未来のための自害
「……いや、なんでもないよ。……ねぇ、エルーシア。もっと訓練、厳しくして。死ぬほどさ」
俺は笑いながら、内心では冷や汗を流していた。
どうやら二周目、三周目くらいで満足している場合じゃない。
セーブポイントが勝手に更新され、取り返しのつかない地点で「固定」される――そんな『本当の地獄』が、すぐそこまで来ている予感がしたからだ。
そして今、俺は伯爵の執務室で、その予感が「現実」に変わる瞬間に立ち会っていた。
「これは……なんだ……?」
伯爵が震える手でザベルの私物だった「黒い手紙」の封を切り、机の上に広げた。
俺はその紙面を覗き込む。そこに綴られていたのは、文字というより、どす黒い意志の奔流そのものだった。
(……っ! やっぱりだ。できるだけ【深淵の福音】に関わるのは避けたい。俺はただ、二度目の人生をのんびり無双して過ごしたいだけなんだ。なのに――)
平穏を願う、ささやかな生存本能。
だが、それをあざ笑うかのように、俺の視界が真っ赤に染まった。
「セーブポイントの強制更新……だと!?」
俺はいまだに理解ができないまま、震える声で呟いた。
俺の目の前にだけ、見たこともないどす黒い警告プロンプトが激しく明滅している。
《警告:未知の組織【深淵の福音】による空間干渉を確認》
《強制セーブシークエンスが開始されました。完了まで残り60秒》
「ナナシ? 急にどうした、顔色が悪いぞ……」
エルーシアが心配そうに俺の肩に手を置く。
だが、その彼女の姿が、まるで見当違いな方向に「ズレて」見えた。
いや、違う。ズレているのは世界の方だ。
「……逃げろ、エルーシア! 伯爵閣下も!」
俺が叫んだ瞬間、執務室の窓ガラスが音もなく粉砕された。
飛び込んできたのは、人ではない。
真っ白な仮面をつけ、黒い法衣を纏った「影」のような存在――【深淵の福音】の使徒。
「見つけたぞ、特異点。……君の物語は、ここで『固定』させてもらう」
白仮面の男が、空中に奇妙な紋章を描く。
その瞬間、俺の視界に表示されている「強制セーブ」のカウントダウンが加速した。
(クソッ……! ここでセーブされたら、この使徒が目の前にいる『死ぬ直前の状況』が初期値(スタート地点)になっちまう!)
そうなれば、何度リトライしても、復活した瞬間に殺される「無限死の牢獄」に閉じ込められる。
「させるかぁぁ!!」
俺はエルーシアが腰に差していた短剣を奪い取るように抜き放ち、自分の喉元へ突き立てた。
「なっ……!? ナナシ、何を――」
驚愕する彼女の前で、俺は迷わず自分の喉を切り裂いた。
ズブッ
《個体の死亡を確認――リトライを実行します》
「……っ、はぁ! はぁ、はぁ……っ!!」
視界が開ける。
見慣れた豪華な天蓋付きベッド。視界が開ける。
朝食前の「安全な時点」だ。
喉に残る熱い幻痛を無視し、俺はベッドから飛び起きた。
まもなく、エルーシアが朝食を持ってノックしてくるはずだ。だが、そんな悠長なことはしていられない。
数分後、俺は執務室で「黒い手紙」を見せられ、あの白仮面と遭遇する。
今のレベル(Lv15)のままあそこへ行けば、また強制更新の危機に晒されるだけだ。
「……悪いな、朝食抜きだ。その代わり、最高にエグい栄養を食わせてやる」
俺は【暗殺者の歩法】で窓から抜け出し、館の最深部にある『魔力溜まり』へと走った。
そこは、ザベルが地下牢から魔力を吸い上げていた、いわば「館の胃袋」。
普通なら、5歳児の体が耐えられる場所じゃないが、俺には「死」という名の試行錯誤がある。
「あいつが俺を『固定』しに来る前に、俺があいつを『固定(殺害)』できる強さを手に入れる」
扉を開けた瞬間、致死量の魔力が爆風となって俺を襲う。底から吹き上がる、毒々しいほど濃密な魔力の奔流。
「さあ、レベリング(死の特訓)の時間だ」
俺はその奔流の中へ、自ら身を投げ出した。
《高濃度魔力による細胞崩壊。死亡を確認しました》
《リトライ:1回目》
一瞬で全身の血管が破裂して死亡。
《リトライ:12回目》
魔力に焼かれる苦痛に耐え、あえて肺の奥まで魔力を吸い込み、内側から爆発して死亡。
《リトライ:45回目》
《死亡ボーナス:耐性スキル【魔力汚染耐性Lv1】を獲得》
少しだけ、長く留まれるようになった。
《リトライ:100回目》
あえて魔力の「渦」の正反対に立ち、全身の魔力回路を強引に逆流させて死亡。
《リトライ:180回目》
《死亡ボーナス:スキル【魔力吸収Lv1】に覚醒》
死ぬ間際に吸い込める魔力量が、飛躍的に跳ね上がる。
魂が磨り減り、5歳児の体がミシミシと悲鳴を上げる。
だが、死ぬたびに「魔力の扱い方」が、数十年修行した老魔術師のように脳に刻まれていく。
(……もっとだ。もっと効率よく、最短ルートで『あの仮面』を殺せる出力まで上げろ!)
《リトライ:300回目》
暗闇の中、俺の全身が青白い閃光に包まれる。
もはや苦痛すら感じない。死はただの「更新作業」に過ぎなかった。
数時間後。
地下室に、幼い子供の低く、静かな声が響く。
「……よし。仕上がりは上々だ」
《レベルアップ:Lv15 → Lv30》
《スキル【魔導の深淵】を獲得しました》
俺はパチパチと弾ける魔力を指先に纏わせ、地上へと駆け出した。
そこでは今まさに、エルーシアたちが「死の手紙」を広げ、絶望の使徒を迎え入れようとしているはずだ。
「待たせたな、白仮面。……二周目の攻略開始だ」
ちょっとおかしいところがあるかもしれません!もしあったら教えて下さい!修正します!!




