第4話 板じゃない!!!
入学式の翌日。
パンチの頭の中にあったのは、主に二つのことだった。
そして重たい胃袋に入っているのも二つのものだった。
胃袋の方は簡単だ。
入学式のあと、マリアのパパ____賢治おじさんが焼肉屋と回転寿司に連れていってくれた。子供の夢、焼き肉と寿司のハシゴである。同時じゃない。時系列的に前後だ。
マリアは頭おかしいと騒いでいたが、それは愛だ。
満面の笑みでヤンキー仕様アル〇ァードに乗って帰って行くおじさんの顔に、パンチは少しだけ涙が出そうになった。
なんで車で来たんだよ、新幹線で来いよ、300キロはあるぞ、と一抹の疑問が浮かびはしたが、それがヤンキーというものだ。走ってないと死ぬのだ、多分。
だが、頭の中にある方は厄介だった。
一つは、答辞の清書だ。
あれは天珠が書いたものと考えるのが必然。
これはかなり厄介だった。
もう一つは、なぜ今になってあの部屋から出ることができたのか、だ。
自分があれだけ労力をかけても出てこなかった彼女。
高校で心機一転と考えれば素直だが、それも納得がいかない。
これは、自分勝手な欲望だ。
人の努力を、環境の変化の方が上回って効力を発揮することなど普通だ。むしろそれが常道。喜ぶべきことだ。
だけど、それでもやはり、納得いかないというのが人間というもの。
これら二つを解決しない限りは、二人きりで顔を合わせるのは気まずかった。
だからパンチはかなり早い時間に家を出ることになった。
▲▽
午前中はほとんどオリエンテーションで、教科書の配布だったり、校舎の見学が主だった。ゆえに、昼休みはすぐだった。
「あれが九龍天珠ねぇ、、、」
近藤弥々は、肉まんを手慣れた手つきで半分に割り、その中に円形のチョコクッキーを無理やり押し込んで、再度二つの半月を圧力で縫合しながら、そう呟いた。
「それは何?アイスの中に板チョコ入ってます、みたいなのの亜種なの?」
パンチは若干げんなりしながら聞く。
昔から食べ物で遊ぶ的な行為はかなり苦手であった。
だが、これが近藤弥々であり、見慣れたものである。
「肉まんの中にチョコクッキーを入れた、チョコクッキー入り肉まん」
「説明になってない、トートロジーかよ」
「そう、トートロジー肉まん」
「反射で会話すんなよ」
「それ口癖だよね。自分は深く考えてしゃべってますけどねっていう、奢りでしかない。人間は常に乱反射のように他人と関わることで、白く発光して見えている存在だよ、それ以下でもそれ以上でもない」
「意味のないことを語るな」
「語るに落ちるから?それともウィトゲンシュタイン?沈黙しなければならない?」
「もう落ちてんだよ、お前。そして沈黙しろ。しなければならないじゃねぇよ、余裕ぶっこくな、沈黙しろ」
「なんでよ落ちてないよ、絶賛上昇中だよ、半導体関連企業の株価のように」
「肉まんのアンが落ちてんだよ!俺の机に!そしてそれによってお前の株も下降中だよ、ストップ安だよ」
「おぉ、、、微妙だね」
「何の話してたんだ、俺ら、、、」
パンチは頭を抱える。
ここは特進コースのクラス。
特進コースは1クラス40名。そしてこの女、弥々もクラスメイトということになる。
だが、弥々は普通の特進の生徒とは違う。
彼女は、特別、だ。
いわばポテンシャル採用待遇と言うべきか。
彼女は特進コースに在籍しながら、唯一、部活動が認められている存在。
____才能の塊。
だが、
「え?マリアパイセンが早速1人のばしちゃった話じゃなかったっけ?」
「おまっ!!それを先に言えよ!!昼休み終わっちまうだろうがっ!!馬鹿なのかお前は!タスクの優先順位間違ってんだよ!」
パンチは机から飛び上がり、天珠の席に集まった有象無象を華麗にスルーして、教室を出た。
残された弥々は、誰にも聞こえないほどの小声で、
「パンチのばっかでぇ、マリアがしろーと殴る訳ないってのに、お前以外。な、そうだろ、九龍天珠?」
弥々の気だるげな目線の先、光に蝟集したような集団の中、二人の目が合う。
さっきまで走り去るパンチをじっと見ていた彼女は、それを隠すように野次馬たちにニコリと笑った。
まさに天使のように、瑕疵のない笑顔。
笑顔と名付けるべき、笑顔。
トートロジー。
「あぁ、なんだっけなぁ、なんか見覚えあんだよなぁ、その感じ。笑顔ですって笑顔、、、誰だっけな?」
だが、弥々の興味はそれほど持続しない。
「甘さとしょっぱさとうまみはクリアなんだよ、酸味は黒酢をかけるとして、あと苦味があれば五味コンプリートなんだが、、、炙るか_____」
トートロジー肉まんのかぶりついた場所をじっと見、そこにポケットから出した小瓶の黒酢を垂らしながら、弥々はそう呟いた。
▲▽
「マリアァッ!!!」
「うぉっ、びっくりした、パパかと思ったじゃん」
場所を覚えたばかりの職員室に入るなり、パンチは叫んだ。
思ったよりも近い場所にマリアはいた。
擦りガラスのパーテーションで隔離された中、その隙間からマリアが振り返っていた。
パンチはずかずかとその中に入って、
「マリアは殺りませんっ!!誤解を受けやすいだけですっ!こいつは一般人を殴ったりしないっ!本当はテディベアの1柱1柱に名前を付けて抱きしめるほどに乙女なんですっぐわっしゃぁあああああああああああああああああああ!!」
「殴ってるじゃないか、一般人」
生徒指導っぽい、茶色いスーツを来た中肉中背の先生が無精ひげを撫でながらそう言った。
パンチはパーテーションをほとんど抱えるようにしてなんとか右フックの衝撃を殺した。
「馬鹿がバカなこと言うからです。やりません、が、殺しませんに聞こえて不服でした」
「ぐっはぁああああああきもちぃぇええええええ。兎に角、マリアは人を殴りませんよ、絶対に誤解です」
「分かったから二人とももう戻れ、お前は居残りな」
誤解を解くのに必死で、先生の隣に一人の男子生徒が座っていることにパンチは気づかなかった。ネクタイの色的にどうやら先輩らしい。
「こんな野蛮でヤバイ女だって知ってたら声掛けなかったぜ、めんどくせぇ。大人しく天使様の方にしとけばよかったよ」
その捨て台詞に、生徒指導の先生っぽい人が拳骨を落とす。
「人としてあるまじき言動の前に、男としてみっともないぞ。スポ特から落ちてやることがナンパか?」
「ナンパじゃねぇよ、こんな不細工の貧乳、お前にくれてやる。触ったことあるか?こいつの胸、板だぜ板、だれがこんな____」
「______テメェ、やきいれるぞゴラ」
パンチはなぜか唐突にわめき散らすマリアに振り上げた腕を引かれ、職員室を後にした。
▲▽
もう授業が始まるとあって、廊下は静かだった。
「あんたバカなのっっ!?」
「そうです、私はバカでドМで猥褻物です。BMWと呼んでください」
「なんで付け足すのよ!せっかく特待で入れたのに、無暗に評価落とすことないでしょう?それにあんたはそんな高級車っぽくない、良くて軽自動車」
「は?むしろ評価上がるだろ。彼女を守るために殴り混む男だぞ。もうそれ軍団じゃん。お前西国原役な、先頭切って行け。あと軽自動車馬鹿にするなよ、ヤンキーといえばワゴンLだろうが」
「ヤクザ映画には出ないわよ、拳銃、怖いもん。それに彼女じゃないっっ!!しれっと、、、。あと、軽自動車でデートとか最悪だからね。ぎりSUV」
「飛躍するなよ、なんで映画作るとこまでいってんだよ。あと拳銃よりお前のステゴロの方がヤバイからな。チャカとステゴロ、どっちが強いと思う?ってコンビニで聞かれたら、ステゴロって即答するね、俺は。それから、デートで軽自動車ダメとか、サイゼ○ヤ駄目とか軽々しく言うな、炎上するぞ」
「そんな訳ないじゃない、銃弾、避けれないし、多分。というかなんで?サイゼ○リヤ、嬉しいけど、、、」
「お前は避けるよ、空手が上手なねぇちゃんだって避けれるんだから。あと、サイゼリヤは嬉しいのかよ」
「はぁ?誰が一緒になんて行ってあげるなんて言った!?あんたとデートなんか最悪。11時くらいに駅で集合して?それから一緒にサイゼ○ヤ行って?二人で顔を突き合わせながら間違い探しして?私の方が1個多く見つけて?それですごいなぁっって褒めてくれて?ドリア半分こして?はぁ?誰がそんなデートするかよ!!!」
「めちゃめちゃサイゼ○ヤ楽しもうとしてんじゃん、お前」
「なんの話してんのよ!」
「それはそう、でなんともないのか?」
「なんともないわよ!見れば分かるでしょ?あんなチンピラに_____」
「違くて、心の方だよ。触られたんだろ」
パンチは少し気恥ずかしくて、目線を逸らしながら言った。
「あ、そっちね_____ふぅん、胸、触られたって思ってあんなに怒ったんだ?」
「は?ちげぇよ。不細工の方だわ!マリアは不細工じゃねぇだろ。目ぇ腐ってんのか、あいつ」
「う、、、、、あ、、、、、そっち、そっちね。そっちはそっちで、、、うん、そっか」
なぜかマリアは急にしおらしくなった。
パンチよりは5センチ以上背が高いマリアが、どこか小さく見えた。
「あ、、、あのね、、、触られて、、、ないよ?あいつチビだったから、触ったと思ってるのは、あばらというか、この辺だから」
マリアは恥ずかしそうに、胸から少し下のとこを触る。
「そりゃそうだ、いくらマリアだって多少のふくらみはある。板じゃない」
「_____あ?」
「すみません。間違えました」
「何を?」
「生まれてくる時代を」
「生まれたことそのものが間違いだとは思わない?時代問わず」
「はい。卵割してごめんなさい」
「よろしい。戻れ」
「はっ!!!」
パンチは自分の教室の前で敬礼して、すでに授業は始まっている教室にそろりと入室した。
一人残されたマリアは、自分のスポ特の教室に向かう間、ひとりごちた。
「____信じてくれたの、嬉しかったよ、パンチ。でもさ、天珠ちゃんみたいな子なら、誤解されることもないよね、お淑やかな女の子の方が、いいのかな、、、」
マリアは自分の赤い髪の毛の先を指でくるくると弄りながらだった。
『こんな野蛮でヤバイ女だって知ってたら声掛けなかったぜ、めんどくせぇ。大人しく天使様の方にしとけばよかったよ』
『ナンパじゃねぇよ、こんな不細工の貧乳、お前にくれやる。触ったことあるか?こいつの胸、板だぜ板、だれがこんな____』
ナンパ男の捨て台詞など、記憶に留める価値もない。
それでも、リフレインする。
『髪染めてチャラそうだから、軽い女だと思ったのによ』
回し蹴りの寸止めで奴が腰を抜かす前、そんなことも言っていた。
でも、普段ならそんな言葉気にしない。
原因は分かっている。
九龍天珠に肩を貸して、並んで歩くパンチの背中。
その光景が、脳裏に焼き付いて離れない。
パンチは、きっと、それを不可抗力だと思っている。
____中学のときもそうだ。
教師に言われたから、プリント届けに行ってくる。
そう言った彼の顔は、道中、全然嫌々じゃなかった。
むしろ、やる気に満ちていたように、マリアには映った。
_____パンチの頬には、小さな傷痕がある
2~3針縫っただけの、小さな傷。
でも、誰が見ても分かる傷。
「おばさん、、、おばさんが残した傷、まだ治らないよ。私もそっち側に行った方がいいの____?」
マリアは弱気になる自分の頭を振って、余計な考えを飛ばす。
そして、胸の内ポケットにしまっていた、小さなキーホルダーサイズのテディベアを出して、その頭を撫でる。
「____守ってくれてありがとう。板じゃないよね?こんなにふわふわなのに」
マリアは幸せそうに、テディベアに微笑みかけた。
それは未だ誰も見たことのない、死スター・マリアの素顔だった。




