あの人の香水
***BL***ハッピーエンドです
高校生の時、好きな男子がいた。ちょっとおしゃれで、いつも柑橘系の爽やかな香水を付けていた。学校に持って来て、自分の彼女の手首に一吹きして
「俺の匂い」
なんて言っていた。彼女はもちろん照れながら喜んでいた。僕には永遠に訪れない時間。
僕もその香水を買った。学校には持っていけない。僕の気持ちがバレてしまいそうで怖かったから。
*****
「告白されたんだ。付き合おうか、迷ってる」
「すごい!初彼女だね!」
「、、、うん」
「その人の事、好きなの?」
「仲は良いよ。嫌いではない」
「そっか、好きかどうかわからない感じ?」
「うーん、嫌いじゃないって事は、好きだと思う。ただ、、、付き合いたい程好きかって言われるとわからないかな」
「、、、でも、付き合おうか迷っているなら、付き合ってみたら?」
「そう思う?」
「僕にはよくわからないけど、付き合ったら気持ちがまたはっきり見えてくるかもよ」
「、、、そうだね、付き合ってみようかな?」
そして、僕は失恋した。
*****
高校に入学して、山並朝陽くんと友達になった。相性が良かったのか、すぐに仲良くなった。朝陽くんは、みんなに優しくて穏やかな性格だった。争い事とか嫌いで、クラスで、もしかしたら意地悪されてるのかな?って思う子にも挨拶をして、仲間に入れてあげられる様な人だった。
僕は、気づいたら朝陽くんが好きだったけど、朝陽くんにバレない様にいつも、ちゃんと友達として付き合っていた。
朝陽くんは、告白してくれた女子に返事をして、交際している。彼女さんはよく朝陽くんの席に遊びに来て、僕の周りにいる事が多い。僕はやっぱり淋しくて、辛くて、少しずつ朝陽くんから離れていった。
良い人ぶって、あんな事言わなければ良かったと思いながら、もう後の祭りで。僕は朝陽くんと友達では無くなった。
*****
朝陽くんは、初めて会った時から、柑橘系の爽やかな香りがしていた。シャンプーなのか、ボディソープなのかわからなかった。
放課後、買いたいものがあるからと、薬局に寄ると、朝陽くんは柑橘系の香水を買っていた。
「朝陽くんはおしゃれだね〜」
と言ったら、少し照れていた。
その香水を彼女の手首に、シュッと一吹きした時、僕はこの恋を諦めようと思った。
******
僕はそれから、朝陽くんと話す事なく、卒業した。あの後、朝陽くんが彼女とどうなったか知らない。僕は受験勉強に集中して、この街を出たんだ。
僕は地方の大学に行った。もう朝陽くんと会うことは無い、高校で知り合ったから、実家に帰った時に偶然会う事も無い。2度と朝陽くんに会う事は無いと思う。あの時買った、あの香水は僕が大学生になった時に使った。朝陽くんの香りがするから、僕は1人で生活していても、少しだけ頑張る事が出来た。
*****
大学を卒業して、地元に戻って来た。就職先は都内。通勤列車がものすごく辛い。少し位時間をずらしただけでは解消出来ない程混雑している。
仕事先の飲み会でカラオケに行った時、めちゃくちゃ声が良い先輩がいた。ちょっと低音で、何とも言えない印象に残る声だった。歌も上手くて、ついみんな聞き惚れていた。僕もその内の1人だった。
飲み会が終わり、解散になる時、あの声の良い先輩から柑橘系の香りがした。僕の大好きな香りだった。僕の中の時間が一気に高校生の頃に戻り、心臓が驚く程早くなった。
僕はその先輩を好きになったんだと思う。でも、ただそれだけだ。朝陽くんの時みたいに、距離を置いて、何もしないで終わる。名前も知らないし、聞きたいとも思わない。知らなければ傷付く事は何も起こらないから、、、。
*****
「倫也?」
乗り換えの駅で名前を呼ばれた。振り返ると朝陽くんがいた。朝陽くんもスーツを着ていて、カッコいい社会人になっていた。
「朝陽くん、、、」
「元気?」
「うん、元気。朝陽くんは仕事帰り?」
「残業でさ、やっと帰れる。倫也は?」
「僕も、残業」
「明日は休み?飯、まだなら食いに行かない?」
「行こうかな。お腹ぺこぺこ」
「近くに美味い定食屋あるから、そこでもいい?」
朝陽くんは高校生の時のままだった。
朝陽くんお勧めの定食屋さんは、ボリューム満点でフライでも天ぷらでも、何でもあるお店だった。僕はお蕎麦と天ぷらのセットで、朝陽くんは唐揚げ定食にした。2人でビールで乾杯して、大学の話や仕事の話で盛り上がった。
「明日、休み?」
「うん、土日は定休日」
「俺ん家、歩いて行けるからもうちょっと飲もうよ」
誘われて、嬉しくて二つ返事で答えた。コンビニで酒とスイーツを買う。朝陽くんが全部持ってくれて、2人で朝陽くんのマンションまで歩いた。
どうせなら朝まで飲もうと言われて、終電も間に合わないし泊まる事にした。シャワーを借りて、スウェットを借りる。朝陽くんの匂いがする。ちょっと大きいけど、、、まぁ、なんとか着れた。朝陽くんがシャワーから出て来て、冷蔵庫からビールを出す。
「2度目のお疲れ様」
「お疲れ様」
朝陽くんから柑橘系の香りがした、、、。
「この香り、懐かしい」
心臓がドキドキする。
「そお?」
「この間、職場の人が付けてて、朝陽くんを思い出したよ」
「同じ歳の人?」
「年上かな?飲み会で初めて会った人。声がめちゃくちゃ良くて、カラオケだったんだけど、みんな聞き惚れてたよ」
「カッコ良かった?」
「カッコ良かったよ」
「その人が好き?」
「え?」
「俺さ、倫也が好きだった」
朝陽くんがビールをグッと飲む。
「彼女、、、いたよね」
「倫也に言われて付き合った彼女ね」
「そんな言い方、、、」
「俺、本当は倫也に「付き合って欲しくない」って言われたかったんだ。倫也の事、好きだったから」
僕は、何が起きているか理解出来なかった。
「自分でもどうしたらいいかわからなくて、倫也が少しでも俺の事好きなら、断ろうと思ってた。でも、倫也が「悩んでいるなら付き合ってみたら」って言うから付き合ったんだ」
僕は何も言えずにビールを飲んだ。
「アイツが教室に来る度に、仲良くして倫也に見せつけた、、、」
僕は、朝陽くんの付けた香りの所為で、高校生の僕に戻っていた。あの時の感情が戻って来て、涙が溢れて来た。
「倫也はヤキモチも妬かないし、俺を責めずに離れて行ったから、、、追いかける事も出来なかったよ」
違う、僕はいつもずっと、ヤキモチを妬いていた。僕の目から涙が溢れた。
「彼女さんとは、、、?」
また、涙が溢れる。
「卒業して、すぐ別れた」
「そっか、、、」
「大学通ってる間もずっと倫也の事、忘れられなかった」
朝陽くんが僕の手を握る。朝陽くんも僕の事、好きだったんだ。何だかすごく不思議だ。
「僕も最近、やっと朝陽くんを忘れる事が出来たんだ」
朝陽くんが僕の顔を見る。
「ずっと朝陽くんが好きだった。街中で朝陽くんの香水の匂いを嗅ぐと、胸がザワザワして、ドキドキして、、、」
「倫也、、、」
「大学生の時は地方に行ってたから、朝陽くんの香水を付けて頑張ったよ」
ちょっと微笑む。
「倫也、今は誰かと付き合ってるの?」
「僕は、男の人が好きみたいだから、なかなか縁が無くて、、、」
「今、誰か好きな人いるの?」
「、、、」
僕は返事が出来なかった。
「さっきの職場の人?」
「うん、ちょっと良いかな?って思ってた」
朝陽くんが急に僕を抱きしめた。
「ダメだよ!やっと会えたんだ。俺にしなよ!」
「朝陽くん、、、俺にしなよって、、、」
「ずっと後悔してた。俺がはっきり言っていたら、倫也が離れて行く事なんて無かったんじゃないかって、、、。俺の気持ちも伝えられないまま、倫也の気持ちの確認もしないままで辛かった」
朝陽くんがギュッと抱きしめる。
「振られるなら、ちゃんと振られれば良かったのに、、、」
僕は何も言えなかった。
2人で抱き合いながら、ただ泣いた。
「ビール、温くなっちゃったね」
朝陽くんが笑いながら言った。
「今からでも、俺と付き合ってくれない?」
手を繋ぎながら聞いてきた。
「もう遅いかな?。職場の人が良い?」
「、、、朝陽くんが良い」
「ホント?」
「うん、ずっと朝陽くんの事忘れたかった。誰か好きになって、付き合えたらって考えてた。でも、それって朝陽くんの事が好きで、忘れられないからだと思う」
「声掛けて良かった」
「ありがとう。今日、朝陽くんに会えて良かった」
*****
その後、例の職場の人と一度すれ違った。その時も柑橘系の香りがしたけど、朝陽くんの香りとは少し違った。
*****
週末は朝陽くんのマンションに行く。仕事を終わらせて、コンビニでスイーツを買ってマンションに行くと朝陽くんが迎えてくれる。玄関で
「おかえり」
と言われて抱きしめられる。朝陽くんの香りを嗅いで、あの人とは少し違う気がして、朝陽くんの匂いの方が大好きだと感じた。