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百人祷祀

 百人祷祀ひゃくにんとうしという儀式がある。元々は百人の神官が百日間祈りを捧げ続け、願いの成就を祈る儀式だ。だが外石ではちょっと違う。

 先生曰く「たぶん人手の確保ができなかった」という理由で祈る人間は僧侶に、祈りの言葉はお経へと変わっている。なんせ百日・二十四時間も祈り続けられる人間はいない為、この儀式には数百人の人間が必要だ。それを確保する為に外石はやたらめったら修行者を受け入れているが、それでも足りなくなって寺主体の儀式に変わったのだろう。

「宮山くん、知ってましたか?ほんとは唱える言葉は何でもいいらしいですよ。いろは歌でも流行りの歌でも。」

「まさか…そんな訳ないでしょう。」

「いえいえ。元々はこちらが取り仕切ってたわけですから祝詞なんかを唱えていた筈なんです。なのにお経に変わっても大丈夫だった時点で何でもいいんですよ。」

「先生…儀式はもう明日なんですから、あんまり変なこと吹き込まないでください。」

 そう言うと先生はフフッと笑った。短い人生の最後の夜に見るのがおっさんの顔とは情けない。だが先生はお構いなしに続けた。

「最初にあなたを見たのは、まだあなたが十歳にもならない時でした。大人しい無口な少年だと思いました。両親を亡くしたショックが大きいのだろうと。正直あなたの叔父はそのショックにつけこんで、あなたがた姉弟を騙しているんじゃないかとも思いました。」

「そうかもしれませんよ。叔父の言葉の信憑性なんてないも同然ですから。」

「おまけにあの人自体に神性も信仰もないんですからね。正直迷いましたけど…私はあなたの姉を信じることに決めたんです。」

「姉となにか話したんですか?」

「ええ。自分もここで修行した方がいいのかと聞かれました。私は必要ないと答えました。彼女には既に修行したような凄味がありましたから。」

「ああ、怖いですよね。」

「…ちょっと違いますけど。すでに覚悟が決まってましたね。何事にも揺るがない程に。」

「うちの姉そんなにガンギマってましたか?」

「ガンギマってましたよ。最後くらい、会えばよかったのに。」

「必要ないです。十年も会ってないのにどんな顔してる会えばいいのかわからんです。姉ならわかってくれますから。」

「……ほんとうに、神になる気ですか。」

「なにを今更。百日と一日後には、みごと神になってみせますよ。」

 俺は笑ったが先生は笑わなかった。

「あなたは知らないかもしれませんが、この儀式そんな大したもんじゃないんですよ?何年か前のこの儀式では政治家の長寿を祈ってたんです。お金を払えば開催されるんです。時期によっては祈りに来た政治家同士が秘密の談合やってますし、寺同士の社交場でもあります。そんな真面目に祈ってる人いませんよ。」

「先生、この度は俺と俺の村のわがままに付き合って頂きありがとうございます。」

「やめてください…なんで、そんな若さで神に身を捧げる必要があるんですか!あの叔父さんがやればいいじゃないですか!」

「叔父が神の器になんてなれるわけないでしょう?知ってるくせに。」

「ですが…あなたはまだ二十歳で、八歳で親を亡くし十二歳からずっとここにいて…それでいいんですか?!人生の楽しいことをなにも知らずに、このまま消えてしまってもいいんですか?!」

「やめましょうよ、先生…」

「今ならまだ間に合う!」

 先生の手が俺の両肩を掴んで揺さぶった。「今ならまだ間に合うから!ちゃんと、自分の人生を生きてください!」

「先生…間に合わないんですよ。もはや手遅れなんです。あの土地を守っていた神様はとうの昔にいなくなっていました。神様の残滓にすがることももはやできません。俺が、俺の全てでもって、あの地に神様を呼び戻さないといけないんです。」

 先生の手がだらりと俺の肩から落ちた。

「…それに先生だって十五の時からずっとここにいるんでしょ?童貞だからって人生を楽しんでないって訳じゃないでしょ?」

「…黙らっしゃい。」

 先生がやっと呆れたような顔で笑った。

「ね、俺だってわりとガンギマってますよ。俺が神様になったら、先生の幸せもついでに祈っときますね。」

「結構です。私の人生に多くの幸せは必要ありません。」

「奇遇ですね、俺もです。」

 夜が開ければ怒涛の儀式が始まる。食事も睡眠も最低限のまま百日間祈り続け、神がこの身に宿るよう説得しなければならない。俺という人物の中身を全て差し出して、空っぽの器となり、あの土地を守ってもらうのだ。

「先生も忙しいんですからもう休んだほうがいいですよ。」

「ええ…忙しいですよ。この儀式を神様系が仕切るのは百年ぶりぐらいですからね。まあ力及ばず参加するのは坊さんばっかりだし、唱えるのもお経ですけど。」

「いえ、先生のこれまでの多大なるお力添え、心より感謝します。」

 深く頭を下げると、頭の上から静かな声が降ってきた。

「宮山くん。あなたの願いはなんですか?」

「俺の願いは、あの里山の穏やかな暮らしです。俺の祖先がそれを祈り導いたように、俺もあの土地を守ります。」

「限界集落になっても?」

「実のある所に人は集いますよ。」

 顔を上げて笑うと、今度は先生が頭を下げた。

「…あなたの大願が成就されること、お祈り申上げてます。」

 先生はそう言って立ち上がり部屋を出て行った。

 明日儀式が始まれば、気絶しても数時間で叩き起こされると聞いている。どこまで正気を保てるのか、とにかくやるしかない。明らかに死にそうでも医療行為はしないとも聞いている。うまく行けば宮山太郎の精神が死に、失敗しても宮山太郎の体が死ぬ。

 それでも俺はあの地が栄えるのが見たい。笑いあう家族の顔が見たい。かつての俺たちがそうであったように。もう一度。



 眩しい光で目が覚めた。

 目を開けても辺りがよく見えない。百人祷祀が始まっていったい何日経ったのだろう。どうやらお経を唱えながら何度目かの意識喪失をしていたらしい。口の中がカラカラだし、耳鳴りで周りの音も聞こえない。

 必死に体を起こそうとするも畳から頭が持ち上がらなかった。この苦しさはまだ生きてるってことなんだろう。じゃなきゃやってられない。

「あんたが呼んだん?」

 光の方から気安い男の声がした。気力を振り絞り声の方に顔を向ける。返事をしようとしてが声はかすれて出なかった。

「ふーん。あんたんとこって楽しい?俺、前おったとこ土砂に埋まってもうてん。だーれも掘り起こしてくれへんから暇やねん。そんでフラフラしてたらなんか働け言われてんけど。」

(楽しいですよ…)

 俺は心の中で返事した。

「ほんまに?俺、賑やかななんが好きやねん。一人はもう飽きてん。」

(大丈夫です。世話役も待機しております。)

「へー、いいやん。やろっかな。まぁ断れる感じでもないしな。でもいややわー脅されてやるみたいなん。なんであいつあんな偉そうなん?実際偉いんかもしれへんけどさぁ」

 誰のことですか…

 必死に開けていた瞼がゆっくり下がっていく。この神様は…神様であってるのかな?神様だとしたら、うちの神様になってくれるってことでいいのかな?もう、よくわからんな…

 体中から力が抜けていく。俺は粘度のある液体のようにゆっくりと下に落ちていった。

 体だけを畳の上に残して。


 


 そうして俺が生まれたってわけ。


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