深夜の訪問者と、死の予習
「……っはぁ、はぁ……。実際、二百回以上は死んでるんだけどな」
訓練を終えた俺は、館の自室で泥のように眠り、数時間後にようやく意識を浮上させた。
窓の外は、すでに深い闇に包まれている。
エルーシアとの地獄の特訓で得た『身体強化』と『超感覚』。その恩恵か、寝起きの脳は驚くほど冴え渡っていた。
(……待て)
その時、『危険察知』が脳の奥を針で刺すような、冷徹な警報を鳴らした。
訓練の「痛み」とは違う。これは、命を刈り取るための純粋な「殺意」だ。
月の光が差し込む窓際。その影が、一瞬だけ不自然に歪んだ。
(誰だ……!?)
問答無用。影が爆ぜた。
正体を確認する暇も、声を上げる余裕もない。
銀光が奔り、熱い衝撃とともに、俺の視界は上下逆さまに反転した。
《頚動脈切断を確認。死亡を確認しました》
《リトライを実行します》
視界が戻る。場所は、俺が目を覚ます「一分前」。
「……っ、げほっ……!!」
喉を抑え、焼けるような幻痛に身悶えしながら、荒い息を吐き出す。
今まさに斬られた生々しい感触が、魂の裏側にべったりと張り付いている。
だが、その苦痛と引き換えに、俺の視界には「勝利への攻略本」が浮かんでいた。
《ユニークスキル【レコード】更新》
《個体名:暗殺者(名無し)》
《特性:隠密、毒刃。宮廷魔術師ザベルの配下》
《備考:鑑定で正体を見抜けなかったザベルが、恐怖のあまり放った刺客》
「……なるほど。あいつ、自分の鑑定をバグらせた俺が怖くて眠れなかったわけだ」
恐怖は人を狂わせる。だが、俺にとっては絶好の「餌」だ。
一度死んだことで、相手の潜伏場所も、一撃目の角度も、踏み込みの速度も、すべて「既読」の情報に変わった。
俺はあえて、また同じように寝ぼけたふりをしてベッドから転がり落ちる。
シュッ――!!
一秒前まで俺の頭があった枕を、黒い短剣が深く貫いた。
「……ほう」
影から漏れた、感心の声。俺は床を転がりながら、暗殺者の足元へ水差しを蹴り飛ばした。
「なっ……!? 偶然か……!」
暗殺者が驚愕に息を呑む。
寝起きの子供が、死角からの不意打ちを紙一重でかわし、的確な妨害を繰り出したのだ。
偶然だと思うなら、思わせておけばいい。
「偶然だと思いたいなら、もう一回やってみるか? おっさん」
「……この、バキモノが……っ!」
二度目、三度目の死を経て、俺は暗殺者が袖口に隠した毒針のタイミングも、二本目の予備短剣のリーチも、一つずつ丁寧に「予習」して剥ぎ取っていく。
「なぜだ! なぜ当たらん……!」
暗殺者の焦燥が、剣筋を乱す。
彼からすれば、目の前のガキが**「自分の未来をすべて知っている」**かのように動いているのだ。その恐怖は、ザベルが抱いたものと同じだろう。
十回目の死。
暗殺者の全ての行動パターンが、俺の脳内で「穴だらけの欠陥品」に変わった。
「チェックメイトだ」
暗殺者が焦りから放った、大振りの一撃。
俺はそれを、横に避けるのではない。あえて「前」に踏み込み、水差しで濡れた床へと彼を誘い込んだ。
ズリッ。
「がっ……!?」
足を取られ、体勢を崩す暗殺者。
俺はその無防備な顎へ、全身の『身体強化』を乗せた拳を、真下から垂直に叩き込んだ。
ガッ!!!
脳を直接揺らされた暗殺者が、白目を剥いて床に沈む。
格上の完封。
「死んで覚える」という狂った戦法が、館の暗闇の中で静かに完成した。
「ふぅ……。やっぱり実戦はレベルの上がり方が違うな」
廊下からは、異変に気づいたエルーシアたちの急ぎ足が聞こえてくる。
俺は床に転がった刺客を冷ややかに見下ろし、不敵に口角を上げた。
「さて。これであの魔術師、どんな言い訳を用意してるんだろうな?」
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追記:魔術師の独白
館の離れ、薄暗い魔術工房でザベルは苦々しく爪を噛んでいた。
「……あり得ん。私の『精神鑑定』を弾く5歳児など、この世に存在していいはずがない。あれは古代遺物の守護者か、あるいは邪神の依代か……」
彼にとって、理解できない存在は「排除すべき害悪」でしかなかった。
水晶球に映る、ベッドで眠る主人公の姿。
「エルーシアが奴を『才能』と呼ぶなら、私はそれを『呪い』と呼ぼう。アルトワの血に仇なす前に、闇に葬ってくれるわ」




