来年も、再来年も。
この作品は、以前短編連載の中に入っていた話を少しだけリメイクしたものになります。
ベランダのガラス戸を開けると、冷たい空気が室内に吹き込んできた。それに混じって細かな雪も入ってくる。
部屋を冷やさないよう、滑り込ませるように体を外へ出し、すぐさま戸を閉める。すると、喧騒がガラス戸を隔て、一気に音が小さくなった。
真っ暗な空から、真っ白い雪がちらちらと降ってくる。見慣れすぎて辟易するその光景を、ほぅっと息を吐いて見つめる。
「どうした、こんな寒い所まで来て」
ふと、近くから声をかけられる。後から来たのではない。この方の方がとっくの前からこの場に居た。
「それはこちらの台詞です。お体を冷やしますよ、魔王様」
そう言いながらこの御方の隣に立つ。並び立てば、一般人と変わらぬ背丈の自分より二回りほどは大きい体が際立った。
息を吸って、吐く。息を吐く度、息が白く可視化される。それは自分も、隣に立つこの御方も同じ。
この御方も、他の生物と同じように、生きている。
(あとどれだけの時間、この御方の隣に居られるのだろうか)
魔王。それは勇者に倒される為の存在だと言い始めたのは一体誰だったのか。いつから言い始められたのか。
闇から降る白から目線を移せば、たまたま魔王様とばっちり目が合う。
「……私は寒さに強いが、お前はそうでもないだろう?それに、宴もまだ始まってそれほど経っていない」
暗に「部屋に戻れ」と言われたが、自分は首を横に振った。可能な限り、この御方の隣に居たいのだ。
「……勇者は、いつ来るのでしょうね」
思わず漏れてしまった言葉に、魔王様はぱちくりと目を一度瞬かせた。逡巡し、口を開く。
「……お前は、私が勇者に負けると思っているのか?安心しろ。自分は簡単に負けるほど柔ではない。それに、私には優秀な部下や強い部下がたくさんついている。――例えば、お前とか」
そう言って、この御方は、ひどく優しく穏やかに、笑った。
ああ、勇者が攻めてきたらきっと、似合わぬ悪い顔を作って、言い慣れない暴言を吐き、汚い断末魔をあげて最期を迎えるのだろう。勇者はきっと、この御方の本性を知らぬまま、聖なる剣を突き立ててくるのだろう。……それは、何と愚かで、勿体無い行為なのだろう。
「必ず貴方をお守りしましょう。この命をかけて」
真っ直ぐ目を見て誓いを立てると、魔王様は眉を八の字にして苦笑した。
「ありがたい言葉だが、そう簡単に命を捧げるな。……そうだな、一つ、約束をしてくれ。私の命を守ると同時に、お前も自分の命も守ってくれ。……来年も再来年も、楽しい宴を開き、お前とここで年を越そうではないか」
そう言って差し出された大きな小指に、自分の小指を絡めた。
どこか遠くで鐘が鳴る。新しい年を知らせる厳かなその音に、「自分もこの御方も、今年も無事に年を越せたんだ」という喜ばしい事実を噛み締めた。