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第2話 はい、チーズ

_____時は高校入学、二か月前に遡る。


左近寺パンチは、生まれ育った地元、そして親元を離れ、私立川畑(かわばた)高校に入学した。

この高校は文武両道ではなく、二極化している。

つまり、文を極める特進コースと、武を極めるスポーツコースだ。

無論、普通科もあるが、それは地元の学生メインで、県外出身者はほとんど上記いずれかのコースに所属している。

パンチもまた、特進コースの特待生として、卒業時には合格実績という名の置き土産を残すことが期待されている。

入学金、授業料、施設利用費、全て免除だ。

地元の公立進学校に通うことも考えていたが、


『もし川畑の特待取れるなら、一人暮らししていいぞ』


『え、寮あるけど?』


『2人部屋だろ?一人暮らし、夢だったんじゃないのか?』


『まぁ、うん、、、本当にいいの?顔も見せてないのに』


『薫のために、だろ。いいぜ、それぐらいは親父としてさせてくれや』


という、父との電話交渉が進路を決定した。

それゆえ、ほとんどの県外学生は寮生活だが、パンチは少し築年数の経った32階建マンションの24階、家賃18万の3LDKに住むことになった。

同じ東北とはいえ、地元では32階建てのマンションなど見たこともなく、部屋から見える景色は都会そのものに見えた。

家賃18万なんて、と父に連絡したときには、


『3年間で1千万くらいだろ?車1台分ぐらいじゃねぇか』


と、なんでもないことのように答えた。

まず計算が全然出来ていないことはスルーしつつ、何か不法を働いているのではないかと懸念すらした。

いずれ返済します、と言うと、


『お、どっちでもいいけどな。まぁ、頭いいなら社会出て2~3年で返せるだろ』


パンチは頭を抱えた。

父は、元ヤンキーなりに、賢い人間を崇拝しているところがある。

だが、実際の社会では賢さよりも行動力の方が重要視され、成功に結び付くことが多い。

実際に、父はバイカーギャングみたいな奴らを束ねて、それで起業した。

最初は解体業とか、人材紹介がメインだったらしいが、今では、


『迷惑を人にかけたことは消えねぇ。だからこそ、同じくらい良い事をしてぇ』


と、福祉業界にも殴り込み、その道でも成功した。

今や県の委員みたいな仕事もちょこちょこやっているらしい。

地元では、捨てられた母が父の悪口を喧伝して歩いているが、その効力もむなしく、今では母が変な人の扱いを受けている。


兎にも角にも、パンチは15にして多額の負債を負ってしまったわけだが、それでも一人暮らしという夢を叶えるための先行投資としては悪くないと思った。社会人になってから慎ましく生活する分には、一向にかまわない。


「左近寺パンチ、お勤めに参りますか」


入学式である。

両親は来ない。

寂しくはなかった。むしろ母と離れられた高揚感しかない。

それに、両親よりも騒がしい人も来る。

まだ桜の咲かない、曇り空、冬の匂いが残る外の空気を吸ったとき、隣の部屋からも一人の少女が出てきた。


「あ____」


____その時だった。


陽光が天使の梯子となって、雲間から彼女に向かって降りてくる。

あたかも日差しでできたヴェールのように、その姿を優しく包む。

彼女が、パンチを認めて、その面を上げる。

セミロングのウェーブがかった茶色の髪が、ふわりと浮き、まるで水中にいるかのように揺蕩う。

白皙の肌に、高い鼻梁、色素の薄い瞳に、長いまつ毛。

豊かな胸と、細い脚。


「____ヴェールの、、、乙女、、、」


ジョヴァンニ・ストラッツァというイタリアの彫刻家が残した大理石の胸像。

もしその彫刻に全身があれば、きっとこんな女性だったのかもしれない。

いや、その女性の、若い時分。

まだ蕾の美貌が、陽の光の助けを受けて、一瞬だけ花開いたのを、パンチは見てしまった。


そして、


_____見蕩れた。


彼女は、一瞬だけ驚いた後、唇だけで薄く笑って、


「あぁ、、、これは運命、、、いや、絶対に運命にしてみせるよ、左近寺パンチくん」


その一言だけを残して、彼女はパンチの横を小走りに、照れたように顔を隠して行ってしまった。

一振りの風が、優しく、甘美な匂いをパンチの鼻腔に運ぶ。

そして、彼女が残したヴェールだけ、パンチの顔に優しく降り落ちてきた。


▲▽


「高校でもあんたと同じなんて、ゲロ吐きそう」


幼馴染であるマリア____死スター・マリアこと、西松さいまつマリアが、なぜか校門の前で仁王立ちしていた。


「お前、寮だろ。なんで校門にいんの?」


マリアはボクシングのスポーツ特待で入学してきた。

そして寮生だ。

寮は学校の敷地内にあるから、校門にいるのはおかしい。


「べ、、、別にあんたを待ってたわけじゃないんだからね!パパを待ってたのよ!!」


「あ、そう。というかお前、高校でも赤髪なのな」


「なによ、悪いっ!?」


「いや、似合ってるし、かわいい。コーンロウは止めたんだな」


肩より長い赤い髪は、高校の制服とは全くマッチしていなかったが、彼女のスタイルの良さと合わさると、韓国アイドルみたいに見える。というか、そのものだ。


「か、、、かわ、、、かわいいって、、、何よ、、、どうせなら世界一とか付けなさいよ。コーンロウは、、、その、、、ネットで、外国のカルチャーだから安易に真似するのはよくないみたいな、、、の、見たから、止めたほうが良いのかなって」


「お前、意外にそういうの気にするよな。あと、世界一かわいい」


「気持ちがこもってない!」


「もう1回、気持ち込めて言うか?」


「言わなくていい!気色悪いから!」


咆哮する180センチ×赤髪の女に、「ひぃ!」と、おそらく地元から通うらしい学生や、その親が怯える。入学するところを間違ったとでも思っているかもしれない。


「____それで、なんで襟、離してくれないの?」


そう。

ずっとマリアがパンチの制服の襟を掴んでいるのである。

その握力たるや、噂では60キロだの、100キロだの言われている握力で、だ。


「私が一緒に居たいわけじゃないからね!勘違いしないでよ、パパが写真撮りたいんだって」


「おじさんか、もう来るの?」


「多分、三人で撮るんだって。晃先輩に報告しないと殺されるって」


「すまん、おじさん、、、」


そうこうして、マリアの父、賢治おじさんを校門で待っていると、


「おう!相変わらずシャばいな!パゥンチャァ!」


おじさんがスーツに金のぶっといネックレスをじゃらつかせながら来た。


「マリアもパゥンチャァ!も、ここでテッペン取んのか、あ!?」


おじさんは大声で、正門の校名が書かれたところをばんばんと拳で叩く。


「まぁ、そうっすね」


「やめてよパパ、恥ずかしいっ!」


マリアの鉄拳がおじさんの鳩尾にクリーンで入る。

一般人ならそれで再起不能だが、おじさんはけろっとした顔で、


「____スポーツのパンチが、パパに通用すると思うなよ」


と、マリアの腕を捻り上げる。

パンチはそれを見て、


_____かっけぇええええええええええええええええええええ!!


心の中で色めきたっていた。

そう、パンチは自己分析が徹底されているために、自分は優等生として生きていくことを決めたが、その実、ヤンキーに憧れているのである。

その思いが、マリアへの思慕を加速させているといっても過言ではない。

青く光るアル〇ァ―ドも、金のネックレスも、透徹したヤンキー根性がなければ恥ずかしくてできない。

でも、その意志の強さにどうしても惹かれてしまうのだ。


これが公道最強の男____。

パンチはいつか、公務員になって、その公道を整備する側にまわりたいとすら思っている。


「よし、写真撮るか、、、っと_____」


おじさんが回りを見渡したとき、すっと人影が一つ、近づいて来た。


「私、撮りましょうか?」


「お、まぶいねぇちゃんだな、ありがとよ」


まぶい、なんて死語だろうと思いつつ、おじさんのがたいのデカさに隠れて見えなかった少女が、くいっっと顔だけ出す。


「あ_____」


そこにいたのは、朝、隣の部屋から出てきた胸像の少女だった。

あの時の美しさこそ再現されていないが、それでも十分にこの世のものとは思えない造形をしていた。

パンチは開いた口のまま、おじさんの脇に立って背を伸ばす。

若干、マリアの視線が痛いような気もしたが、


「はい、では撮りますよ、ハイ、チーズ、、、もう1枚_____」


パンチはスマホのカメラを見ていたのか、彼女の顔を見ていたのか、はっきりと分からなかった。


「あんがとよ、ねぇちゃん、見れば見るほどまぶいな、まぁオレの娘には敵わないが、、、おっと、すまん、オレ抜きで、二人の写真も撮ってくれるか?」


おじさんがそう言ったとき、確認のためおじさんにスマホを手渡した腕の形のまま、彼女が一瞬、固まったように見えた。

そして、、、


「_____あ、、、ごめんなさい、、、ちょっと眩暈が、、、」


そしてそのまま、彼女はしゃがみこんでしまった。

おじさんが慌てて、


「ねぇちゃん!大丈夫かっ!?」


パンチも動きかけたが、おじさんなら易々と担いで保健室にでも連れてってくれるだろうと思いなおした。

その時、少女の瞳と、茶色い緩やかな前髪の向こうで焦点が合った気がした。


「ご、、、ごめんなさい。もともと貧血気味で、、、パンチ君、ごめんなさい、保健室まで一緒に来てくれるかな?」


彼女から自分の名前が出たことに、その場にいる三人は一様に固まった。

だが、


「うん?パゥンチャァ!の知り合いなのか、このまぶいねぇちゃん。なんだよ、隅に置けねぇなぁ。まぁ、男はモテてなんぼ、遊んでなんぼだからな、遊んだことのねぇ奴に限って、ろくな大人にならねぇし、いい旦那にもならねぇ。それに、女もモテる男をうまく扱ってこそ、いい女になるんだ、マリアァ、修行だな!」


「____別に、こんな奴、手放しであげるわよ」


マリアの声は、いつもより抑揚がなく、落ち着いて聞こえた。

パンチはとにかく、その少女に肩を貸して、校門を通る。

周囲の視線が痛いが、それはさっきまでもあったから、気にならない。


「大丈夫?」


パンチがそう声をかけたとき、


____二人で写真なんか、、、撮らせない。

____ありがたく、頂きますね、マリアちゃん、、、。


「どうした?なんか言ったか?」


「ううん、、、ごめんね、迷惑かけて、、、ダメダメだね、、、私、、、こんなんじゃ、高校、卒業できないかも、、、一人じゃ、何もできないから、、、天珠は、、、」


____天珠。


その聞き覚えがある名前の衝撃よりも、パンチの脳内を占めたのは別のことだった。


『ママは1人じゃ何もできないから、パパがいなかったらね、きっとすぐに死んじゃうの、ママの味方はパパだけだから』


____自己肯定感の低さ。

____それに起因する、依存的性質。

____自信がないゆえに、安泰を求め、挑戦を恐れる、自主性の低さ。

____助けようとした人を、一緒に地の底に引きずり込む、その否定的思考。

____敵と味方、二項対立でしか考えられない、柔軟性のなさ。



「でも、、、良かった。パンチ君が居て、、、パンチくんと一緒なら、頑張れるかもしれないから、、、迷惑だよね、、、でもね、、、嬉しいの。私の味方は、世界でパンチ君、一人だったから」


嫌いな人間。

近くにいると破滅する人間。


それなのに、なぜ。


_____俺はこうも、彼女から目を離せないでいるんだろうか。

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