しまのこ卒業
(両親に挨拶した方が良いんだろうか?いや、でもな?嫁に行く訳でもないしな)
俺は部屋で一人、ボストンバックの中身を確認しながら考える。
といっても、服が数着と充電器やら歯ブラシやらと旅行に行くのと変わらない。
他は宅配で送ってる。それも箱2つぐらいだ。殆ど置いていく。家具も、服も、本も、揃えてたグッズも。
外から、18時を知らせるメロディーが聞こえてきた。スピーカーが輪唱している。
もう随分と明るくなった。でもこの時分になるとまだまだ肌寒い。あちらはどうだろうか?
自分の部屋を見渡す。
普段と大して変わらない。
強いて言うならいつもより片付いてるぐらいだ。
机の上に何も乗っていないし、棚に教科書の類がない分スカスカしている。
ビニールひもで縛られた教科書や参考書は机の脇の床の上。
最近まで見慣れていたそれらは直に押入れに追いやられる事だろう。
処分していいと言ったのに、残したいと母は言った。
リビングではテレビが流れている。
それを観ながら父は晩酌をしている。
母はまだおかずをもう一品作っているようだ。
確認していないがたぶん俺の好きな何かだろう。
妹の笑い声が壁越しに聞こえてくる。テレビなのか他の事なのか。ともかく楽しそうだ。楽しい事は良い事だ。
でもどこか寂しい雰囲気が漂っていると感じるのは、本当にそうなのか、俺がそう思いたいだけなのか、よく分からないや。
明日は家族全員で一緒に行くという。
引っ越しの手伝いをしてくれるというけれど。
でもどうだろう?荷物は少ない。きっとすぐ済むだろう。
でも心強い。嬉しい。家族が帰った後、俺は何を思うだろう?
帰りの船はどんな感じだろうかと想像してみるけど、俺が知る事は今後もない。
妹は4年後か。アイツは島の高校を受けるんだろうか?それとも本土の高校を受けるのだろうか?
うちの中学校の高校受験はある意味シンプルだ。大きく二つ。
島の高校を受けるか、本土の高校を受けるか。その後がまた二つ。
本土の高校なら寮のある高校か、そうじゃないか。
島の高校なら島中の中学から集まってくる。
本土の高校なら……皆知らないヤツ。同級生もたくさんなんだろうな。
……今更ビビんなと奮起する。まったく顔見知りがいないわけじゃあるまいし。
これまでとガラリと変わる日常。
幼馴染といえば幼稚園より前からの友達を指す。
クラスメート全員どこに住んでるか知っている。そもそも一クラスしかない。
幼馴染じゃないヤツの方が少数派なのだ。
島のヤツとは長期休暇でしか会えなくなるし、本土の高校に入学したヤツは、学校バラバラだし、家も知らないし。
付き合ってる奴はボヤいてた。片想いのヤツは嘆いていた。
部屋を見渡す。
机。本。ベッド。あまり着ていない服。集めていたグッズ。
そのままだ。これらを置いてく。
でも次使う機会はあるんだろうか。俺は島に戻ってくるのか?
父に冬に問われた事がある。その時オレは分からないと答えた。それが答えな気がする。
そういえば、卒業式でも聞かれたっけ。
あまり親しくない間柄だったクラスの女子に聞かれた。
「島に戻ってくる?」
一瞬迷った末の精いっぱいの言葉。
「ココが俺のホームなのは変わらないよ」
戻ってくるイメージは湧かなかったが、俺はこの島の人間だという意識は強く在る。
部屋の扉がノックされた。
「何?」
「お客さんよ」
「誰?」
「ほら、えーと……転校生の」
「ああ、はいはい。今行くよ」
母の言い分に思わず苦笑いが浮かぶ。彼女が転入してきたのは2年生の夏。ただ、最後に転校してきたコだけにそれで通じてしまうのだ。
「お待たせ」
「そうでもない。……ごめん、明日の準備で忙しかったよね?」
「そうでもないよ。そっちも同じだろ?」
「もうそんなにする事な……フフ、そっか、同じか」「そうそうおんなじ」
彼女は朗らかに笑った。やや顔のこわばりが緩んだ。
「何か用だった?」
「いや、何か会って話したくなって。……家にいても落ち着かないんだよね」
「ああ、分かる。何かソワソワしてる感じが伝わってくるし」
「そうそう!もう、なんかさ、親に『これまでお世話になりました』って挨拶した方がいいのかなとか思い始めたり……」
「まったくおんなじ事思った!結婚前夜の花嫁か俺!みたいな!」
「だよね!うん!……ココに来なければこんな事も思わなかったんだろうな」
「遅かれ早かれだろ?」
「そっかな?でもね……私さ、ずっとみんなの事羨ましかったんだ」
「うん?」
彼女は俺から視線を外して海のある方に向けるとそう吐露した。
「君らってとっても仲いいじゃん?
いや、違うか、仲間意識っていうか。
仲良くない相手でもつながってる感じがしてさ……ずっと見てていいなぁって思ってた」
「え、そんな事思ってたの?」
「うん」
「それ、誰にも言うなよ?鼻で笑われるぞ?」
その俺の返事に悲し気に答える。
「ひどいなぁ。結構赤裸々な告白だったのに」
「お前も『島の子』だろ?同窓会とかで言ってみろ、散々揶揄われて大笑いされるって」
「いやでも私1年半しか」
「1年半もいて他人面するなよ?」
彼女は空を見上げる。俺もつられて見上げた。オレンジから群青色に代わりつつ空には一番星が見えた。月は地平線のスレスレ辺り。
「そっか」
「うん」
「気分転換ぐらいで思ってたけど、話せてよかったよ」
「そっか」
彼女はようやく視線を下げて俺の方を向く。薄暗くなってきたので表情は分かりづらい。
「それじゃ、元『島の子』同士、新学期からもヨロシク」
「ああ。ヨロシク。遅刻するなよ?」
「そっちこそ」
そう言って、彼女は帰って行った。
今日まで島の子。明日からは元島の子。




