死んだら、ログが表示されたんだが?
──俺は死んだ。
これは比喩でも誇張でもなく、ましてや物語の導入として格好つけた言い回しでもない。医学的にも社会的にも完全に人生が終了したという意味で、文字通り、本当に死んだ。
トラックに轢かれて異世界転生のテンプレを満たしたわけでもなければ、誰かを庇って命を落としたという感動的な最期でもない。英雄的な行為も、劇的な演出も、涙を誘うエピソードも皆無だ。もっとこう、現代社会を生きる平凡な社会人らしい、地味で、情けなくて、誰にも語りたくない死因。
徹夜でゲームした翌朝、寝不足のまま出勤しようとして駅の階段で足を踏み外し、そのまま転落。……即死。
……うん。
改めて言語化すると、想像以上にダサい。
「いやこれ、ニュースにもならんやつじゃん……」
せめて「男性転落、意識不明の重体」くらいの三行記事にはなってほしかった。だが現実は、駅員の業務報告書に『○時○分、階段にて転倒者。処理済み』と小さく一行書かれて終わりだろう。
人生のエンディングログが業務連絡レベルで締めくくられるのは、あまりに寂しすぎる。
そんな自虐的な思考が頭をよぎった、まさにその瞬間だった。
何の前触れもなく、視界に真っ黒な画面が割り込んできた。
それは暗闇というより、世界そのものが黒いスクリーンに置き換わったかのような感覚だ。上下も左右も奥行きも存在しない、完全な「無」。その中心に、無機質な白い文字が静かに浮かび上がる。
《個体の死亡を確認しました》
《魂のバックアップを開始します》
《セーブデータの読み込みが可能です》
「…………は?」
思わず声を出した……つもりだった。だが空気を震わせる感覚はなく、耳にも何も届かない。それでも確かに「声を出した感覚」だけはある。
つまりこれは、音ではなく意識に直接流し込まれている情報だ。
……てか、今さらっととんでもない単語が混ざってなかったか?
セーブデータ? バックアップ?
「いやいや、ちょっと待て。俺は確かにゲーム好きだけど、死後の世界までゲームUI仕様なのは聞いてないぞ」
徹夜明けで脳がバグった可能性を疑ったが、そもそも今の俺は「死亡済み」だ。
脳もクソもない。混乱を置き去りにして、無慈悲に次のログが流れる。
《個体は特殊適性【時間干渉耐性】を保有》
《特典スキルを付与します》
《ユニークスキル【リトライ】を獲得しました》
「待て待て、情報量! CPU使用率が100%突破して思考フリーズするわ!」
リトライ? 今、確かにそう言ったか? ゲームでミスった時に押す、あの屈辱と希望のボタンか? ボス戦で何十回、何百回と連打するあの機能か?
《説明:死亡時、魂のバックアップ地点まで回帰する》
「……つまり、死ぬたびに特定の時点からやり直せるってことか。記憶を持ち越したまま。……地獄だけど、攻略のチャンスはあるってことだな」
「チートじゃねぇか!!!」
死んでいるくせに全力でツッコミを入れてしまった。いや、肉体の制約がないからこそキレが良くなっている気すらする。
すると、追い打ちのように選択画面が表示された。
《転生先を選択してください》
• 剣と魔法の世界
• SF世界
• 滅亡寸前世界(高難易度)
• 完全ランダム
「急にガチャ始まった……」
説明不足にもほどがある。普通、こういうのはチュートリアルとか利用規約があるはずだ。だが、この無言の圧力は「選ばなければ先へ進ませない」と訴えている。
数秒の葛藤の末、俺は一つを選んだ。
『剣と魔法の世界』。
異世界といえばこれだ。SFは科学考証が難しそうだし、滅亡寸前は論外。完全ランダムは人生を賭けたギャンブルすぎる。
消去法だが、これが最適解のはずだ。
《了解》
《難易度を自動調整します》
《死亡回数に応じて成長補正が付与されます》
嫌な予感が、背筋(体ないけど)を駆け抜けた。
「……え、死亡回数?」
《死亡は想定済みです》
「やっぱりデスゲーじゃねーか!!!」
叫んだ瞬間、世界が白く弾けた。
目を開けた瞬間、肺いっぱいに流れ込んできたのは、湿った草と土の匂いだった。
空は驚くほど青い。加工もフィルターも存在しない、剥き出しの「生の青」が視界を埋めている。
そして――。
「……ちっさ」
視界の位置が、異常に低い。手のひらは信じられないほど小さく、喉から出た声は自分のものとは思えないほど高く幼い。どう考えても、俺の体は5歳児程度のサイズに縮んでいた。
服は衣類とは呼びがたい、ボロ布を無理やり巻き付けたような代物。
場所は人の気配が一切ない、巨木が生い茂る深緑の森。
周囲からは聞いたこともない不気味な鳴き声が断続的に響き、それが「普通の野生動物」ではないことを本能が告げていた。
「……詰んだな」
二度目の人生のスタート地点としては過酷すぎる。チュートリアルどころか、即ゲームオーバー不可避のハードモードだ。
その時、背後の草むらが重量感のある音を立てて大きく揺れた。
反射的に振り返った視界の先にいたのは、想像の斜め上を行く「絶望」だった。
軽トラックほどもある、巨体。
狼という概念を物理的に拡張したような、完全ファンタジー仕様の捕食者。
そいつが、俺を完全に「餌」として見据えていた。
「いや無理無理無理!!」
全力で逃げ出そうとしたが、5歳児の脚力などたかが知れている。
狼は一瞬の隙を逃さず地面を蹴った。
巨大な爪が迫り、空気が裂ける鋭い音が鼓膜を打つ。
あ、これ死ぬ。
転生して1分。俺の短すぎる異世界ライフ、これにて
完――。
――とその瞬間。
叩きつけられる衝撃で体が宙を舞い、視界がぐるりと反転した。
激痛が走る寸前、スローモーションのように流れる景色の中で、俺の目は捉えていた。
すぐ数メートル先。深い森が唐突に途切れ、切り立った断崖絶壁が口を開けているのを。
「……あそこに、落とせれば……」
そんな思考が形になる前に、世界が暗闇に塗りつぶされた。
《死亡を確認しました》
《リトライしますか?》
「……はい」
《巻き戻り地点を選択》
• 誕生直後
• 森に出現した瞬間(推奨)
一瞬、思考が止まった。
誕生直後――赤ん坊からやり直せば、確かに安全かもしれない。だが、それは「何もできない数年間」をもう一度繰り返すことを意味する。
喋れない、歩けない、戦えない。
その間に何かあれば、またなす術なく死ぬだけだ。
「……それだけは、御免だ」
答えは決まっている。今の俺は弱いが、少なくとも走れるし、考えられるし、選択できる。
俺は迷わず『森に出現した瞬間』をタップした。
白い光が視界を埋める。
再び目を開けると、さっきと寸分違わぬ森と、空と、ちっぽけな体がそこにあった。
「……マジで戻った」
この瞬間、俺はこの世界のルールを完全に理解した。
この理不尽な世界を攻略する方法は、たった一つ。
「死んで覚えろ、ってことか」
《死亡ボーナス発生》
《スキル【危険察知 Lv1】を獲得》
どこまでも広がる青空を見上げ、俺は確信に近い予感を抱く。
「これ……死ぬほど強くなれるやつだ」
俺は小さな拳を、ゆっくりと、だが力強く握りしめた。
「よし、2周目行くか」
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