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異世界希望

 ここは町から十キロほど離れた山の中にある小さな宿です。おかしなことですが、この宿はあの世にもこの世にもあります。半死半生とは半分死んで半分生きているという意味でございます。そこにいる管理人もしかり。名前は宮山と申します。下の名前は忘れました。

 ごめんください

 玄関から礼儀正しい少年の声が聞こえます。お客さまが来たようです。ここは半死半生の宿、迷子たちがくるところ。でございます。




 いつもの畳の部屋で目が覚めた。宿の玄関から土間をあがり、板の間の横の部屋。いつもの昼寝部屋。

「ごめんください」

 玄関から高目の男の声がしたのでやれやれと立ち上がった。すりガラスの玄関扉に映る客の背はやや小さい。開けてみると十代前半といった様子の少年が立っていた。

「いらっしゃいませ。中にどうぞ。」

 先程まで自分が寝ていた部屋に通し、卓袱台をだしてから台所に行った。若者には冷たい飲み物だろうと冷蔵庫から麦茶を取り出す。長袖シャツ一枚だったから外はいい感じの気温なんだろう。

「お待たせしました。」

 少年に麦茶を差し出すと、少年は素直にそれを飲んだ。なかなかいい飲みっぷりだ。

「ごちそう様です。」

「楽にして大丈夫ですよ。ゆっくりしていって下さい。」

 俺はそう言ってコップを片付けようとしたが、少年の奇妙な言葉に手が止まった。

「お兄さんが、神様ですか?」

「…どうでしょう。たぶん違うんじゃないかと思ってるんですが。」

「あの、此処って、チート能力をつけてくれるとこですよね?」

 少年の無垢な目が眩しい。

「チート、ですか?」

「はい!次の生まれ変わりに向けて、なにか特殊な能力を授けてくれるんでしょう?」

 なにを言ってるんだコイツは。

「私にそういう技能はありませんが…」

「またまたぁ!僕があんな死に方になったことはもう許しますから、次の人生をとびきり楽しく過ごさせて下さいよ!」

 こういう思い込みが強い奴ってどこから説明すれば一番労力なく納得してくれるんだろう。殴る?

「…ちなみに、どんな能力が欲しいんですか?」

「え、選べるの!?えっとねー、それは考えてなかったなー。どんなのがいいかなー…」

 考え込む姿はかなり幼い。中学生くらいか。このまま沢山喋らせて、なんとなく煙に巻いたまま成仏してほしい。

「触ったものが全部黄金に変わるとかどうです?」

「あー、黄金にすごい価値がある世界ならいいかもしれないっすね。ただ俺の意思がないと勝手には変わらないって誓約つけないと怖いっすね。昔の童話だか神話みたいになっちゃう…」

 チッ、知ってたか。

「あ、でも悪い奴に捕まって強制的に黄金を作らせ続けさせられる可能性がでてくるんで、他のやつの方がいいです。なにがいいかなー。」

「戦いに絶対負けないとかは?」

「なにを持ってして勝ちとするかっすねー。どこまでを戦いに含めるかとか…定義が難しいんじゃないですかー?」

「じゃあ…不老不死とか。」

「不老不死って幸せになれるイメージないですけどねー。もうちょっと他のないですかー?」

 じゃあお前が考えろやぁ!人の意見にダメ出しばっかりしやがって!

 怒鳴りたくなったが鼻をならして我慢した。こっちは大人なので。

「…今の世の中なら未来予知とかがいいんしゃないですか?知力も武力もあり過ぎるとかえって生きづらそうですし。」

「え?今の世って…僕が行くのは異世界ですよ?そうですよね?」

「知りませんけど…」

「いやいや困るって!そんなの絶対ナシだから!」

 少年が怒った顔で睨んでくるが、困るのはこっちだ。

「私にあなたを異世界に飛ばす力はありませんよ?」

「嘘だ!死んでから最初に会う人は神様だろ?可哀想なやつの願いを叶えてくれるんたろ!?」

「あなた可哀想なんですか!」

「可哀想だろ!イジメ殺されたんだぞ!?」

 oh…それは気の毒に。

「とりあえず話を聞きましょうか?」

「いいよそんな過去の話、俺は未来の話をしたいんだよ!」

 いやそれは未来というより夢想の話…

「ちなみに、異世界でどんな人生を送りたいんてすか?」

「だからぁ…チート能力でのし上がって思い通りの地位と金と名誉と女を手に入れたいの!」

 いっそ清々しいかもしれない。

「なんの努力もせずに、チートだけで?」

「努力ぐらいするよ…でも、生身の赤ん坊で砂漠に放置されたらすぐ死んじゃうけど、大人で豪華装備と無限の体力があれば、砂漠から脱出してその放置した奴を殴りに行けるかもしれないでしょ?」

「あーそういう意味ですか…」

 確かに自分の意思だけじゃどうにもならないことはある。それを全部クリアにするのにチートを使う…って面倒くさくない?それこそ神にでもなればいのに。

「もう全知全能とかでいいんじゃないですか?」

 そう投げやりに言うと少年はこっちを睨んだ後「使えねーおっさん」とかなんとか呟いた。神から役立たずに進化した。

「最初から言ってる通りですね、ここはチート能力付与所じゃないんですよ。そもそもなんで異世界行って無双したいんです?よっぽど今世が辛かったんですか?」

 少年は不貞腐れた様子で卓袱台に頬杖をついた。

「別にいーだろ、もう終わったことだし…」

「よくないからここにいるんてすよ。」

「だったらなんか早く能力くれよ…」

 駄目だ。話が噛み合わない。

「じゃあねぇ…あなたがいかに苦労してきたかを語って下さい。それを聞いてからこちらも考えます。」

「死んでからもそんな面倒なことしなきゃなんないの?てか、神様なら知ってるんじゃないの?」

「知りません。あと、死んだぐらいで酒池肉林を手に入れようとか、甘いんだよ。」

 少しだけ凄んでみせたら少年はすぐさま頬杖をやめた。かわいいもんだ、まだ子供だな。

「別に…そんなすごい苦労はしてないよ。親は大変だったかもしんないけど、俺はわりとのんびり育ったと思うよ。…中学に入るまでは。」

「中学で何があったんです?」

「ざっくり言うと殴られたりとか。俺も病んじゃって死のうと思ったけど、ただ死ぬのもムカつくからあいつらに殺させた。」

「なかなか過激ですね。」

「…大丈夫だよな?俺もそれなりに殴り返したりナイフ振り回したりしたけど、相手五人だったし、正当防衛だよな?」

「結果的にあなたが死んでるなら正当防衛なんじゃないですか…?」

 知らんけど。

「大丈夫だよな…俺はあいつらの人生を滅茶苦茶にする為に死んだんだから、有耶無耶にされるとマジ困るんだけど。その為にあいつらが十五になるまで待ったし…」

「その執念で引っ越したり登校拒否とかできなかったんですか?」

「色々事情があんの。俺も死にたかったし…」

「一応聞きますけど、事情とは?」

「まぁいいじゃん。」

 ここまで頑なに過去を喋らないのはなんなんだろう。面倒くさいのか、思い出したくないのか。

「駄目ですね。不合格です。」

「は?」

「もっと哀れで悲しい話してください。じゃないとチートはあげられません。」

「…十四でイジメで死亡って悲しくない?充分哀れじゃない?」

「駄目です。これくらいでいいだろうとか、あなたが決めることじゃありません。」

 少年はすごく嫌そうな顔で溜息をついた。しばらくガラス戸越しに庭を見た後、渋々といった調子でやっと話始めた。外はいい天気だ。

「…一つ上の兄貴がいたんだよ。五歳で死んだけど。その兄貴が俺を見てんだわ。」

「見てるとは…?」

「横断歩道の向こう側とか、人混みの隙間とかから。気がつくとこっちを見てる。」

 ホラーか。

「見てるから…何なんです?」

「知らね。でもお前も早く死ねって言われてる気がしてた。」

「被害妄想では?あなたが殺した訳でもないんでしょう?」

「うん。あれは雨の日に車の前に飛び出した兄貴が悪い。でもそういう事じゃないんだよ。」

 じゃあどういうことだってばよ。

 少年は物憂げに外を見ている。

「兄貴はなにも考えずに飛び出して死んだ。車の運転手は普通に運転してただけ。不幸な事故だよ、誰も悪くない。でも」

「……でも?」

 沈黙に耐えられずに続きを促す。なんだか外が暗くなってきた気がする。

「でも、母親だけが違った。あの人は兄貴を愛してたから。別に俺だって愛されてたと思うよ?でも、あの人にとって兄貴は特別だったんだ。天使だって言ってた。…端から見たらおかしかったんだけどね。俺だけじゃなくて父親も周りの人もあの二人がおかしいって気づいてた。兄貴はよく母親の髪を抜いて遊んでた。母親は痛いって泣きながらも笑うんだ。気持ち悪くない?」

「それは、兄になんらかの問題があるんじゃ…」

「兄貴は母親以外にはそんなことしなかったよ。俺と二人の時はいい兄ちゃんだった。母親もそう。俺は…」

 少年は苦しそうに言い淀んだ。外は雨が降り出したようだ。

「俺は…兄貴が母親を憎んでたようにしか見えなかった。」

「五歳の子が?」

 少年が無言で頷く。五歳で人を憎むことがあるんだろうか?でも確かに人の好き嫌いは既にあった気がする。それにしても…

「でもそれなら、お兄さんは母親の所にでるのが自然しゃない?死後も…恨んでるなら。」

「俺、恨まれてんのかなぁ。」

「わかんないけど…」

「聞いてみるか」

 その時、雷が落ちる音がした。

「聞くって、どうやって…?」

「そこにいる」

 暗い庭に鮮やかな黄色い傘があった。子供用の小さい傘、小さい黄色の長靴。顔は傘で見えない。

「怖いんですけど…」

「あーゆーのが四六時中見えてたの。俺が長生きする訳なくない?」

 雨が激しくなる。少年は立ち上がるとゆっくりガラス戸を開けた。黄色い傘の子供は動かない。

「お兄ちゃん、何しに来たの?俺になんか用?」

「むかえにきた」

 子供の声に鳥肌がたつ。なるべく静かにしようと俺は口を押さえた。

「ずっと迎えにきてたの?俺に早く死んで欲しかったの?」

「うん」

 あーあ、それは駄目だよお兄ちゃん。言っちゃいけないことって、あると思うよ?

「なんで?なんで俺に死んで欲しかったの?」

「あいつを、くるしめるため。」

 また遠くで雷が落ちた。

「あいつってお母さん?なんでそんなに嫌いだったの?」

「おとうさんを泣かしたから。ぼくは、おとうさんの子じゃないんだって。」

 少年はしばらく黙った後、縁側を下りて土砂降りの庭に立った。

「それ、俺関係なくない?」

「ごめん」

「ごめんじゃなくてさ、そんな事で俺の人生滅茶苦茶にしたの?」

「ぼくはなにもしてない。見てただけ。」

「助けろよ」

「たすけるのもイヤだった。だっておまえは、おとうさんの子だから。」

「知らねーよ…」

 少年はしゃがんで黄色い傘を払いのけた。傘は簡単に吹っ飛んで小さな男の子がでてきた。普通の子だ。目も赤くないし角も生えていない。

「お兄ちゃん、俺はお兄ちゃんが死んでからすごく生きづらかったよ。母親は一生泣いてるし、お兄ちゃんは死んでるくせに色んなとこから見てくるし、父親は空気だし。でもさ、それって俺のせいじゃないよな?俺、別に悪いことしてないよな?!」

 少年の声に嗚咽が交じった。

「なんでなんだよ!俺にどうしろっていうんだよ!俺が代わりに死んでりゃよかったのかよ!?なぁ、教えてくれよ、お兄ちゃん…」

 啜り泣く少年を、子供は無表情に見ていた。

「そんなふうにおもってたの。かわいそう。」

 子供の小さな手が少年の頭を撫でる。

「じゃあぼくといっしょにいこう?カサもってきたよ。ほら、青いカサ。好きでしょ?キイロはぼくのだからダメだよ。」

「別に青は好きでも嫌いでもないよ。お兄ちゃんが黄色い服ばっかり着てたのは、すぐ迷子になるからってお母さんが着させてただけだよ。」

「ちがうよ。ぼくがキイロが好きだったから着てたんだよ?」

「もうどっちでもいいけどさぁ…お兄ちゃんは俺のこと嫌いなんだろ?どこ連れてく気?」

「ほんとはキライじゃない。」

「嘘つけ」

「ほんと。おとうとは、たまにうるさいけど、かわいい。」

「…知ってる。俺はかわいい弟で、かわいい息子だったよ。そのままでいさせてくれりゃ良かったのに。」

「それはムリ。ぼくがつぶれちゃう。もって。」

 子供は青い傘を少年に差し出した。少年はあっさりとそれを受け取った。

「お兄ちゃんが、つれていってあげる。おいで。」

「どこにだよ…」

「おとうととぼくが泣かないところ。ちゃんとみつけてあげるから。」

 少年は少し考えて子供用の小さな青い傘を開いた。そして泣き笑いの顔で言った。

「たのむよ、お兄ちゃん…」

「おいで」

 子供の小さな手を、少年は中腰で握った。そして中腰のまま子供に引っ張られるようにして雨の向こうに消えて行った。





 押し殺していた息を盛大に吐く。あれは成仏なんだろうか。チートがどうとかが有耶無耶になったのは助かったけど。

 まだ土砂降りの雨を見上げながら考える。これで雨上がりに虹でもでたらハッピーエンドっぽいけど、残念ながら雨は止みそうになかった。

「よぉ、降るなぁ…」

まぁ迷いがなくなったってことで、良しとしましょうか。

 ここは半死半生の宿、迷子たちがくるところだから。





 

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