愛し愛されて生きるのさ
楽しい夢を見ていた。
百人の坊さんがずらりと並んでいる。どうやら百人の坊さんが百日間お経を唱え続けないといけないらしい。当然夜中は眠そうな坊主が増える。そこで俺が小さな銅鑼を持って近づき、半分寝ている坊主の横で銅鑼を鳴らすのだ。飛び起きる坊さん、その周りで笑いたいのを我慢してしかめっ面で経を唱え続ける坊さん…
にやにや笑いながら目を覚ますと、いつもの畳の部屋だった。
玄関の戸が叩かれる音に仕方なく起き上がる。玄関を開けると小さな女の子が立っていた。小学校低学年ぐらいだろうか。不安そうな顔でこちらを見上げている。
「あの、ともだち知りませんか?」
「ともだち?誰の?君の?」
女の子は無言で頷いた。
「知らない……てか君、どっからきたの?生きてるよね?」
女の子は答えず不安そうな顔で辺りを見回している。困ったな。
「とりあえず、ともだち?はこの建物にはいないと思うよ。」
そう言いながら外に出て後ろ手に戸を閉めた。「それでそのともだちってのは…」
話している最中にギャーッという音が聞こえた。これは……猫が喧嘩するときに出す音では?
宿の側面に周り裏庭を覗くと、やはり黒猫が尻尾を膨らませながら相手を威嚇していた。何やってんだと近づこうとしたら、小さな手で引き留められた。
「猫ちゃん…怖い…」
女の子は今にも泣き出しそうだ。
「あの猫は怖くないよ、いい猫だよ。」
「怒ってるもん。怖い…」
「怖くないよ、あれ、実は俺のお姉ちゃんだから。本当は人間なんだ。」
「ほんと…?」
女の子が怖怖と裏庭を覗くと、タイミング悪くまた猫が唸りだした。
「やっぱり怖い!」
女の子はそう叫ぶと玄関の方まで走って行ってしまった。放って置くわけにもいかず仕方なく追いかる。
「あの猫はいっこちゃんって言ってね、本当は大人しい猫なんだよ。」
内心何やってんだろと思いながら女の子の横に座って話しかけた。
「いっこちゃん?お姉ちゃんじゃないの?」
「お姉ちゃんのいっこちゃんだよー。」
「お姉ちゃんはお姉ちゃんて呼ばなきゃダメじゃない!」
女の子は突然腰に手を当てて胸を張った。なんだそれ?お姉ちゃんのポーズ?
「姉をどのように呼ぶかは各ご家庭によって違うってゆーか、個性とか多様性といったものを」
「ダメ!お姉ちゃんはお姉ちゃんでしょ!」
バッサリと否定された。いや別にこの子の前ではお姉ちゃんって言っておけばいいんだろうけどさ、なんか違和感あるから嫌なんだよな。
「じゃあ…オネエチャンになんで怒ってるのか確認してくるから、ここで待っててくれる?」
そう言って立ち上がると途端に女の子は不安そうな顔になった。
とはいえ構ってられないのですぐに建物の裏手にまわる。姉はまだ激おこだった。俺を見るなり雷が落ちた。
「これさぁ!あんたの仕事だよね!」
「ハァーイ、オネエチャン。元気?」
「ふざけんな!なんとかしろ!」
姉は尻尾を膨らませたまま後ろを威嚇してどこかへ行ってしまった。残されたのはこれまた激おこの小さな女の子だった。歳はさっきの子と同じぐらい、たぶんこの子がトモダチなんだろう。
「こんちわー、何怒ってるの?」
「あの猫が!もうパパとママに会えないって言った!」
「あーそりゃ、キミもう死んでるからねえ。」
「死んでない!」
「そう言われましても…」
地団駄を踏む少女の髪は少し逆立っている。あと取り巻く空気がグレーだ。間違いなく死んで闇堕ちする直前だ。
「私死んでない!死んでてもパパとママがなんとかしてくれる。うちお金持ちだから!」
「あっそう…」
地獄の沙汰も金次第なんて言葉はあるが、とりあえず目の前に現ナマ用意してから言って欲しいわ。
「それに神様は間違えてる!ほんとは私じゃなくてあの子が死ぬはずだったと思う!」
滅茶苦茶なこと言ってんなぁ…
「神様は間違えないよ。」
「違う!違う!間違えてる!帰りたい!」
女の子は座り込み大声で泣き出した。元気な子だ。うるさいからかえってほしい。
「あのさぁ、泣いてもあんまり意味ないと思うよ?」
「はやく…迎えに来て…ママ、パパ…」
トーンダウンするとなんだか可哀想にも見えてきた。
「残念ながら迎えにはこないから、自分で次の場所へ向かってね。」
「…だめ。迷子になったらその場を動いちゃダメだってママが言ってた。絶対に見つけてあげるから、待ってて、言ってたもん。」
少し止まりかけていた涙がまたポロポロとこぼれる。その教えは基本的に正しいけれど、この場所にパパとママは来られないんだよなぁ。
俺は地面に胡座を組み女の子と向き合った。
「あのね、ここはちょっと特殊な場所だからパパとママからは見えないんだ。なんでこんなとこに来ちゃったかわかる?」
「わかんない…」
女の子は泣き疲れたのか少し眠そうに目を擦った。
「きみ、まだ生きてる子を無理矢理一緒に連れて行こうとしたでしょ。」
「そうだ!あの子!あの子が代わりに死んでくれたら、私は元に戻れるよね!?」
女の子の目がカッと見開いた。寝かしつけ失敗。
「いやいや、無理です。そういうのは死ぬ前にやらないと。」
「無理じゃない!できる!」
どこの熱血漢だ。
「できません。でもあの子を連れて行こうとするのをやめれば、ちゃんとここから抜け出せるよ?そこで待ってたらきっとママとパパも来てくれるよ。」
「ほんとにぃ?」
ほんとほんと。闇堕ちしなきゃね。
「でも寂しいから一緒に行きたいな。仲良しだから。それにあの子、お母さんにいらない子って言われてたみたいだし、別にいいんじゃない?」
女の子はそう言って唇を歪めた。目の奥が暗い。でもこれは生きてる時からだったっぽい。
「お母さんが弟ばっかり可愛がるから寂しいって。だったら私の代わりに死んで欲しい。」
勝ち誇ったように言う女の子にちょっと言葉が見つからなかった。これは生来の性格の悪さ?まだ世の中が自分中心に動いてると思ってるお年頃?
「…あのさ、ここからママとパパは見えないでしょ?」
「うん」
「見えるところまで戻りなさい。手遅れになる前に。」
「どうやって?」
「どうせ裏山から来たんでしょ?そこに戻って。」
「でもあそこに戻ると死んじゃうもん…」
「もう死んでるよ。また生まれたらいい。」
「また赤ちゃんになるってこと?」
女の子の顔が輝いた。
「そう。きみはまだ生まれて愛されただけ。もういっかい生まれて誰かを愛しなさい。」
「なんで?」
「それが人の望みだから。」
女の子は少し首を傾げた後「わかった!」と言った。まったくわかってなさそうだが、それは別にいい。
裏庭から手入れされてない裏山へと入る。少し登ると斜面に1メートル程の穴があいていた。中は真っ暗で何も見えない。誰やこんなとこにこんなん作ったん。
「ここから来たんだよね?」
「うん」
女の子は怯えた顔で穴に近づこうとしない。俺は少し考えたがもう面倒くさくなったので、女の子を抱えて穴の中にポイと落とした。女の子は驚いた顔で何かを叫んだようだが、幸いにもなにも聞こえず俺の耳は無事だった。
しばらく女の子が一瞬で消えた暗い穴を見つめたが諦めて裏庭に戻ることにした。なんとか穴を塞ぎたいところだがやり方がさっぱりわからない。
宿に戻ると黒猫が帰りを待っていてくれた。
「お疲れ。こっちの子も消えたよ。」
「戻れたんだ。良かった。…あの二人ってさ、お互いの声とか姿とか見えてなかったよね?」
「そりゃ生きてる人間に死人は見えないでしょ、普通は。だから…あの子は友達がかばってくれたって信じてたよ。可哀想だからついてきちゃったんだって。」
「死人に口無し?」
「生きてる人間に都合よく考えればいいのよ、この世は生者の為にあるんだから。」
「そだね。ところであの裏山の穴なに?」
「知らない」
「閉じたいんだけど」
「知らないってば」
姉はそう言うと尻尾を揺らしながらどこかへ歩きだした。
「あれ?でもあの子いっこちゃんのこと見えてたよね?」
「私を誰だと思ってんのよ。ま、さすがに言葉は通じなかったけどね。」
黒猫は優雅に歩いて山のどこかへ消えていった。オネエチャンはいつも言いたいことだけ言って去っていく。
「俺も生まれ変わってオニイチャンになろうかなぁ…」
なんだか疲れて縁側に腰掛けた。すぐに眠気が襲ってくる。できればまた楽しい夢が見られるようにと祈りながら目を閉じる。楽しかったな、あの頃は…
ここは半死半生の宿、迷子たちがくるところ。




