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初恋探し

 何度も長い瞬きを繰り返した。寝転がったり足を組んだりジタバタと暴れてみたり。太陽がジリジリ動いて、影が少しずつ形を変えるのを見た。暇すぎて畳の目を数え始めた時、やっと門の所に二人が現れた。

「お待たせしました!」

 陽斗が小走りで駆け寄ってきて言った。

「話はついたんでもう大丈夫です。お時間頂きありがとうございました。」

 深々と頭を下げる陽斗は、やっぱり同性から見てもかっこいい。

「…思い残すことはない?」

「はい。ミエコをよろしくお願いします。」

 陽斗は再び頭を下げ、門の所にいるミエコの元へ戻っていった。笑顔で言葉を交わす二人は若い爽やかカップルにしか見えない。

 去っていく陽斗に笑顔で手を振った後、ミエコはこちらに近づいてきた。なんだか輝いていた。生きてる頃からずっと体を覆ってきたグレーのもやが晴れ、今や薄っすらと光っている。

「お待たせしましたー」

 ミエコは上機嫌にそう言った。

「告白した?」

「告白?なんのですか?」

「陽斗にずっと好きでしたみたいなやつ言った?」

「えぇー!!ないない!私たち別にそういうんじゃないですよぅ!」

 ミエコが大袈裟に手を振る。

「違うの?どう見ても好きそうだったけど。」

「いや、そりゃ好きか嫌いかでいうと好きですけどー…ただの幼馴染っていうかー…」

「簡潔によろしく。」

 そう言いながら縁側を指差すと、ミエコは唸りながら俺の隣に座った。少し見ない間に随分幼くなった気がする。いや二十二歳とか言ってたから元々若いのか。

「…この村に私と歳の近い子って陽斗だけなんですよ。」

「長くなりそうだね。」

「うーん…まぁせっかくだから聞いて下さいよ。だって考えてみたらこんな話、誰にもしたことないんです。一生話すつもりもなかったけど、私が消えたら、私が考えてたことも一緒に消えちゃうんですよね。それはなんか寂しい気がしてきたので。」

 そう話すミエコの目は透き通っていた。俺は軽口が叩けなくなって無言で頷いた。


 この村で私と歳の近い子どもって陽斗だけなんですよ。とはいえ陽斗のお母さんはこの村を出てから陽斗を産んでるんでそんなに関わりははかったんですけど、年に何回かは野々宮のおじさんのとこに来てたんです。それで歳が近いし私の方がお姉ちゃんなんだから一緒に遊んであげなさいって…陽斗は昔からキレイな顔してました。お母さんそっくりで。どう見ても私より可愛かった…腹立つけど。でも陽斗自身は無口で大人しかったですよ。年に数回会うだけだけど、わりと仲良くやってたと思います。

 色々変わったのは陽斗が小学校の高学年になったぐらいからかなぁ…陽斗のお母さんに病気が見つかって、ショックだったのか陽斗があんまり学校来なくなったんです。私はもう中学生だったけど積極的に元気づけに行ってたんですよ。村の仲間って気持ちがあったんで。それで陽斗と話してると色んな人の視線をビシバシ感じるのに気付いたんです、特に女の人の。あの子だれ?陽斗と仲いいの?ってね。正直優越感がありました。

 知らない間に私の幼馴染はちょっとした田舎のアイドルみたいになってたんです。しかも陽斗は女の子に話しかけられてもすぐどっか行っちゃうらしくって、まともに話せる女子って私ぐらいだったみたいで…ふふ、うん、私調子のってましたね。

 陽斗が中一の時にお母さんが死んじゃって、陽斗はますます学校に来なくなりました。その頃の陽斗人気は凄かったですよ。ただのサボりで学校来てないだけなのに、芸能界入りの準備で来てないんだ、転校する前に告白したい、あわよくば思い出に…なんてね。たまに学校来たら本当に歩くだけで悲鳴が上がるんですよ。さっき聞いたら当時は本当に滅茶苦茶しんどかったって言ってました。特に母親そっくりな顔のこと言われるのが嫌だったって。その時期は数年間まともに鏡見なかったらしいですよ。

 私も色々学習してたんで人がいる所では陽斗に話かけないようにしてました。でもね、私はその気になれば、連絡とったり陽斗の家に行ったりできるんです。むしろおじさんからは頼りにされたりしてて。もう本当、高笑いしたくなるぐらい楽しかったです。最低ですよね。でも可愛い女の子に声かけられても無視してた奴が、私の言葉には返事してくれるんです。もう嬉しくって…


「でもこれって恋じゃないでしょう?」

 ミエコは寂しそうな顔で言った。

「ただの優越感ですよ。陽斗はお母さんの死を本当に悲しんでたのに、私だっておばさんとの思い出色々あったのに、私は、お葬式で泣いてる陽斗を見て…キレイだなって思ってた。」

 ミエコの目から涙が落ちた。ミエコの涙だってキレイだ。キレイに優劣なんかないと、俺は思う。でもこういうのって本人はわからないんだろうな。

「…そういう恋だったんじゃないの?優越感と劣等感に塗れた、それがあなたの初恋だったんじゃないの?」

「初恋!?」

 ミエコは目元を拭いながら笑った。

「こんな初恋嫌ですよ。最低過ぎる。…でも最後に触りたかったな。すっごい勇気出して言ったんですよ、最後にハグしてって。でも触れなかった。生きてるうちに触っときゃよかったー!!」

「なんで触れなかったの?」

「そりゃ死んでるからですよ。…陽斗に嫌がられたわけじゃないですから!」

 ミエコはあははと笑ってしみじみと続けた。

「あいつはいい奴です。優しい子です。…あ、ここから先は陽斗の叔父さんに向けて言うんですけど、陽斗はなんとか中学を卒業した後、野々宮のおじさんの所に転がり込みました。そこでちゃんと修行とかもして跡をついでます。大丈夫ですから。」

 急な話の転換に面食らう。

「ん?えーっと…とりあえず野々宮のおじさんって誰?」

「野々宮のおじさんは…宮山家の血筋の人だって聞いてますけど詳しくは私はわからないてす。」

「あっそう…それで、なにが大丈夫なの?」

「陽斗のことです。信用して大丈夫です。あいつ、良い奴ですから。」

 ミエコの目が真っ直ぐに俺を見る。俺は黙って頷くしかなかった。そりゃ悪い奴だとは思ってないんだけどさぁ…

「さてと、じゃあ私いきますね。」

 ミエコは立ち上がって伸びをした。すでに全身が金色に輝いてる。

「ほんとはここに居座っておやま様の嫁になろうかと思ってたんですけど!止めました。」

 ミエコは振り返ってとびきりの笑顔で言った。

「新しい恋がしたくなったので。」

 そう言い残しミエコは光の中に消えた。ちょっと恋愛脳過ぎへん?とも思ったが、まぁ俺が文句を言うことでもない。

「…いっこちゃん、嫁のなり手が消えたよ。」

 猫は縁側の隅で丸くなったまま目も開けなかった。

「これって俺、ずっと独身ってこと?」

 相変わらず返事はなかったが、尻尾だけゆらりと揺れた。

「ねぇ、陽斗が母親そっくりってことは、いっこちゃんも美人ってこと?」

「私は今でも美人でしょうが。」

 そーゆーことだけ返事すんのな。まあ確かに可愛い顔してるけど、猫だからなぁ。

「さっきの話、どう思った?親として。」

「親として…思うことは色々あるけど、あんたに話すことじゃない。」

「あっそ」

「でも私が美し過ぎたせいで、あの子に苦労をかけたのは申し訳なく思う。あんたにはわかんないだろうけど。」

「ケンカ売ってる?」

「…あの子のファーストキスはね、三歳の時だった。ちょっと目を離した隙に公園で知らない五歳ぐらいの女の子に馬乗りにされてね、慌てて引き離したけどぶっちゅぶっちゅされてた。」

「モテモテだねー」

「その子の母親はあらあら言って笑ってるだけだし、父親に至っては『いいぞ!今のうちにツバつけとけ!』とか言ってたし。もう全員殺してやろうかと思った。」

「そんなに?子供がしたことでしょ?」

「そのクソガキはどうどか知らないけど、陽斗は大事に大事に育ててたの!口と口のチューは大事な人とするんだよって話してたのに…マジで許せない。」

 尻尾がバシバシと床を叩く。わりと昔の話だろうにまだそんなにも怒れるのか。

「でもさ、大泣きする陽斗をあやしながらさ、これから先こんなことばっかなのかなとも思ってた。親が守るなんてできないんだなって…だから、ミエコみたいに守ってくれた人には感謝してる。あの子が、完全な女嫌いにならなかったのはそういう人たちのお陰だから。」

「…モテるって大変そうだね。」

「わかんなくて良かったね。」

 猫は前足を大きく伸ばした後、ひらりと庭に降りた。そしてそのままどこかへ歩きはじめた。

「どこ行くの?」

「客はいなくなったんたから、あんたももう寝なさい。」

 姉は振り向きもせずそう言うと、茂みの中へと消えて行った。

 あの人もいつか消えちゃうんだろうな、そう思ったら寂しくなった。死んでるってのは寂しいことだ。少しだけこの宿の存在意義がわかった気がした。

 ガラス戸を閉めていつもの畳の部屋で横になる。俺は生きてるし、やっぱりちょっと死んでる気もする。そういう俺を含めた、全ての可哀想な死人の為にこの宿はあるんだろう。

 ここは半死半生の宿、迷子たちが来るところ。





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