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人誅

作者: 冥夜

この物語は正義の物語ではない。

 法の目をすり抜け、血で築かれた富と権力に酔う者たちに、舞台は用意されていない。

 その代わりに現れるのは、幻のサーカス団――仮面のピエロたち。

 彼らは笑い声と拍手を引き連れ、闇の奥から訪れる。


 これは、人が人に下す報い。

 神罰ではなく、法でもなく。

 ただ「人誅」と呼ばれる裁きの記録である。

深夜零時。東京の裏通りに、誰もいないはずの拍手と笑い声が響いた。

 それは耳鳴りのような幻聴にも思えたが、確かにそこにいた。五人のピエロ。赤や青のカツラをかぶり、白塗りの顔に引きつった笑みを貼り付けている。

 だが彼らの笑顔には温かみも滑稽さもなく、冷たい血の匂いが滲んでいた。


 彼らは「サーカスカーニバル」と呼ばれている。世間に公には存在しない、裏社会で囁かれる影の処刑人集団。標的はただひとつ――法では裁けぬ犯罪者。

 その活動は幻のように現れては消え、証拠も痕跡も残さない。だからこそ、恐怖は都市伝説のように広まっていた。


 今夜の舞台は、港区の高層ビル。

 最上階のラウンジには、裏社会で人身売買を仕切る男が、シャンパンを片手に腰掛けていた。十代の少女を何十人も闇ルートで海外に売り飛ばしてきたと噂されるが、警察は証拠を掴めない。むしろ政財界と結びつき、笑いながら生き延びてきた。


 「これからも俺の天下だ」

 男は夜景に向かって独り言をつぶやき、グラスを傾けた。

 その背後で、カーテンがふわりと揺れる。


 「……な、なんだ?」


 そこに立っていたのは赤い鼻のピエロだった。

 白塗りの顔に、異様なほど大きな口紅の笑み。手には風船をねじったような剣が握られている。


 「お招きいただき、感謝します」

 その声は落ち着いていた。


 「だ、誰だ! ガードはどこだ!」

 男が叫ぶと、入口に控えていたはずの護衛たちは、すでに床に転がっていた。眠るように静かに――しかし、その体は二度と動かない。


 カーテンの影から次々と現れるピエロたち。青いカツラの女ピエロは手にリボンを持ち、それを軽く振ると鎖のように鋭い音を立てた。背の低いピエロは胸から取り出した紙吹雪を撒き散らす。その一枚一枚が刃のように光り、床に突き刺さった。


 「ふざけるな! 俺に手を出せば、お前らだってただじゃ――」

 男の言葉を、リーダー格の白塗りピエロが遮った。ゆっくりと一礼し、口を開く。


 「観客席は君ひとり。だから――拍手は要らない」


 その瞬間、赤鼻のピエロが飛びかかり、風船剣をひねった。音もなく刃が現れ、男の足元を切り裂いた。悲鳴が夜景に溶け、ラウンジに不協和音のような笑い声が広がる。


 「やめろ! 俺は金ならいくらでも――」

 「金?」

 青カツラの女ピエロが首をかしげる。

 「君が売った少女たちの命は、いくらだった?」


 返す言葉を失った男の顔に、白塗りのピエロがそっと仮面のような掌をかざした。

 「我らが舞台は、正義の代行。罪は帳簿には残らない。ただ――命で支払うだけだ」


 再び拍手が響く。今度はピエロたち自身のものだった。

 リズムを刻むように手を打ち、最後の合図が落ちると同時に、男の声は途絶えた。


 しんとした沈黙の中、窓の外の街だけがいつものように光を放っている。

 死体も、血も、やがて痕跡なく消される。まるで舞台が終わり、道具を片付けたかのように。


 ピエロたちは互いに視線を交わし、足音もなく部屋を後にした。

 残されたのは、冷えたシャンパンのグラスと、まだ揺れるカーテンだけだった。


 その夜のうちに、裏社会ではひとつの噂が走った。

 ――「人誅」。

 それは神の罰ではなく、人が人に下す報い。

 恐怖と笑い声を伴って現れる幻のサーカスは、次なる舞台を求めて闇の中へと消えていった。


深夜零時。東京の裏通りに、誰もいないはずの拍手と笑い声が響いた。

 それは耳鳴りのような幻聴にも思えたが、確かにそこにいた。五人のピエロ。赤や青のカツラをかぶり、白塗りの顔に引きつった笑みを貼り付けている。

 だが彼らの笑顔には温かみも滑稽さもなく、冷たい血の匂いが滲んでいた。


 彼らは「サーカスカーニバル」と呼ばれている。世間に公には存在しない、裏社会で囁かれる影の処刑人集団。標的はただひとつ――法では裁けぬ犯罪者。

 その活動は幻のように現れては消え、証拠も痕跡も残さない。だからこそ、恐怖は都市伝説のように広まっていた。


 今夜の舞台は、港区の高層ビル。

 最上階のラウンジには、裏社会で人身売買を仕切る男が、シャンパンを片手に腰掛けていた。十代の少女を何十人も闇ルートで海外に売り飛ばしてきたと噂されるが、警察は証拠を掴めない。むしろ政財界と結びつき、笑いながら生き延びてきた。


 「これからも俺の天下だ」

 男は夜景に向かって独り言をつぶやき、グラスを傾けた。

 その背後で、カーテンがふわりと揺れる。


 「……な、なんだ?」


 そこに立っていたのは赤い鼻のピエロだった。

 白塗りの顔に、異様なほど大きな口紅の笑み。手には風船をねじったような剣が握られている。


 「お招きいただき、感謝します」

 その声は落ち着いていた。


 「だ、誰だ! ガードはどこだ!」

 男が叫ぶと、入口に控えていたはずの護衛たちは、すでに床に転がっていた。眠るように静かに――しかし、その体は二度と動かない。


 カーテンの影から次々と現れるピエロたち。青いカツラの女ピエロは手にリボンを持ち、それを軽く振ると鎖のように鋭い音を立てた。背の低いピエロは胸から取り出した紙吹雪を撒き散らす。その一枚一枚が刃のように光り、床に突き刺さった。


 「ふざけるな! 俺に手を出せば、お前らだってただじゃ――」

 男の言葉を、リーダー格の白塗りピエロが遮った。ゆっくりと一礼し、口を開く。


 「観客席は君ひとり。だから――拍手は要らない」


 その瞬間、赤鼻のピエロが飛びかかり、風船剣をひねった。音もなく刃が現れ、男の足元を切り裂いた。悲鳴が夜景に溶け、ラウンジに不協和音のような笑い声が広がる。


 「やめろ! 俺は金ならいくらでも――」

 「金?」

 青カツラの女ピエロが首をかしげる。

 「君が売った少女たちの命は、いくらだった?」


 返す言葉を失った男の顔に、白塗りのピエロがそっと仮面のような掌をかざした。

 「我らが舞台は、正義の代行。罪は帳簿には残らない。ただ――命で支払うだけだ」


 再び拍手が響く。今度はピエロたち自身のものだった。

 リズムを刻むように手を打ち、最後の合図が落ちると同時に、男の声は途絶えた。


 しんとした沈黙の中、窓の外の街だけがいつものように光を放っている。

 死体も、血も、やがて痕跡なく消される。まるで舞台が終わり、道具を片付けたかのように。


 ピエロたちは互いに視線を交わし、足音もなく部屋を後にした。

 残されたのは、冷えたシャンパンのグラスと、まだ揺れるカーテンだけだった。


 その夜のうちに、裏社会ではひとつの噂が走った。

 ――「人誅」。

 それは神の罰ではなく、人が人に下す報い。

 恐怖と笑い声を伴って現れる幻のサーカスは、次なる舞台を求めて闇の中へと消えていった。


 そしてまた、遠くで誰かが耳にする。

 ありえないはずの拍手と笑い声を。

 次の標的に向けた、人誅の幕開けを告げる合図を。

この物語に登場する「人誅」は、どこにも実在しない。

 だが、もしも法の網をすり抜けた悪がはびこり、被害者の涙が無視される世が続くのなら――人々はきっと心のどこかで、この幻のサーカスを待ち望むのかもしれない。


 ピエロたちの正義は、決して清らかではない。血で塗られた舞台に拍手を送れる者は、観客として正気を保てるのだろうか。

 けれども彼らは確かに存在する。都市伝説として囁かれ、夜の闇に潜み、次の標的を探し続ける。


 「人誅」とは、神に代わって人が執り行う裁き。

 笑い声と拍手のあとに訪れる沈黙こそ、その結末である。

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