第二章 砂上の楼閣
小章① 内部告発者
貴島は、大学時代の友人で、現在は国立工科大学の教授をしている物理学者、大村を訪ねた。 研究室のデスクには、今朝の新聞が広げられている。
「よう、貴島。……お前がデスクをやったのか、この記事」
大村は呆れたような顔で言った。
「ああ。……どう思う? 専門家として」
「物理法則を無視してるな」
大村は即答した。
「このサイズでこの容量を実現するには、現在の量子物理学の常識を覆す必要がある。もし本当ならノーベル賞ものだが、論文の一つも出ていないのがおかしい。……典型的な『永久機関詐欺』の匂いがするよ」
貴島は喉が渇くのを感じた。
「詐欺……」
「実はな、私の元教え子が、ニブス・エナジーの開発部にいたんだ。三ヶ月前に辞めたらしいが」
「その教え子に会えるか?」
大村は手帳に電話番号を書き殴り、渡してくれた。
「名前は相沢。……気をつけてやれよ。あそこの会社、バックが黒いって噂だ」
その夜、貴島は都内の安居酒屋で相沢と会った。 二十代後半の、線の細い青年だ。彼は周囲を警戒し、小声で話し始めた。
「……あれは、ハリボテです」
相沢は震える手でウーロン茶を飲んだ。
「開発なんてしていません。中国の安物バッテリーを分解して、ケースだけ独自のものに入れ替えているんです。東堂社長は『投資家向けのパフォーマンスだ』と言っていましたが……」
「中身は空っぽだと?」
「はい。技術者は僕を含めて三人しかいませんでした。残りの社員は全員、営業と広報です。……株価を吊り上げるためだけの会社なんです」
確証を得た。 ニブス・エナジーは、実体のない技術を売り物にする「箱企業」だ。 そして、帝都経済新聞は、その詐欺の片棒を担いだことになる。
「相沢君、これを記事にしてもいいか? 君の名前は伏せる」
「……構いません。でも、気をつけてください。東堂社長の背後には、『先生』と呼ばれるフィクサーがいるんです」
「先生?」
「ええ。よく電話で『黒川さんと調整してください』と話していました」
貴島の心臓が凍りついた。 黒川。 自分の上司、編集局長の名前だ。
小章② 編集局長の裏顔
翌日。貴島は社に戻らず、独自に黒川の周辺を洗った。 黒川は、派手な交遊関係で知られるが、特に最近は羽振りが良かった。 登記簿、資産状況、そして交友関係。 調べれば調べるほど、きな臭い事実が浮かび上がってくる。
黒川は、半年前から『ニブス・ホールディングス』という別会社の未公開株を大量に保有していた。名義は親族に変えているが、実質的なオーナーは黒川だ。 そして今回のスクープ記事による株価暴騰。 黒川の保有する株の価値は、一夜にして数億円に膨れ上がっているはずだ。
「……パンプ・アンド・ダンプ(風説の流布による相場操縦)か」
メディアの力を使って株価を吊り上げ(パンプ)、高値で売り抜ける(ダンプ)。 経済紙の編集局長が、自らの権限を悪用して仕手戦を主導していたのだ。 ジャーナリズムへの冒涜。 読者への裏切り。
貴島は、怒りでペンを握りしめた。 だが、これをどうやって暴く? 社内のコンプライアンス室に訴えても、黒川の権力で握りつぶされるのがオチだ。 記事にするしかない。 だが、帝都経済新聞の紙面に、編集局長の告発記事など載せられるわけがない。
その時、貴島のスマホが鳴った。 黒川からだ。
『貴島、どこにいる。次の原稿はどうした? 「ニブス、海外展開へ」の続報だ』
「……今、取材中です。素晴らしいネタが入りましたよ」
貴島は平静を装って答えた。
『そうか。期待しているぞ。明日の朝刊に間に合わせろ』
電話が切れる。 黒川はまだ、貴島が気づいていることを知らない。 貴島は決意した。 書くしかない。 帝都経済新聞のためではない。記者の矜持のために。




