願いは
ただゆらゆらと揺れていた
右から押されてゆらゆら
左から押されてゆらゆら
そこに個はなく感情も時間もなかった。
なのにとつぜん視界が真っ白になった。そこで俺は目があることに気づいた。
少し時間が立つと上の方から光が指していることに気がついた。それでそこまで暗闇の中にいたことに気づいた。
「おーい」という男の声がして、耳が聞こえることを知った。俺は全てではなく一だった。世界から切り離されてしまった。
「なあ、聞いてたんとちゃうねんけど。ちょっと戻ってきてーや。」
男がなにを言っているのかはわからなかったが、なんだか呼ばれてるような気がした。
「頼むわ…野々宮のじいさんが死んでから話し相手がおらんねん。なんで俺、神様やのに避けられてるん?退屈で淋しくて死にそうや…」
なんとなくだがあの声に応えてはいけないような気がした。そして今までこの場所でいかに満たされていたかを知った。
「なあ、聞いてる?」
返事してはいけない。まあまだ口があるかもわかんないけど。
「おい、無視か?」
男は苛いらただしげに言って世界を少し広げた。眩しくて手で光を遮ろうとして、見つかった。大きな目玉と目があってしまった。
あっという間に大きな手が俺をすくい上げた。柔らかい俺の身体は、ぼろぼろと指の隙間から下に落ちていった。そうして掌に残ったわずかな俺の欠片を見て、男は嬉しそうに笑った。
「やっぱりおった」
遠くのノックの音で目が覚めた。なんだか不思議な夢を見ていた。今も体は船の上のようにゆらゆらと揺れている。とても心地がよい。もう少し、このまま…
「起きろや」
眠ろう。あの素敵な世界へ帰ろう。あそこは何もかも満たされていて、とても幸せだった。
「起きろって。陽斗が仕事の話したいってさ。」
(いやです… おやま様お願いします…)
「なんでやねん。お前の仕事やろ。」
(俺の仕事なんかもうないです…寝かせて下さい。)
「いやいや。外石から帰ってきてから結構寝たで?」
(俺は永遠に眠るつもりだったんですよ…)
「あかんて。俺が許さん。」
(俺のことは忘れておやま様はとっとと奥さんでも見つけて幸せに過ごして下さい…)
「投げっぱなしか。外石行ってわかったけど、俺の行動ってだいぶ操作されてるっぽいからなぁ。出会えるかなぁ。」
(あ……無理かも。よく考えたら、今の状況を端から見ると完全に解離性同一性障害ですもんね。)
「なにそれ?」
(俗に言う二重人格です。一つの体に二つの人格があるんです。そのまんまでしょ?)
「だから?」
(治療が必要だと思われて終わりですね。)
「…寝よか。」
(寝ましょう。)
心地良い揺れに身を任せるとノックの音は消えた。
俺はため息をつきながら玄関の戸を開けた。諦めて帰りかけていた陽斗を睨みつける。
「…誰を殺して欲しいねん。」
陽斗がオロオロと否定するのを欠伸して眺めた。二十歳が子供やとは思わんけど、こいつはほんまにおぼこいなぁ。
俺は目を逸らし庭の桜が咲いているのを見つけた。
「もう春なんや。…なあ、桜の下で宴会でも開いたら人って増える?」
「…どうでしょう。ここは交通の便が悪いので…」
「じゃあ駅でも作ろか。」
「え、そんなことできるんですか?!」
「知らん。考えるのはあいつの仕事や。」
だって俺、神やし。町おこしのやり方なんか知らんねん。
「陽斗も協力したってや。俺もなるべく頑張るし。…そや、この宿に普通の客を呼ぶってのはどう?若い女の子とか来るんちゃう?」
「来るでしょうか…ここ一泊百万円からなんですけど。」
「普通の子は来うへんな。下げたら?」
「うーん、他のお客様との兼ね合いもありますので…」
いい考えやと思ったのにあっさり却下された。つまらん。
また欠伸をして桜を眺める。この村を再び人でいっぱいにする案なんかひとつも浮かばん。でもやるって決めたから。いつかここを氏子でいっぱいにして、呑んで歌って踊って暮らしたる。全員幸せにしたる。
ここは半死半生の宿。迷子たちが来るところ。
いつでも来てや。待ってるで。
明けましておめでとうございます
今年もよろしくお願い致します




