99話 勝手にハロウィン気分
「DMKって、なんじゃ?」
イチカが不思議そうに尋ねた。
突如として僕の顔面目掛けて飛来したスライム。そして、DMKという謎の言葉。マイカは諸々を理解しているようだった。
「DMKっていうのはね…組織名。毎日ハロウィン気分な連中かな」
「まだトリックオア、とは聞かれてないんですが」
「まあ基本的にはイタズラの方を優先──────ぶふっ!!」
マイカの顔面にもスライムが投げつけられる。
飛んできた方向に目を向けると、遠くに大きな筒を持った人影があった。全身を黒いローブで、加えて顔にはドクロの仮面を着けている。
「うえっぷ…最悪…」
「何が目的でこんなことしてるんじゃ」
「多分、バカ騒ぎしたいだけだと思うけど」
「ほぉ〜ん…暇なヤツらもいるもんじゃぼへぁっ!!」
めでたく全員にスライムが行き渡った。
遠くに見えるローブの者は嬉しそうに飛び回っていた。
「っ、燃やすぞ貴様ァっ!!」
「ここ街中。ダメに決まってるでしょ…」
「はぁ…!?アイツを灰にせんと、わしの気がおさまらんわ!!離せぇ!!」
「どうどう…見た感じDMKってのはあの人だけに見えるんですけど…」
「いえ、あそこにいるのが一番乗りってだけで、多分すぐに別の人が……」
と、マイカが見ていると、確かに黒ローブの背後から迫り来る別の黒ローブが見えた。それも1人や2人ではない。
「うわー、結構多そうですねぇ…」
「……って?!多いとかってレベルじゃないんですけど?!」
アーケードの道を埋めつくしてしまいそうなレベルの人数が、筒を持って走ってきていた。
気づいた僕らは、迫り来る黒ローブとは逆の方向へと一斉に走り出した。
「いぃ…!!本当にイタズラするだけなんですか?!そんなことで集められる人数じゃないですって!! 」
走っている最中にも、視界の端にピュンピュンと緑色のスライムが飛び交っていた。
「DMKは、基本的に皆顔を隠してるんです!!それで、組織内の人間同士も基本的には素性を明かさない!その匿名性故に、何かするって時に集まりがいいんですって!」
「それでやることがこれって…要するに暇人の集まりですか?!」
「いえ、リーダーの人のカリスマ性が凄いとかなんとか!!」
「じゃあそのリーダーとやらを燃やせばいいんじゃな?!」
「一旦燃やすことから離れボホォっ?!」
飛び交うスライムに辟易しながら、走り抜けた。
黒ローブ連中はスライムの筒が重いのか知らないが、追いついてくることはなかった。
なんとか掻い潜り、人気の少ない場所へと避難した。
「はぁ…はぁ…あら、撒けました?」
「そうみたいじゃな…あぁー、走るの久々じゃぁ…」
息を切らしながら、衣服等が立ち並ぶショッピングモールでしゃがみ込んだ。大量の足音が通り過ぎていく音がするが、一度聞こえたと思うとすぐに止んだ。
「シンイチさん…平気そうですね」
「…?ああ、割と」
「男の人って体力あるんですねぇ…はぁ…アタシなんか、もう走れる気しませんよ…」
違和感があった。
マイカやイチカは多分、亜人の中でも体力がない方だ。
だが、亜人が息を絶やすほどの運動をして、僕はなんの疲れも感じていなかった。
いや、その前に僕は亜人2人の疾走について行くことが出来ていた。
『天使ってよりは…天使とは別の未確認生命体、って感じ』
ユユから聞いた話とは、少し違う。
「身体能力はほぼ普通の人間だったんじゃ…」
「…?」
「お?お、おい!シンイチ後ろ!」
振り向くと、比較的小柄な黒ローブが後ろに2人立っていた。他とは違い、持っていたのは筒ではなくプラスチックのバケツであった。
『こんにちわ』
何も言わず、そう書いてあるメモ帳を見せてきた。
僕はこの行動をする者に覚えがあった。
「あっ…フランとフレン…」
「なんじゃ。知り合いか」
「うん。友達…」
「匿名性故に集まりがいいんじゃなかったかの」
「知り合いは普通にしょうがないじゃん…」
顔は見えないが、仕草からローブの正体がフランとフレンだと分かる。3年前と比べて、背が少し高くなったようだ。
「うん?なになに…“その服は大事なものですか”って…?いや、別に普通に買ったやつだけど」
「…?わしもか?わしもまあ、普通の服かの」
すると、フランとフレンは即座に持っていたスライムを2人目掛けて投げつけた。
ピンク色のスライムが、2人の衣服にへばりつく。
「うあっ…顔面に投げられないだけましかな…」
「むぅー…シンイチ、帰ったら洗濯は任せたぞ」
「なんで僕がするんだよ」
ジュー…
と、唐突に何かが焼けるような音がする。
「…なんか湯気みたいの上がってるぞ」
「お?なんじゃ、さっきのスライムからじゃぞ」
「…?!?!ふっ、服が溶けてるんですけど?!?!」
声を上げるマイカ。
言った通り、ピンクのスライムに触れたところから、みるみるうちに服が無くなっていくではないか。
「ひっ…やだやだやだやだ!!ここ外なんですけど!!」
「おー…なんじゃこれ、どういう仕組みじゃ」
「なんでイチカちゃんはそんな落ち着いていられるの?!シンイチさんこっち見ないでください!!」
「心配しなくても、既に目つぶってます」
プラス、手で覆う。
見るわけにはいかない。
社会的に死にたくないから。
「おー、見ろシンイチ。仕組みは分からんが下着だけ残っとるぞ」
「なんだそりゃ」
「っ、あっち向いててください!!」
「はい」
下着以外が溶けて消えるなんて、確かにどういう仕組みなのか気になるが、ひとまずは己の身を守ろう。
と、向いている方向を変えたところに、フランフレンがメモ帳を突き出してきた。
『その服は大事なものですか?』
つい最近買っただけのアロハシャツ。
強いて言う大事ではないが。
「…大事なもの。これは亡くなった親戚の形見で」
『嘘ですよね?』
「えっ……」
『嘘つきな人にはスペシャルなのを用意してます』
「いや、まだ何も言ってないけど」
バケツから覗いたのは紫色のスライム。
いかにもな毒々しい色である。
「それは、どうスペシャルなのかな」
『下着も溶かします』
「……全裸になれって?この街中で…?」
『はい』
と、フランとフレンはおもむろに紫のスライムを取り出そうとする。
瞬間、僕は駆け出した。
その場から離れるべく、全力で足を動かした。
シャレにならない。この街中で、中年が全裸で出没するなど、あってはならない。目立つ目立たない以前に、お縄案件ではないか。
後ろから迫り来る2人の足音に耳を澄ませながら、一心不乱に走った。
〜〜〜〜〜〜
「はぁ…っ、は…!はぁ……!!」
フレンフランの2人を振り切った頃。
僕はどこか薄暗い路地裏に座り込んでいた。
2人ともかなりしつこく追いかけてきたので、アーケード街からはかなり離れてしまった。イチカのことが心配だが、マイカが近くにいるはずなので、良しとしよう。
こうなるなら、連絡先を交換したのは正解かもしれない。誰もこうなるとは予想できなかっただろうが。
「──────随分と、都合のいいところにいてくれるな」
と、息を整えていたところ、突然声をかけられた。
顔を上げるといたのは、赤と黒の頭髪の者。
知っている。男だか女だか分からないコイツは…先日ユユの部屋まで訪ねてきていた者だ。
「それとも、そう計画でもしていたのか」
「は、はあ…」
「昨日ぶりだな、小僧。様相がだいぶ変わっていたから、お前だとは気づかなかったぞ」
「…?何の話ですか」
「ああ、そうか。私のことが分からないか」
そう言うと、赤黒の者は着ていたパーカーのフードを被り、ベルトから下げていたガスマスクを着用した。
その姿。
その声。
知っている。
忘れるわけもない。
僕の記憶の中でその姿が重なった。
「……キバ?」
「気づいたか?小僧」
ガスマスクで見えていないその顔が、笑顔に歪んだのが分かる。




