んだ。 自分のIDでシステムにログインする。 手は震えていた。 これを押せば、二十五年の記者人生が終わる。 退職金も、社会的地位も、すべて失う。
(……構うもんか)
貴島は、机の引き出しから一本の万年筆を取り出した。 入社した時に買った、安物の万年筆。 『ペンは剣よりも強し』。 青臭い言葉だが、今夜だけは、その言葉を信じたかった。
エンターキーを押した。 『アップロード完了』。
記事は、デジタル版のトップニュースとして配信された。 同時に、貴島のスマホが通知音で埋め尽くされ始めた。 SNSでの拡散。 『帝経が自爆テロ?』『ニブスは詐欺だったのか!』 市場が動き出す予兆。
小章② 編集局長の断末魔
翌朝、七時。 編集局はパニックに陥っていた。 電話が鳴り止まない。抗議、問い合わせ、取材依頼。 黒川が、血相を変えて飛び込んできた。
「貴島ァ!! 貴様、何をしたか分かっているのか!!」
黒川は貴島の胸ぐらを掴み上げた。
「誤報だ! すぐに削除しろ! 訂正記事を出せ!」
「誤報ではありません。真実です」
貴島は静かに答えた。
「相沢という元社員の証言テープもあります。あなたと東堂社長の密会写真も」
貴島は、黒川の手を振りほどいた。
「局長。……いや、黒川さん。あなたは記者失格だ。ペンを金に変えた報いは、受けてもらいます」
その時、フロアの大型モニターに、ニュース速報が流れた。 『東都地検特捜部、ニブス・エナジー本社および帝都経済新聞社へ家宅捜索』 『風説の流布およびインサイダー取引の疑い』
黒川は顔面蒼白になり、膝から崩れ落ちた。 特捜部は、貴島の記事が出る前から動いていたのだ。記事は、その「最後の一押し」になったに過ぎない。 エレベーターホールから、紺色のスーツを着た検察官たちが、整然と歩いてくるのが見えた。




