死戦と言う名のチュートリアル
三度目。
肺に流れ込む、湿った草の匂い。
デジャヴどころではない。もはや親の顔より見た光景だ。(まだ3回目だけど)
「……ふぅー」
深く、長く息を吐く。
脳が異常に冴え渡っている。新スキル『思考加速』の影響か、それとも死の淵を二度くぐり抜けたことで生存本能がリミッターを外したのか。
ガサリ、と背後の草むらが揺れる。
一周目で俺を殺し、二周目で崖に落とした「あの1頭目」が姿を現す。
軽トラサイズの巨体、獲物を舐めきった金色の瞳。
「よお。三度目の正直って言葉、知ってるか?」
狼が跳ぶ。
だが、その動きは『思考加速』下の俺には、あくびが出るほどスローモーションだった。
俺は最小限の動きで横にステップし、狼の鼻先を掠めるようにかわす。
そのまま崖の方へは走らず、二周目で俺を食い殺した「群れ」が潜んでいた森の奥へと、あえて足を踏み出した。
「来いよ。お前、仲間呼ぶんだろ?」
背後から迫る殺気。
『危険察知』の赤い警報を逆手に取り、俺は「あえて」狼に追わせる。
一頭目を生かしたまま、群れの出現ポイントまで誘導する。
案の定だ。
森の闇から、次々と金色の瞳が灯り始める。
二頭、三頭……十頭以上。
二周目の俺を絶望させた、あの包囲網が完成しつつあった。
(ここだ)
俺はわざと足を縺もつれさせ、速度を落とす。
すると、背後を追っていた一頭目が、手柄を独り占めしようと一点突破の猛チャージを仕掛けてきた。
同時に、正面の藪から二頭の狼が飛び出す。
挟み撃ち。
だが、これこそが俺の描いた「詰み」の解消法だ。
「――今だ」
俺は、一頭目が飛びかかってくる瞬間に合わせ、地面に突き出した「あるもの」を思い切り踏みつけた。
それは、半分土に埋まった古びた蔦。
二周目の死の間際、回転する視界の中で俺の脳が記録していた「不自然な地形」の一つ。
その蔦の先は、巨大な倒木を支える不安定な岩の隙間に繋がっている。
ピキィ、と乾いた音が響く。
次の瞬間、頭上から降り注いだのは巨大な影だった。
絶妙なバランスで他の木々に引っかかっていた数トンの巨木が、俺の一蹴りで重力に従って解放された。
ドォォォォォォォンッ!!
「ギャウンッ!?」
凄まじい衝撃波と土煙。
突っ込んできた一頭目と、正面から迎撃しようとした二頭が、逃げ場のないまま巨木の下敷きとなった。
さらに、密集して包囲網を狭めていた後続の群れも、跳ね上がった岩や枝の直撃を受けてパニックに陥る。
《経験値を獲得しました》
《レベルが上昇しました》
《レベルが上昇しました》
《レベルが上昇しました》
脳内に響く無機質なアナウンス。
視界の端でレベルが跳ね上がっていく。
「ハッ……あはははは!」
笑いが止まらなかった。
レベル1の5歳児が、森の捕食者を罠に嵌めて一網打尽。
二周分の「死のデータ」が、絶望を最高のカタルシスに変えていく。
だが、生き残った個体が三頭。
土煙の向こう側、仲間を殺された怒りに目を血走らせて牙を剥く。
(遅いな)
一頭が突っ込んでくるが、今の俺にはその挙動が手に取るように分かる。
レベルアップによる身体能力の向上と、《思考加速》の相乗効果。
俺は落ちていた鋭い木片を拾い上げると、回避と同時に、狼の柔らかい腹部へと正確に突き立てた。
「……次は、どっちだ?」
返り血で赤く染まった5歳児が、尖った木片を構えて静かに笑う。
それは、獲物と捕食者の立場が、完全に逆転した瞬間だった。




