週刊誌
アアァーーーーーオッ!!
耳元で突然叫ばれて飛び起きた。黒猫は澄ました顔で横に座っていた。
「なに…どうしたの?いっこちゃん…」
状況が掴めないまま辺りを見回したが、いつも通りの宿の畳の部屋だった。もう随分と布団で寝てないな。別にいいけど。
「玄関に週刊誌あるから持ってきて。」
「週刊誌?なんで?」
「いいから!」
姉という生き物はなぜこうも弟に強いのか。覚えてないけど多分いっこちゃんが人間だった頃からなんだろうな。だって全く勝てる気がしないから逆らう気にもならない。
玄関を開けると甥っ子が立っていた。びっくりした。
「おはようございます」
礼儀正しく頭を下げるその手には週刊誌を持っている。
「おはよう…勝手に中入ればいいのに。」
「そういう訳にも参りません。」
親子なのに正反対だなと思いながら中へ招き入れる。黒猫の姿はいつの間にか消えていた。
「あれ…?」
「どうかしましたか?」
少し迷ったが適当に誤魔化し、部屋の隅にあった卓袱台を広げた。甥はその前に正座すると、週刊誌を広げて俺の前に置いた。
「『あの超有名企業社長突然の退任の陰に、日本を動かす強力霊媒師がいた!』……なにこれ?」
「申し訳ございません、僕のせいです!」
甥は深く頭を下げた。
「なにが?全然わかんないんだけど。」
「ええと…すみません…」
甥は顔を伏せた中途半端姿勢でなにやら困っている。よくわからないのでとりあえず週刊誌を読むことにした。
内容は、業績好調で株主総会でも当分辞めないと明言していた某社社長が突然完全引退したのは、とある霊媒師に辞任を進められたからで、この霊媒師は政財界などにも発言力を持つ闇のフィクサーであると書いてあった。
全部読んでも意味がわからない。
「どういうこと?」
「あの…その方はこの宿のお客様だったのです。」
甥はそう言うと汚れた名刺を週刊誌の横に置いた。
「へー」
いつ来たんだろ、俺が寝てる間?それともずっと前の話?
「それでつまり…ここに書かれているのはあなた様のことです。」
「…どっち?」
「霊媒師の方です。」
「俺って霊媒師で闇のフィクサーだったの?」
「申し訳ございません!」
甥が再び頭を下げた。いや謝られても…
「ごめん、状況がよくわかんない。全部説明して。」
「はい。この前社長は少し前にこの宿に来られました。そこでおやま様に助言を頂き仕事を引退されることに決めたそうです。ただ最初少しこの宿について疑ってらした前社長は、おやま様との会話をすべて録音していたそうです。その録音がこのライターの手に渡ってしまい、こういう記事になってしまいました。」
「あっそう…それでなにか問題が?」
「問題…は色々あります。まず、おやま様の存在は秘するべきです。そしてこちらを完全に信用せず録音という禁止行為をした先方にも抗議をしなければいけません。」
「…すれば?」
「しました。先方はすでにこの記事を書いたライターからボイスレコーダーとデータを回収し、二度とそれについて口外しないという念書を書かせたと聞いております。」
「…よかったね?」
「そして先方から追加で依頼を受けました。このライターを”指導”してほしいとの依頼です。」
「ちょっと待って。指導ってそんな怖い言葉じゃなかったはずだよ?」
「ライターは下に待たせております。連れて参りますのでご指導のほどよろしくお願い致します。」
「話が急!」
甥は頭を下げそのまま立ち上がって出て行こうとした。
「待って!待ってってば!…俺はなにをすりゃいいの?」
「お任せいたします。なお手付ですでに五百受け取っております。」
甥は再び頭を下げ玄関から出ていった。
「…いっこちゃん、あなたの息子大丈夫そ?」
「税金関係はうまくやってるわよ。」
背中の方から声がした。面倒だから振り返らずに話を続ける。
「そういうことじゃなくてさ…悪い人たちと関わってない?」
「残念ながらそれがうちの家業よ。」
家業、かぎょう、かきくけこ…
「みんな生まれた時から決まってるんだから、あんたも腹決めなさい。」
「職業選択の自由は基本的人権の一つであり」
「うるさい」
そういって姉の気配は消えた。姉という生き物はどうしてこうも弟の話を聞いてくれないのか。なんだか疲れて卓袱台の上に顔を伏せる。やだな、どうせ変なのが来るんだろうな。
やけに長時間待たされた後、甥が戻ってきた。やっぱり変なのを連れている。椀を伏せたような坊っちゃん刈りの二十代前半ぐらいの青年、でも本当はもっと歳がいってるんだろう。人を欺いて笑うための擬態。
「はじめまして!わたくし◯◯と申しましてライターをしております。この度は」
甥が何かを言う前に男はぺらぺらと話始めた。こちらを見る視線は好奇心を隠さない。好きじゃない。
男は名刺を差し出してきたが、顔を上げる気にもならず甥が代わりに受け取った。卓袱台に置かれたそれはなんだかごちゃごちゃと色んな団体の名前が書いてあったが、どれもまともに稼働していなそうだ。
「俺、あんたキライ。」
男の話を遮って言うと、男はやっとペラペラ喋るのを止めた。
「それは…残念ですね。初対面なのにどうしてですか?」
男はまるで悪意などないかのような無垢な笑みを浮かべた。
「取材に来たとか言ってたけど、俺になんか聞きたいことあんの?」
「…あ、はい。では用意いたしますね。」
質問に答えなかった時、男の顔が一瞬真顔になった。そんなにすぐ剥がれる仮面ならつけなくていいのに。
男は紙とペンを用意して俺の一メートル前に座った。勝手に卓袱台を使わない程度には弁えているらしい。
「まず、宮山さんは強い力を持つ霊媒師とのことですが、その力は幼少期からのものですか?それとも修行して…」
「俺が霊媒師だなんて本当に信じてんの?」
そう言って頬杖をつくと、男は嬉しそうな顔をした。
「それは…霊能力などは使っていないということでしょうか。」
俺を詐欺師だと思ってやがる。ちらりと甥の方を見ると、男の後ろで少し離れて正座していた。顔は伏せているので何を考えているかはわからない。
「俺はね、霊能とか霊媒とかそんなもんじゃないの、神だよ。」
男が一瞬で白けた顔になった。だが慌てて作り笑いをして取り繕う。
「なるほど…確かに神の如きご心眼ですよね。あの前社長の悪行を調べるのは大変だったでしょう。わたしも裏を取ろうとしましたが関係者全員口が固くて…」
「お前と一緒にすんな。」
「…失礼しました。やはり神様ということは、人を見ただけで全てわかってしまうのでしょうね。」
「お前は三十八歳で一人っ子だな。」
「それはあの社長周りの人達に聞いたんでしょう?わたしの戸籍やら履歴やら色々調べられたようですから。」
「まともな彼女がいたことは一度だけ。キャバクラの女に入れあげてつきまとったあげく出禁になったことは三回ある。」
「…よくご存知で。二回ですけどね。」
「今もコートの中に色々仕込んで録音?録画?してんね。」
甥が急いで立ち上がろうとしたがそれを目線で止めて続けた。
「お前ここになにしに来たかわかってる?」
「取材です。」
「違うよ、死にに来たんだよ。」
男の顔が引きつった。
「御冗談を…さすがにわたしだって色々手は打ってますよ。指定した時間までに家に戻らなければあのデータが人の手に渡るようになってます。」
「高い金で買い取らせたくせに?」
「お守りですよ。誰だって自分の命は惜しいでしょう?」
「誰もお前の命なんて惜しくないよ。」
男は今度ははっきりと俺を睨んだ。
「お前の家はすでに燃やされてるし、その前に持ち出した電子機器の解析も終わってる。後はお前が消えれば完璧。」
「今のも、録音してサーバーにリアルタイムで保存してますよ!」
「ここ圏外だよ。」
男は慌ててダウンコートの裾を破り始めた。そしてでてきた端末を見て床を殴った。俺が甥を睨むと、甥は男の後ろでひれ伏した。
「確かにボイスレコーダーを駅のゴミ箱に捨てた社長は大概だよ?でもそれを拾って金儲けしようとしたあんたも大概だよね。」
「捨てたられたものを…拾って金儲けして何が悪い。」
「うーん…端的に言うと、下品。」
男は俺の言うことを鼻で笑った。仮面は捨てたらしいく早々に足をくずした。
「ちょっと童顔で若く見えるからって、せっせと美容外科に通って若作りしてんのも下品。」
「ほっとけよ。」
「本当は大スキャンダルになると思って記事を持ち込みに行ったのに、上層部の圧力であんな飛ばし記事みたいになったのを怒ってんの?」
「大スキャンダルだろーが。あんな経済界の大物が、寝盗り大好きなおっさんだったなんてよ。」
「今更そんなこと掘り返しても被害者しか生まれないんだよ。だからお前は死刑。」
「閻魔様かよ」
男は力なく笑って握りしめていたペンとノートを投げ捨てた。ノートには何も書かれていなかった。レコーダーに頼りすぎだ。
「じゃ、行こうか。」
「どこに?」
「お前の死に場所。」
それを聞くなり男は立ち上がり靴も履かずに玄関を飛び出した。甥が驚いて追いかけようとするのを止める。
「どうせ逃げられないんだから。なんならもう帰ってていいよ。」
「そういう訳には…」
「じゃあ一緒に見とくか。」
甥を誘って縁側に座った。男は敷地からなんとか出ようとして奇声をあげながら色んなところへ体当たりを繰り返している。しばらくして出られないと悟ったのか、こちらにすごい形相で向かって来た。甥が迎え撃とうと立ち上がるのを制し、俺は空中を手で払った。すると男は後方へ数メートル吹っ飛んでいった。
しばらく男が立ち上がるのを二人で見守っていたが、男はいっこうに立ち上がらず、それどころか座ったまま泣き出してしまった。諦めるのが早い。
「どうしましょう?」
「俺が連れて行くよ。あいつの鞄とかどっかにあんの?」
「車の中にあります。」
「たぶん鞄にも色々してるから、プロに任せるといいよ。」
「あの…本当に家を燃やしたんですか?それはさすがに…」
「冗談だよ。あとあいつを殺す予定もないから大丈夫だよ…たぶん。」
甥は頬を引きつらせたが、なにも言わなかった。
「とりあえずあいつの荷物をまとめてこの村から消して。あと今日はもう戻らなくていいから。」
甥は黙って一礼した後、男が放り投げたペンや名刺や靴を回収すると、男の近くに靴だけ置いた。そしてそのまま門の向こうに消えて行った。
男はそれをぼんやり見ていたが、甥が消えた瞬間走り出し、何も無い所で跳ね返された。そのまま何度も見えない壁を叩きながら叫んでいる。うるさい。
しばらくすると諦めたのか静かになった。やっとかと思い近づくと、男は地面に素手で穴を掘っていた。なんだかちょっと感心する。
「じゃあ行こうか」
声をかけると男は振り返って土下座した。
「許して下さい!何でもします!俺には年老いた両親がいるんです!」
「何年も連絡とってないだろ?大丈夫だよ。」
「いえ、金を稼いで家を建てて上げたくて!」
「親はそんなの期待してないから大丈夫だって。悪いことして新聞に載りませんようにって毎朝祈ってるよ。」
「お願いします!どうか、命だけは!」
「早く立ってくれる?それともお姫様抱っことかされたいタイプ?」
男は俺の顔を見た後のろのろと立ち上がった。
「あ、靴履いてね。」
「せめて…最後に別れの挨拶だけでも…」
「運が悪かったよねー。あんたがあの駅にいなければ、社長の顔なんか知らなければ、今まで通り夢を語って生きられたのにねぇ。」
男は靴を履き俺の後ろをついてきた。俺は裏山に入り、暗い穴の前で男に言った。
「この穴はね、どこに通じるか俺も知らないんだ。ちょっと行ってきて。」
「ほんとに…お慈悲を頂けませんか。さっき仰ったじゃないですか、運が悪かっただけだって。」
だけとは言ってないけどな。
「運が悪いっていう理由で死ぬことはよくあるよ。仕方ないね。」
「でも…でも!あなたは神様なんでしょう?!俺はただの小市民です。わざわざそんな俺なんかを自ら手にかけなくても…」
「しつこい」
俺は男の背後に周り後ろから蹴った。男は数歩よろめき、吸い込まれるように穴へと落ちた。
悲鳴すら聞こえない真っ黒な穴を覗きながら考える。これはそこまでの便利穴じゃない。生身の人間が落ちれば、生身のまま日本のどこかに落ちる筈だ。知らんけど。
宿に戻り縁側に座り空を眺めた。白い空から雪が落ちてきた。けれど寒くもないし息も白くならない。
俺はもうすぐひとりになる。それが無性に寂しかった。
ここは半死半生の宿、迷子たちがくるところ。




