そうして、始まった
そうして、始まった。
雨が静かに地面を濡らして、行きつけの喫茶店の外をにぎやかしている時、その人はやってきた。
カラン。僕の好きな音だ。
ドアが開く時、ついつい見てしまう僕は、あの何とも言えない音色が好きなのだ。いつも通り、音の鳴る方を見ていると急に時間が圧縮されたような、呼吸が止まってしまったような、そんな感覚がした。
「綺麗だ」
言葉として口から出ていたのか、心で響いたのか分からないくらい自然とそう思った。
薄紫のブラウスに、ふわりとしたロングの茶色いスカートで、カツカツと小気味良い音を鳴らすショートブーツが印象的な人だった。僕から見て、正面より少し左側の入り口から真っすぐ進んだ席に腰を掛けて、左耳に肩までかかる髪を掛けながらメニューを見る姿に思わず見入ってしまった。その人の顔が左を向いて、こちらを覗いてきた。ドキッとした胸の反応でずっと見つめていた事に気づいて、慌てて顔ごと下に下げ、顔の火照りと胸の鼓動を抑えようと、一口お気に入りの紅茶を飲んだ。
「やばい。見てるのバレたかな・・・」
そんな僕の焦りを知ってか知らずか、その人は真っすぐ白い腕を上げて「すいません」と声を掛けて、何かを注文した。
ようやく、外の雨音と店に薄くかかっている音楽が耳に入ってきて、僕の心臓も落ち着いた。落ち着いても、その人への興味が落ち着くはずもなく、また恐る恐る顔を上げて、正面より少し左側を精一杯さり気なく、向いてみた。
いつの間にか置かれた透明なグラスに、僕の知らない半透明の水色みたいな色の飲み物が入っていて、その人はまた髪を左手でかき上げながら、本のページをめくっていた。
「良かった。どうやら見てたのはバレてないみたい」
なんて考えていたら、その人が座っている席の奥にある窓がバターみたいな色をしながら光りだして、その光の中にいるその人は、動き出すまで僕の空想の中にいる幻のように縁が光って輝いていた。
カラン。
今度は、空になった僕のグラスの氷が落ちた。
恋の訪れの音は、いつも僕の好きな音だった。
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